春夏秋冬でがらりと変化する景観もまた魅力

五箇山の合掌造り集落で、四季折々の山の恵みに出会う。「合掌のお宿 庄七」池端良公さん

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五箇山の合掌造り集落で、四季折々の山の恵みに出会う。「合掌のお宿 庄七」池端良公さん

おいしんぐ!編集部

富山県南西部、南砺市にある五箇山「相倉(あいのくら)合掌造り集落」。20棟の合掌造り家屋と4棟の茅葺き家屋が現存しており、いまも人が暮らす世界文化遺産の集落として知られている。五箇山は北陸地方の中でも豪雪地帯であり、1000m級の山々に囲まれた“陸の孤島”。また富山駅や石川県の金沢駅からそれぞれ車で1時間ほどでアクセスできる、珍しい秘境だとも言われている。

日本昔ばなしに出てくるような家々や田園がいまもそのままに残る五箇山。春夏秋冬でがらりと変化する景観もここにしかない大きな魅力だ。雪が解け、山菜や草花が芽吹く春。緑が生い茂り山々や田んぼが青々と色づく夏。木々が赤や黃やオレンジなどカラフルに染まる秋。そして、あたり一面が銀世界になる冬――。

ここ五箇山の合掌造り家屋で生まれ育った池端良公(よしきみ)さんは、史跡としての自宅を守りながら「合掌のお宿 庄七」を営んでいる。夕食では岩魚の塩焼きや山菜の天ぷら、自家製の漬物など、季節の食材を使った郷土料理をいただける。茅葺き屋根の下、囲炉裏を囲みながら五箇山民謡「こきりこ節」についての話を聞き、四季の自然の恵みをいただく時間は格別だろう。また朝食には、すぐ近くの山や畑で採れた山菜や野菜を使った品々が並ぶ。

現代の暮らしの中で、茅葺き屋根の家屋を守り続けていくことは簡単ではない。まして大雪に覆われる冬の生活は、町に暮らす我々の想像を絶する厳しさがある。それでも池端さんは、この地で伝統の集落を守りながら、五箇山にしかないおいしさを届けている。100年前、200年前の日本人と共有できる「おいしい」を、ここでぜひ味わってほしい。

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五箇山全景 おいしんぐ!編集部
富山駅、金沢駅からそれぞれ車で1時間ほどでアクセスできる、五箇山の相倉合掌造り集落。


外観 おいしんぐ!編集部
外観 おいしんぐ!編集部

池端さんが守る「庄七」は、築220年の合掌造り家屋。「昔、火事で燃えたらしいんですよ。そこから建て直して220年です。だからもともとは古い家らしいけど、年数はわからないんです」と池端さん。

景色が一変する、五箇山の春夏秋冬

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合掌造りの家で生まれ育った池端良公さん。おいしい料理をふるまうだけでなく、五箇山にまつわるさまざまな話を聞かせてくれる。

——合掌造りの家屋に宿泊できるという体験は、観光で訪れる人々にとっても貴重でありがたいと思います。今回は池端さんがここに暮らしていて感じる、五箇山の春夏秋冬の魅力からお話しいただきたいのですが。まず、春といえば…?

池端:春といえば山菜ですね。この辺りもついこの間まで雪が残っていたけど、それが消えて
山菜が出てきました。普通、村のお祭りというのは五穀豊穣を祝って秋にやることが多いけど、ここは雪深いところだから、春のほうが盛大なんですよ。雪から開放されて、お酒を飲んでわぁわぁと。獅子舞も出るし、春先に出てきたクマを猟師がしとめて、それをお吸い物なんかにするのが最高のごちそうです。反対に秋祭りはこぢんまりとして、静かなんです。

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20棟の合掌造り家屋と4棟の茅葺き家屋が現存し、いまも人が暮らしている。1970年に国の史跡に指定、94年に重要伝統的建造物群保存地区に、そして95年に世界文化遺産に登録された。


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——春はまさに今日出していただいたような、フレッシュな山菜が味わえる楽しみがありますね。では、夏の五箇山の魅力は?

池端:夏は新緑の季節ですよね。畑で野菜作りをします。近年はサルとイノシシとの戦いだけど(笑)。スイカなんかは、ここで作ると本当に甘いですよ。スーパーのものは食べられないですね。どんなに暑くて大変でも、「ああ、これはうまいな」というものを作れたときの喜びと感動は、何にも代えられませんね。

寒暖差があるから、いろんな野菜がおいしく育ちます。たとえば「五箇山ぼべら」というカボチャは非常に甘みがあって、ねっとりしておいしいんですよ。ミョウガも特産だし、あとはトマト! うぶ毛のはえたトマト、最高です。夏は朝食にトマトだけのサラダを出しますけれど、「トマトが好きじゃないんだけど…」というお客さんも、ぺろっと食べてくれますよ。

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——聞いているだけでおいしそうです。そして、秋は?

池端:秋はキノコなど旬の食材が採れるし、紅葉で秋を感じますね。わたしらが一番秋を感じるのは、合掌の屋根の茅(かや)です。山の上のほうに茅場が造成されて、それを毎年雪が降る前、10月の半ばから刈るんです。それが秋の一大行事で、これをやっていると「ああ秋だ」と。

それが終わると本格的に越冬の準備です。雪囲いを作ったり、漬け物を漬けて冬の保存食を作っておきます。大根なんかも何百本と漬けますよ。大根、赤かぶ、白かぶ、杓子菜、それからかぶら寿司用の聖護院かぶとか。山菜料理でも、春先に1年分を収穫して冷凍、塩蔵して保存しておくんです。11月頃には、うちにも大きい漬物の樽が6個ほど並びます。

——冬支度が大変なのですね。最後に冬の魅力を教えてください。

池端:雪景色は、最高にきれいですよ。囲炉裏端で魚を焼いたり、秋に作った保存食を食べたりします。温かい火を囲んでのお酒もおいしいですよね。骨酒といって、ここで焼いたイワナをひれ酒みたいにどんぶりに入れて、そこに熱いお酒を注ぐ…これもおいしいですよ。普段1合しか飲めない人も、3合ぐらい飲んじゃうから(笑)。

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合掌造りと呼ばれる茅葺きの家屋は、五箇山と白川郷にのみ現存する貴重な家屋。

——春夏秋冬、どの季節も訪れたくなります!

池端:ここはよくテレビなんかの撮影も多いのですが、以前来られたカメラマンの方が「日本全国いろんな撮影をしているけど、ここほど夏と冬の違いが大きいところはない」って言っていました。よく富山県は四季がはっきりしているといわれますが、五箇山は中でも違いがはっきりわかるんです。本当に景色が一変するなあと、住んでいる自分でさえ思いますからね。

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相倉集落全景が見晴らせるスポットから撮影。登り口から歩いて10分ほど上ったところに展望スポットがある。

 

五箇山の食と住空間、そして民謡を体験

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——囲炉裏を囲んでいただく夕食も最高でしょうね。これは通年楽しめるのですか?

池端:はい、通年です。夕食はこの囲炉裏で、朝食はテーブル席でお出ししています。床に座るのがお辛いという方には、夕食もテーブル席で召し上がっていただきます。

囲炉裏では2時間、食事の時間を見計らって、頭から骨まで全部食べられるように焼きます。もちろんガスで焼けば10分、15分で焼けますよ。だけどね、あの味は出ないんですよ。だからここで、夏は暑くても火を起こして2時間焼くんです。

ちょうど昨日まで薪を燃やしていたから、かぶせた灰を除ければ中から火が出てきます。灰をかぶせておけば、火というのは1日、2日ぐらいもつんですよ。これは種火で、ここに炭を足して火を起こすと、暖房にもなるし魚も焼けるということです。

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囲炉裏のある20畳の和室。温かな火を取り囲んでの夕食は格別だ。岩魚の塩焼きや鯉の洗いをはじめ、山菜の天ぷら、五箇山豆腐、自家製の漬物など、季節の食材を使った郷土料理をいただける。


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朝食はテーブル席で。天井から下がる照明は、田んぼを耕すために使っていた「ころがし」に五箇山和紙を貼って手作りしたもの。

——ここで作る夕食や朝食は、池端さんが作られるのですか?

池端:お料理はわたしとばあちゃん(池端さんのお母さん)で作っています。ばあちゃんは五箇山のもっと奥の方に実家があって、そこで習ってきた料理を出している感じですね。アレンジなんかもけっこううまくやる人で、料理は上手です。「おらちゃ(わたしたちは)昔、こういうふうにして食べた」と、昔ながらのものを出してくれます。

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朝からたっぷりと山の恵みを堪能できる朝食。3種の味噌、山菜の煮物、コゴミの辛子酢味噌マヨネーズ和え、赤カブの炒めもの、わさびの葉の浸し、サラダ、杓子菜の炒め、ギョウジャニンニクの浸し、五箇山豆腐の味噌汁とご飯。

——今日の山菜料理も、どれも本当においしかったです。この季節にいただける嬉しさもありますね。

池端:そうですね。山菜って、もちろん保存はできます。でも、生は生だと思いますね。やっぱり旬のものを食べたいじゃないですか。採れたてだからこその香りもあるし、生でしか食べられないおいしさはありますよね。


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ご飯が何杯でも食べられそうな手作り味噌。この日はなんばの葉の味噌、ふきのとう味噌、あさつき味噌の3種。「昔、食べ物が不足していたときに作られていたものです。おにぎりに入れると、それだけですごくおいしいですよ」と池端さん。
卵は、五箇山で自然食材のみを与えて育てた五箇山の有精卵。開けると黄身がレモン色なのが特徴。

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——夕食の時間に池端さんたちから、五箇山のことやお家のこと、お料理のことなど、いろいろとお話を聞いたりすることもできるのでしょうか?

池端:お客さんがよければ、一緒にお話をさせていただくことは多いですね。そこの壁にかかっている「こきりこ」を体験してもらったりもできます。五箇山にこきりこ節という民謡があって、ここにあるのはその楽器。これは「板ささら」といって、薄い108枚の木がつながっています。108つまり煩悩を打ち払って五穀豊穣を願うというこきりこのお祭りなんです。この辺りの子どもたちはみんな踊れますよ。

昔は合掌造りの2階に切った竹を編み込んで、スノコ状の屋根を作っていたんですね。そのときの、煙で燻された竹を切って楽器にしたのが「棒ささら」です。こうやって、拍子木みたいに打つんです。歌詞で「こきりこのお竹は七寸五分じゃ」というのは、この棒ささらの長さのことを歌っています。


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——とてもいい音がしますね! 囲炉裏を囲んで魚を食べ、池端さんやお母さんのお話を聞き、民謡を体験し…こうやって五箇山の文化にも触れられるのは素晴らしいです。

池端:外国のお客さまもいらっしゃるのですが、よく言われるのが「囲炉裏を囲んで食事をしてみたかった」と。家の中に火があるのも珍しいようですね。みなさんに少しでも楽しんでいただけることは、わたしたちとしてもよかったなと思います。

 

史跡に暮らし、自然とともに生きるということ

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——「庄七」という宿の名は、どこからきているのですか?

池端:先祖の名前だと思います。姓は池端、屋号が庄七ということで受け継いでいます。

——池端さんから見て、五箇山で昔もいまも変わらないところ、また変わったところはどこでしょうか?

池端:変わらないのは景観ですね。家屋の中がきれいになったり、除雪のために道路が舗装されたりはしましたが、すぐそこの石垣も昔のままだし。地形的には子どものころ遊んでいたの変わりません。

変わった部分も多いですね。うちのばあちゃんはいま85歳なんですが、子どものときに電車というものが見てみたくて、学校を休んで父親の後をついて城端駅まで山を下りていったと言うんです。


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高さ約11m、2階建ての家屋。部屋はすべて和室で、1泊10名以下または2組限定で宿泊可能。冷暖房とフリーWIFI完備。

——城端駅まで! いま調べたら距離は約15km、大人の徒歩でも約3時間だそうです。

池端:そんな人が、車が一人一台当たり前になって、五箇山に高速道路ができてインターができて、新幹線の高岡駅までは1時間、そこから2時間半で東京まで行けちゃう時代になって…「こんな変化はなかなか経験できんな」と言っていましたから。たしかにすごい変化だなと思いますよ。


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——ここで暮らしながら宿もされていらっしゃいますが、合掌造りの家の住み心地はいかがですか?

池端:大きいから心地いいですよね。ただ、住みやすいかといわれたら、住みにくいでですよ。冬は本当に寒いです。いまでこそガラス窓ですが、昔は全部障子紙でしたし。2階の天井はスノコ状態で、風が入りますから温かいわけないですよね。国指定史跡ということで床暖房も入れられないし、増築もできません。

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杓子菜は湯がいてから外に干して乾燥させる。食べるときは戻して油炒めにするとおいしいとのこと。

——史跡や世界遺産に認定されている家屋に住んでいるからこそのご苦労があるのですね。

池端:目に見えない所での苦労はあります。たとえば屋根の雪下ろしでも、この高い屋根を上らなきゃいけないわけです。幅は、うちはちょっと広めで1mぐらいかな。命綱をつけていたら仕事になりませんし、怖くて上がれない人もいますよ。てっぺんの棟面に積もった雪は下ろさなきゃいけないし、平面(屋根の斜面)は急勾配だから雪は滑り落ちてくれるけど、茅に雪が染みついちゃうので、1年に1回は下ろす必要があります。

昨年は五箇山でほとんど雪が降らなかったから、平面の雪下ろしをしなかったんです。楽でいいや、なんて喜んでいたのですが、本来は雪と一緒に自然に落ちるはずだった草のくずが溜まってしまい、今頃になってぼろぼろと落ちてきて、掃除をするのが大変です。だから、雪というのはやっぱり、毎年降らないとだめなんだな。雪も、風も、雨も。全部なくてはならないものなんだなと。

 

では、最後に…。
池端さんにとって「おいしい」とは——?

おいしんぐ!編集部

池端:おいしいって、酒が進むことですね(笑)。

——即答でしたね(笑)!

池端:だって富山の刺身を食べていたら、ほかで食べられないでしょう。五箇山の地酒「三笑楽」を飲みながら「うまいなあ」って言っているのが一番ですよ。

昔はここで米がとれなかったのに、酒蔵はあったんです。どうやってこんなところで作ったんだと思っていたら、牛や馬を使って町から大量の米を運んでいたらしいんです。そこまでして酒を作りたかったんだなあと(笑)。この家を建てるにしても、昔は道路も車もレッカーもないのに、どうやって作ったのか…。そういうことを思うと、昔の人ってすごいですよね。真似できないですよ。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽


世界遺産相倉合掌造り集落保存財団

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