住宅街に佇む名店ーそこは心安らぐ空間ー

「おいしいに終わりはない」 王道の江戸前鮨にこだわる引き算の鮨 「おとわ」相澤裕さん

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「おいしいに終わりはない」 王道の江戸前鮨にこだわる引き算の鮨 「おとわ」相澤裕さん

おいしんぐ!編集部

横浜市青葉区の閑静な住宅街に佇む、知る人ぞ知る江戸前鮨の名店『おとわ』。席数はカウンター7席のみで、昼も夜も完全予約制。おまかせコースのみ。あくまでも「天然もの」にこだわった新鮮なネタと、店主・相澤裕さんの丁寧な仕事を楽しみに、遠方からも多くの食通が通う。

酢や昆布で締める、醤油漬けにする、炙る、煮付けにする…。「江戸前鮨」というと、職人が素材に「ひと仕事」を加えて出す鮨のこととして一般的に知られている。そんななか、『おとわ』の鮨は、余計な演出がなく、素材を存分に活かす引き算の鮨。まさに王道の江戸前鮨といえる。新鮮な魚自体の旨味を存分に感じられ、白酢と塩を混ぜたシャリとのバランスも絶妙。また、大ぶりで天然のクルマエビや赤貝など、他店ではなかなか目にできないようなネタを握ってくれる。


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「引き算」の江戸前鮨

シンプルながらも奥の深い『おとわ』の鮨は、一体どんな想いから生まれているのか。銀座や築地ではなく、あえてこの地で質の高い鮨を握り続ける理由は…? 自ら店を立ち上げて8年目、現在36歳という店主の相澤さんに、鮨にかける想いを聞かせていただいた。


おいしんぐ!編集部
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ーーまずお聞きしたいのが、「相澤さんが考える江戸前鮨とは?」ということなのですが…。そもそも「江戸前」とは何か、というところから教えていただけますか?

もともとは、東京湾で捕れた魚を「いかにおいしく出すか」というのが江戸前の考え方だったのだと思います。冷蔵庫もなかった時代ですから、その保存方法も含めての工夫ですね。ヅケにしたり、酢で締めたり、煮たりしなければ、魚の味も落ちてしまいます。シャリも、そうして味付けをした魚に合うように、酢や塩や砂糖なんかを混ぜて作ったわけです。


おいしんぐ!編集部
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ーーそうやって、職人がひと仕事を加えたわけですね。

ですが、時代とともに、魚の鮮度はどんどんよくなってきています。だから、今はわざわざ酢や醤油を加えて「プラスの作業」をしなくてもよくなっているんだと思うんです。そのままでもおいしい魚をいかに探し、その味が引き立つ仕事を、いかにするか。それが、本来の江戸前鮨の考え方である気がするんです。

ーーなるほど。まさに「今という時代」の江戸前鮨ですね。

ぼくも幸いなことに、今はいい魚を仕入れさせてもらえているので、なるべく余計なことはしたくないですね。「どうすれば一番、素材の味を引きだせるか?」を考えながら、余計なものを省いていく作業をすることもあります。

おいしんぐ!編集部

ーー足し算ではなく引き算をするような考え方ですね。そのためには、いい素材を仕入れることが重要になってきますね。

仕入れは、豊洲に通って仲買さんから自分で買い付けています。魚の鮮度のためには、時間が勝負なんです。豊洲から送ってもらっていたのでは鮮度が落ちてしまうし、産地直送になると氷付けにされるため魚の死後硬直が進んでしまうんです。自分の目で見れば、それぞれの魚を自分の使いたいサイズで仕入れられますしね。

ーーさらに『おとわ』の鮨は、養殖はほとんど使わず「天然もの」にこだわって出されていますよね。

なるべくいい魚を、いい状態でお届けしたいと思っています。やっぱり、味だとか身のやわらかさが、天然と養殖では違うんです。ぼくもまだまだ勉強中ではありますが、お鮨は身がやわらかいほうがおいしいと思うんです。だから、なるべく身がやわらかい魚を探すようにしていますね。


石川県能登のひしほ醤油
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通常のコハダとは異なるやわらかな食感 おいしんぐ!編集部

たとえば、このコハダも天草から来たものを2日ぐらい置いているんですが、締めるときに表面のやわらかさは残すようにしています。クルマエビも、プリッとした食感を感じながらも、芯までは硬くならないように茹でています。天然だからこそ、しっかりしたエビの香りも楽しめますよ。
 

大分や愛知で捕れる天然のクルマエビは、50g級の大きなサイズを仕入れている


おいしんぐ!編集部
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おいしんぐ!編集部
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ーーシャリについても教えてください。どんなお米を使っていますか?

新潟県栃尾産の「棚田米」という天日干しのコシヒカリです。ねばりがあること、また甘みと香りのあるのが特徴ですね。米の香りをより立たせるため、羽釜で炊いています。そして、ここに赤酢を加えると香りが消えてしまうので、ミツカンの「白菊」という白酢を合わせています。個性的で、なかなか扱いにくい酢なんですが、これが合うんです。

ーー最近は赤酢を使うお店も多いですが、『おとわ』さんでは白酢を使っていらっしゃいますね。

ええ。シャリは白酢と塩を混ぜています。よく、お客様から「シンプルだけど、すっきりしていていいね」とか「食べていて疲れないね」と言っていただくことが多いですね。ぼくは、おいしいシャリとは、長く食べていただいたときに疲れない味だと思っているので、そういう反応は嬉しいですね。

津軽海峡で揚がったマグロは最適な温度になるよう気を配る


赤身 おいしんぐ!編集部


中トロ おいしんぐ!編集部

大トロ おいしんぐ!編集部

 

自分の鮨を、もっと研ぎすませたい。

ーー相澤さんは、そもそもなぜこの道に?

祖父が魚屋で、父が寿司屋だったんです。父は横浜や東京のデパートの祭事にもよく出ていて、ぼくは中学1年の頃から店を手伝わされていました。土日や、夏休み、冬休みもずっと家の手伝いでしたね。大学の頃は「親父の店の2代目になるなんて嫌だ」なんて思っていたし、実はプロのスノーボーダーを目指していたりもして…。

ーー寿司職人と真逆の職業ですね。

はい(笑)。でも結局、怪我をしてスノーボードは断念せざるを得なくなりました。その後、飲食の仕事もやっていたりしたんですが、26歳のときに父が亡くなったんです。父の店を継がなかったことを、後悔しました。いろいろ考えて、飲食業をやるなら自分の店を持った方が自分には合っているなと思い、2011年の震災の年にここを開きました。父の『音和』という店の名前から、屋号を『おとわ』にしたんです。


おいしんぐ!編集部
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ーーこの場所でお店を続けている理由は、何なのでしょうか?

ここが実家で、開店できるスペースがあったというのが理由ですね。ぼくは有名になりたいとか、銀座に出店したいとは思っていないんです。自分の子どもも生まれて、まずは生計を立てて家族を食べさせて行くことが第一だなと。

別に東京へ進出をしなくても、ぼくの好きな鮨の味ややりたいことを理解してくれたり、支えてくださるお客さんがいてくだされば、十分にやっていけるんです。ぼくもまだまだ足りないところはたくさんあるので、これからも自分の鮨を研ぎすませていかなければ、って思います。研ぎすますことに、終わりはないんですよね。

ーーなるほど。では相澤さんは『おとわ』をどんな店にしたい、どんな店でありたいとお考えですか?

おいしいお鮨を食べたい人に、気楽に来てもらえる店でありたいですね。最初のおつまみのときにはお酒を飲んで、握りが出てきたらお茶だけで楽しむ、というのもいいと思いますし、ぜひリラックスして来ていただけたらと。

おいしんぐ!編集部

また、先ほどの話ともつながりますが、スーパーで買ったマグロで漬け丼を作ることは自宅でもできるけれど、各地の新鮮な魚をそろえて、その素材の味を引き出して食べるということは自宅ではできませんよね。そういう楽しみを、うちに来て味わっていただけたらいいなと思っています。

では、最後に…。
相澤さんにとって、 「おいしい」とは何でしょうか―—?

おいしんぐ!編集部

おいしいって、難しいですよね。ぼくも今、考えているところなんです。たとえば自分がほかのお店に食べに行くときは、もうみんなおいしいですよ。真剣にやっているお店の料理だったら、塩が強めでも味が濃くても、おいしいなと思うんです。

でも自分の店のおいしいっていうのは…まだわからないですね。今は自分のできる精一杯のいいものを作っていますが、完成しきれてはいないと思います。料理の世界は経験とともに技術が上がっていくものだから、まだまだ上にいる人の料理を食べたときは、衝撃を受けるわけで。だからおいしいっていうのは終わりがない。これからしっかり確立していきたいですね。


カウンター席 おいしんぐ!編集部
白木のカウンターを中心とした、シンプルで美しい店内。寛いで食べられるように、とスペースも広めになっている。

調理カウンターの下に水槽が おいしんぐ!編集部
仕入れてきた車海老はここに入れ、ベストな状態で調理する。

 

シバエビをベースに、ヤマイモを加えた卵焼き おいしんぐ!編集部
調味料はシンプルに塩、砂糖、みりんのみ。口に含むとふわっと甘さが広がる。

石川県能登のひしほ醤油 おいしんぐ!編集部

その他、海水を釜揚げして作った能登の塩を使う。魚によく合うだけでなく、食塩よりもやわらかく締まるという。

メニューは、つまみ、握り、卵焼き、お椀のおまかせコースのみ(税込18,000円 ※消費税変更後は変更する可能性あり)

※お店の情報は記事投稿日時点のものです。訪れる際には予め営業日時をお店にご確認ください。

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