「山の食文化を大事にしていきたい」

山に生き、山と共に創り出す、懐の温まる山菜料理。 「山菜料理 出羽屋」4代目・佐藤治樹さん

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月山
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山に生き、山と共に創り出す、懐の温まる山菜料理。 「山菜料理 出羽屋」4代目・佐藤治樹さん

おいしんぐ!編集部

山形県のほぼ真ん中に聳える月山(がっさん)。その入り口付近に位置する西村山郡西川町に、おいしい山菜料理をいただける宿『出羽屋』がある。ここの調理場で腕をふるうのが、4代目当主でもある佐藤治樹さん。「山と生きる。山に生きる。」をコンセプトに掲げ、妻との二人三脚で山形・月山の魅力を発信している。

佐藤さんが料理に使うのは年間を通じて月山から湧き出るきれいな水と、四季折々の山や川からの恵みのみ。「海のものといえば、塩ぐらいしか使っていませんね(笑)」という徹底ぶりだ。春には山菜、夏には川魚、秋にはきのこや木の実、冬には保存食やジビエ。地域に古くから伝わる伝統的な料理法を大切にしながら、山に入って出会った素材を見つければ、新しいアレンジ方法を思いついて実践することもあるという。

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窓から見える四季折々の自然の風景に加え、2023年におこなった店内リニューアルでは、二千年前の埋もれ木を使ったカウンターテーブルを設置したり、月山から切り出した石を内装に使用したりするなど、店内空間からも木々の温かみや自然の偉大さを感じる工夫が凝らされた。また対面式のカウンターをメインにしたことで、会話を通してますます山菜料理の魅力を分かち合えるようになったところも大きな変化だ。

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昭和初期に建てられた伝統ある旅館。食事付きの宿泊プランはもちろん、食事のみの予約も可能。


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2023年にリニューアルし、対面式の接客スタイルに。カウンターには二千年の時を経た神代木を切り出して使用。音楽を流しているスピーカーはくるみの木で作られたもの。

 
山形・西川町だからこそ実現できる料理とは。「山と生きる」ことの素晴らしさや難しさとは。山菜料理を通して佐藤さんが伝えていきたいこととは――。長かった夏が終わりに差し掛かってきた頃、『出羽屋』を訪れた。

 

自然の営みを感じられる「山の料理屋」


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『山菜料理 出羽屋』の4代目当主を務める佐藤治樹さん。日々、山からの恵みに感謝し「山と生きる」ことで、オリジナリティあふれる山菜料理を創作している。

 
――山菜料理専門の宿『出羽屋』の4代目としてお生まれになった佐藤さん。料理人を目指そうと思ったのはいつからですか?

料理自体は多分もう保育園ぐらいとかには「将来やるのかな」とか意識はしていたとは思います。大人になっていくにつれ、どういうふうにしていこうとか、どういうことを勉強しようかとか考えるようになりました。でも自分の中では、料理人になりたいというよりも、和食や和の文化を知りたいというほうが強かったかもしれないですね。

――そんなに小さな頃からだったのですね。そんな佐藤さんが今この場所で料理をするにあたって大切にしていることは何ですか?

食材を大切にしたいということはありますが、それよりもまず山の環境、土地の環境が良くならないと、食材まで良くならないと思うんですよ。例えば、雨が降りますよね。そのときに、どういう雨が降っているのかがすごく大事だと思うんです。その雨を汚すもきれいにするも、要は人間の活動次第じゃないですか。きれいな雨が降ると山の腐葉土に染み込んで、60年後に私たちが料理で使う水となって流れてくるんですね。

――60年ですか。

はい、60年かかるんですよ。その60年の蓄積をどう次世代につないでいけるかは、正直すごく考えています。今降っている雨を、自分たちはどう守っていけるのかということが、自分にとって大切なことかもしれないです。


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熊鍋。さっと火を通した熊肉はやわらかく、甘みと複雑みを感じる味わい。

 
――『出羽屋』のコンセプトとして「山と生きる。山に生きる。」を掲げていらっしゃいます。

自分が料理で使うものって、けっこうシンプルなんですよね。 そこに添えられるのは塩味なのか、 ちょっとした甘さなのか。基本的に食材が際立ってくれるような料理を選びたいなと思っていて、例えばお酒とか旨味が膨らむ要素はあんまり使わないんです。

そうすると必然的に、天然のキノコや山菜、川魚、ジビエがどんなふうに採れるのか、自分たちはどうコンディションを整えて向き合っていけるのかが、すごく大事になるんです。自分たちの生活の中で、いわば冷蔵庫となる山と、どう向き合っていけるのか。

――その向き合い方が「山と生きる」なんですね。

山のことを常に意識はしていますが、近づいているようで遠いような、わかっているようで全然わからないような、不思議な感じですね。毎年同じことはないので、学びがすごく多いです。 「自分はこれくらいはやっているからだいたいわかってきたかな」って思うことが、ひとつもない(笑)。年によって全然違いますし、料理を作ったり、お客様が来てくださったりっていうのも一期一会ですし。出会いが幅広すぎて完結しないんです。

――山に入る時の心得はあるのでしょうか?

あまり遊びの気持ちというか、ぼーっとした気持ちでは入っていかないですね。天候も荒れやすいですし、ふわふわした気持ちで入ると怪我にもつながることもあります。気を引き締めていくことが多いですね。


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冬、山のブナの木につくきぶのりという苔を使った和え物。口に含むと煙感があり、霞や雲を食べているような感じになることから「仙人の霞」とも呼ばれている食材。くるみ、味噌、砂糖で和えている。

 
――2023年、お店のリニューアルを経て、いわゆる対面式の形になりました。どんな意識でこの空間を作ったのでしょうか。

ここは日本料理を食べに行くというよりは、山の料理を食べに行く、山の料理屋さんに行くっていう感覚なので。凛としているよりは、ちょっと落ち着いている空間を作りたかったんですよ。白木でピシッとしているよりは、年代が経っていて落ち着いている感じや色合いを出したいなと。 石張りにしている理由は、月山が石の山なので、それを表したいなと。山からクレーンで運んできて張っていきました。


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――山から石を切り出して使っているんですね。

このスピーカーも、くるみの木でできているものなんです。先ほどの料理でくるみを使ったりしますけども、そういう山の素材を使って。後ろにあるテーブルは山形県鶴岡市にお店を構えている「ジーラジーラ」の古門さんからいただいたものです。使われて、味が出ているものを置くことで深みが出ます。 建物自体はリニューアルして新しくなっても、内観は落ち着きがあってほっとする気持ちになれるようにしました。

――こちらのカウンターに使っている木は?

これは埋もれ木とか神代木って言われるもので、二千年間、土に埋まっていた木ですね。高速道路の工事とかで地下を掘った時に、化石化しなかった木が出てきたりするんですよ。ここのテーブルには白木じゃない木を使いたいと思っていたので、これを見つけて、丸太の状態で6人ぐらいで運んでもらって。これで1本分ぐらいの長さなんですけど、外側は腐ってしまうので芯の部分だけをテーブルにしたんです。

――二千年とはスケールが大きいですね。

自然の時間の経過って、人間の歴史よりもずっと長いじゃないですか。 そういう意味でも、このカウンターで時の流れを感じていただけたらいいなと思って選びました。


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――窓から見える外の風景が、これから秋にかけてだんだん色が変わっていくのも楽しみですね。

そうですね。ここにあるのは全部落葉樹なので、 紅葉が進んでいって、冬になると葉が落ちて銀世界になります。だいたい4月下旬に雪囲いを外して、5月ぐらいから新緑がちょっとずつ出てきてくれるっていう感じですね。これからはこの他にも、季節ごとに愛でるものや生けるものを育てていけたらいいなと、妻と一緒に考えているところです。

 

「出羽屋村」を作りたい


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――今この場所、この地方だからこそできることとして、どんなお考えをお持ちですか?

今のローカルブームというか、地方だから許されるっていうものには浸っていちゃダメだなっていうシビアな見方はしています。料理や構成がなんとなくにならないようにとは日々考えていますね。

あとは地方だからできることとして、獲りたてのものが使えるという食材の特徴は絶対的にあります。地域の人との繋がりの面でも、距離が近いので常に連絡を取り合えますし。だって、朝3時とかに電話来たりするんですよ。「こんなの獲ってきたよ」とか。解禁日にどさーっと獲ってきてくれて「これ欲しかっただろう」みたいな感じで(笑)。

――朝3時ですか(笑)。

でもそういうやり取りがあると、やっぱり貨幣価値じゃない、人間性や人間味みたいな部分は地方の楽しみだなと思うんですよね。


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鮎のお造り。地元の川で苔を食べて育った鮎は、捌くと内蔵からきゅうりのような香りを感じる。風味の近いきゅうりを添えてシャキシャキとした食感も楽しめるひと皿に。麹味噌をつけていただく。

 
――山菜そばなど、出羽屋さんがこれまで大事にされてきた歴史や伝統もありつつ、佐藤さんがご自身の代でやってみたいこともあるかと思います。そのあたりのお考えをお聞かせいただけますか?

昔から受け継いできたものとして一番大事にしたいのは、この山の食文化です。ここにしかないものを残したいという思いは強く持っています。ただ、山菜そばに力を入れることはもちろんなのですが、その上でさらにお客さんとの会話や季節感をひとつのお料理としてお届けすることに力を入れたいという思いはありました。

でも結局、料理を作って食べていただくことだけでは、なかなかお客様に伝えることが難しいなと。それだけではないなっていうところもあるので、こうした対面式の席を作ったり、宿泊を通して少しでも時間をかけて触れていただく時間を作ったり、オンラインで商品が購入できるようにしたり、イベントをやってみたり‥‥というのを、妻と一緒に考えてきました。

――さまざまな試みをされていますね。

うちには直接山菜を卸しに来てくれる人や、ジビエや魚が獲れたら持って来てくれる人たちがいます。そういう人たちが集まることで、出羽屋がひとつの村になっていく。そこにお客様が来てくださるみたいな感じのイメージを持っています。

――いいですね。

かしこまって行く場所というよりは「ただいま」「おかえり」みたいな、田舎の家みたいな感じですかね。これがちょっとずつ広がっていって、自分たちがイメージする「出羽屋村」みたいな方向に近づいていけるのかなと。例えばこのランチョンマットもそういう思いで作ったんです。


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――ランチョンマットも作っているんですか?

ええ。料理をすると必ず端材が出るので、もともとはコンポスト(微生物の働きを使って発酵分解し堆肥にすること)にしていたんですよ。 もちろんそれで栄養価の高い土を作れるんですけども、他の方法もないかなと考えていて。たまたま和紙の職人さんと話しているときに、今日本では楮(こうぞ=和紙の原料となる植物)が減ってきているから輸入材に頼っていると聞いたんです。

――そうなんですね。

それなら紙を作る時の楮の割合を減らして、 自分たちのところで出た端材を6対4ぐらいの比率で使ってもらって、お客様のランチョンマットにするプロジェクトをやってみようと。お客様にはこれを持ち帰っていただいて、家でブックカバーを作ったりとか、ハガキを作ったりしていただいてもいいですし。もちろん時代によってこれが必要とされるかどうかは変わるかもしれませんけれど、方法としてひとつあるかなと思って、やってみたものですね。

 

妻との二人三脚で作る『出羽屋』


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――新しいことにどんどんチャレンジされていますね。代々受け継がれてきたものを守る責任や重圧みたいなものを感じることもあるのではないですか?

そうですね。受け継いでいかなきゃいけない、料理をやらなきゃいけないって思いもありましたし、どうしたらいいんだろうかと不安になった時期はありました。でも、 そういう部分を解き放ってくれたのは、間違いなく妻ですね。結婚してくれて、自分の分も一緒に背負ってくれて、今も一緒に茶道のお稽古をしたりとか、コース料理の構成を考えたり、どういう方向性でやっていこうっていうのを考えてくれています。

――奥様の存在が支えになっているんですね。

すごく大きいですね。それがなかったら対面形式にすることもなかったですし、 山のことに対してこれだけ表現できるようにもならなかったと思います。

――お子さんもいらっしゃいますが、自分の代から次の世代へ繋いでいきたい意識もお持ちですか?

必ずしも子どもたちが店を継がなくてもいいとは思ってます。ただ、一緒に山に行って自分が見せてあげられるものは、見せています。例えばこういう植物があるんだよとか、魚を活締めにするとか。鯉がパクパクしているのを締めて解体するところも見せます。命を食べているということを知るきっかけって、少ないじゃないですか。料理をやらなくてもいいけど、その感謝の気持ちを持ってほしいなって。


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この地域の定番である、アケビと味噌をあわせた「アケビ焼き」。中身をくり抜いて器状にした天然のきのこ5種類を詰めて焼き、完全無農薬のホオズキと、くりぬいたアケビの綿の部分を使い塩と砂糖で乳酸発酵させた大根漬けとともに盛り付け。アケビからホオズキへ、ホオズキから大根漬けへ、大根漬けからアケビへ‥‥とループするように味わうことで奥深い味を堪能できる。

 
――素晴らしいですね。佐藤さんは、他の地方のお店や料理人のことや、東京や中心地で流行っていることについては意識されていますか?

これが流行っているからやろうとか、うちもこうしなきゃいけないよね、みたいな意識はあんまりないです。それよりも、求められているものってどういうものだろうとか、出羽屋らしさって何だろうとか、ここに来るお客様の顔を意識していますね。あとは山でしか出せない色というのを意識しています。

――では、焦りなどもあまり感じない?

やっぱり妻がいてくれたのが大きいですね。自分たちの良さってなんだろうっていうのを、本当に朝から夜中までずっと話し合うんですよ。ひとつの指針になる部分だったり、答えみたいなものが二人で共有できていると、その他のものが怖くなくなるし、例えば誰かの反応が気になることもあんまりなくなりますね。

妻が『出羽屋』の常連のお客様でもあり、一番のファンでいてくれるので。要は妻の反応がそのまま直結するなと思っているんですよ。例えば「ここが気になる」と妻が感じるんだったら、 多分お客さんも感じてしまう。だから、そこは細かく見てもらいながら、意識しています。


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――ある意味、一番厳しい目が近くにあるということですね。これからどういう『出羽屋』を目指していきたいとお考えですか?

きらびやかなオーベルジュになろうとか、都会にあるようなレストランを作っていこうとか、チェーン展開していこうみたいな考えは一切ありません。目指しているのは、先ほど話した「村」のようなイメージですね。やっぱりここにある意味を追求していきたいです。それはずっと完成することがないんですよ。

 

最後に、佐藤さんにとっておいしいとは何ですか。

「おいしい」と「うまい」っていう言葉があると思うんですね。これ、うちのおじいちゃんから言われて、ずっと自分の根っこに持っていることなんですけど。うまいっていう言葉になると、 最初の味わいが強くて、量が少なくていいもの。でも自分が目指しているのは、お味噌汁ならひと口飲んでおいしくて、最初から最後まで飲み干してしまうような味。最初から最後まで食べきれる。最後食べた後に「おいしかった」で終われることっていうのは意識しています。

――それが「おいしい」と「うまい」の違いなんですね。

例えば、旨味調味料があるじゃないですか。ちょっと入れるとすごく旨味が引き立って、ひと口飲むとうまいって感じるんですよ。でも、 ふた口目からその刺激がどんどん弱まっていって、最後まで飲み切れないような感じになるんです。

自分の料理は、今日お出ししているあけびの料理みたいな「ループする感じ」が理想のイメージに近いです。ひと口食べたら、もうちょっと何かが欲しくなる。それで大根を食べる。そうしたら、ほおずきを食べたくなる。あれ、もう1回あけびを食べよう、となって、ひと皿が終わる。あの感じが自分の意識していることなんです。

――あれがまさに、佐藤さんのおいしいを表現しているんですね。

はい。食べ終わった後に満足感があって、ちょっと懐が温まるような感じが、自分の料理の目指している「おいしい」ですね。


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企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/矢倉明莉

 

おいしんぐ!YouTubeチャンネルのインタビュー動画

おいしんぐ!のYouTubeチャンネルでは、佐藤治樹さんのインタビュー動画を見ることができます。
お店の雰囲気や料理、佐藤治樹さんが気になる方はチェックしてみてください。

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