巡り巡って庄内で15年。『ジーラ ジーラ』に込めた思い

生き方を変えることで辿り着いた料理人としての可能性。「 gira e gira 」オーナーシェフ 古門浩二さん

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生き方を変えることで辿り着いた料理人としての可能性。「 gira e gira 」オーナーシェフ 古門浩二さん

おいしんぐ!編集部

自然に囲まれ、豊かな食文化を持つ山形県・庄内。おもしろい料理人や生産者に出会えるエリアとして、全国各地を取材して回る「おいしんぐ!」編集部でも特に注目をし、精力的に取材をしてきた。数々の名店がある中でも、料理人や生産者、そして食通からひと際注目を集めていたのが、シェフ・古門浩二さんの店『ベッダシチリア』。東京の有名イタリア料理店で研鑽を積み、本場イタリアで3年間の修行を経て、鶴岡で店を構えたのが2016年。地産農家さんの食材をたっぷりと使い、自由な発想で表現する古門さんならではの料理を楽しめる店だった。

オープンから6年を経た2022年、古門さんは店を移転し『gira e gira(ジーラ ジーラ)』で新たなチャレンジを始めた。単に移転をするだけでなく、店名やコンセプトも変更した全面のリニューアルだった。

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2022年12月にオープンした『ジーラ ジーラ』。「巡り巡って」という意味を持つ店名にはさまざまな思いが込められている。


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店内には、広いキッチンが見渡せるカウンター席やテーブル席が。

山に入ったり、自ら小さな畑を作ってハーブや野菜を育て、そこで採れたばかりの食材を使って、その日の料理を考える。月に一度以上は県外や海外を旅しながら新たな食材や人、地域と出会う機会をつくり、それを自らの料理に活かしていく。店で働くスタッフたちも自ら「自分に何ができるか?」を考え、それぞれが得意な分野でチャレンジを続けている。古門さんは新しい場所で「今までやってみたかったこと」を少しずつ実現させているという。

これまでと、これから。心境の変化や、料理に現れてきた変化について話を聞いた。

 

考えながら作る、できることは自分でやる。


おいしんぐ!編集部

――今日の料理は、さっき考えたっておっしゃっていましたよね?

まだ考え終わってないです(笑)。

――いつも、直前まで考えているんですね。

そうですね。定番のメニューももちろんあるんですけど、完全には決めないでやるようにはしてます。いろいろ、新鮮な方がいいんですよ。以前は、これを作ろうってある程度決めてから食材を集めて……という作り方でしたけど、今はわりと「これとこれ」っていう組み合わせで用意するようになって。その組み合わせから、何を今度は足して、引いていこうかなみたいな。

――なるほど。今日、いま届いた食材もありますもんね。完成品は決まっていないのでしょうか?

完成品を出そう、と考えてはいないんです。そこが多分、料理人として間違ってますけど(笑)。 だけど、僕としては、完成品には成長がないと思うし、常に何か感じながら作っていたほうがいいと思うんです。「今まさに」っていう表現ができれば、庄内にいる意味もあるので。あえて地産地消を謳いたいわけでもないですけど、 自分がより自然の場所に行くようになって、それはすごく感じるようになってきましたね。


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――山に入ってきのこを採ったりもされているんですよね。

山菜採りに行ったり、きのこ採りに行ったり。今度、渓流釣りにも行きます。絶対に捕ってやる!というよりは、遊びに行ったついでになにか捕れればいいなと。今まで15年も山形(庄内)にいたのに、全然やってこなかったんですよね。もったいないと思うし、今のうちにできることはやろうと思って、今はいろんな方々に教えてもらいながらやっています。

――ご自身で山に入ると、四季の感じ方が変わるでしょうね。

全然違いますね。雪解けが早い、遅いとか、山がどのぐらい雨で湿っているとか。この夏、庄内は40日間雨が降っていないとニュースになっていましたけど、山ではちゃんと降っていましたから。

――そういうことが肌感覚でわかるようになるのですね。古門さんはこちらのお店をオープンしてから、畑も始めたとか?

店の近くで小さな畑をやっています。前からやってみたいなと思っていたんですよ。こんな猫の額ぐらいの狭い畑ですけど、雑草も生えるし、この夏は雨が降らなかったから水掛けしなきゃいけないし。知り合いの農家さんなんて広大な畑ですから、雨が降らないときはトラックに1トンの水を汲んで、夜中に7回、7トン分を撒くんですって。本当に大変だなと。そうやって育てられた食材は、僕もただ使わせてもらうだけじゃなくて、使いながらその生産者さんの努力をお客さんに伝えなければなって、より強く思うようになってきました。


おいしんぐ!編集部「何を作ろうか考えるのが楽しい」と語る古門さん。その季節の食材、その瞬間の気持ちや発想を大事にしながら自分らしい料理を楽しんでいる。

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自家製ハーブや野菜などを育てている畑。地元農家さんが作っていないものを少しずつ作っているという。「畑を持つことで、自分の育てたものだけでなく他の農家さんの食材にもより愛情が湧くようになりました」

 
――山に入る時間や自然と触れ合う時間を、ライフスタイルの中であえて作るようにしたのでしょうか?

作るようにしましたね。お店から離れ、料理と向き合わない時間を増やすことで、逆に料理と向き合うことに集中するっていうほうを、大事にするようになってきました。

――そうした変化から見えてきたものはありますか?

山があって海があって、生産者さんがいて……ということは、もちろんわかっていたつもりだったんですけど、自分が山に入ってきのこを採ってみることで、新たな山の環境、海の環境が少しずつ見えてくるようになりました。自分はまだまだ上っ面なんでしょうけど、以前よりも深みを感じています。どんどん楽しくなっている感じです。


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「ガサエビとイチジクのタルタル」
旬のガサエビとイチジクという、食感が似ている食材をあわせたタルタル。両方とも火を入れることでより甘みが出るため炭を押し付けて片側だけ甘みをつけ、燻感を足している。自家製バジルペーストで味付けをした山形・真室川の伝統野菜である勘次郎胡瓜を合わせ、真逆の食感を楽しめる一品に。下に敷いてあるのはほのかな香りを感じるクロモジの葉。

 
――山の中で出会ったものを料理に使うということも?

はい。自然の中で使えるものがいっぱいあるし、山で出会ったものを何かに使えないかな?とかは常に考えています。前のお店では普通に出していた烏龍茶もやめて、ここに来てクロモジのお茶に変えたりしました。ペットボトルも炭酸以外は全部廃止にして。

――ペットボトルは使わないんですね?

前々から使うことに疑問があったんですよね。あと塩麹や梅酢も、基本的にできることは自分でやるようにしています。 もともとは梅干しを作りたかったわけじゃなくて、梅酢をよく料理で使うんですよ。だったら梅干し作れば、出るじゃんっていう。以前は、これをやめたいな、これをやりたいな……と思いつつ踏み出せないことが多かったんですけど、『ジーラ・ジーラ』を始めてからは、とりあえずやってみようと。自分のやりたいことをちょっとでも多く出したいって思うようになりました。

 

旅を大切にする料理人。


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――2016年から『ベッダシチリア』をやってこられて、『ジーラ ジーラ』をリニューアルオープン。古門さんの中での意識の変化はありましたか?

ありましたね。前は前で良かったところもあるし、今は今で考えていることも変わってきているので、それを表現するには店の名前も変える必要があるし、やり方や自分の生活も変える必要があるなと。なので、全体的なリニューアルをしたんです。

――『ジーラ ジーラ』という名前に、その意図が込められているんですね。

日本語訳すると「巡り巡って」とか「循環」っていう意味になるんですけど。僕自身が、神奈川を出て東京に行って、イタリアへ行ってまた東京に戻ってきて、山形に来て。『ベッダシチリア』を経て『ジーラ ジーラ』へと巡り巡ってここにいる。また食材も、いろんな方々が作って、いろんな種が回り回って、育って、収穫されてうちに届くっていう循環がある。そしてお客様も、いろんな場所やお店にも行かれますけど、巡り巡ってうちにも来てくれる。一番大きなところでいうと、農家さん、生産者さんの思いや背景をお客様に伝える循環の輪の中に、僕らが入っている。そういったいろんな意味で、「ジーラ ジーラ=循環」なんだと考えています。


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――リニューアルを経て、生産者さんに対しての思いは変わってきましたか?

『ベッダシチリア』の時は、農家さんへの感謝を伝えたいと思ってやり始めたんですよね。 お世話になってきた農家さんの野菜をいっぱい使おうということを、まずはコンセプトにしてやりました。もちろんそのコンセプトは今でも思い続けています。ただ7年経って、農家さんや漁師さんが直面している問題点がいろいろ見えてくるわけですよね。


おいしんぐ!編集部

僕らレストラン事業というのは加工屋だと思っているので、その問題をどうにかして解決できないかなって思うようになってきて。高級食材を使いたいとか、 絶対おいしいものだけを使いたいっていうのとはまた違って、農家さんが困っていることを解決しながら、僕らも食材を使わせてもらってお客さんに届けることが、本当にみんな喜ぶことなんじゃないかなって思うようになってきたのが大きいですね。


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おいしんぐ!編集部「ビステッカのリピエーノ」
古門さんの畑で採れたばかりのビステッカというナスを揚げ、中にそばの実をショートパスタのように使った一品。スープのようなとろみを出すために葛を入れ、出汁には前日に山で採れたばかりのハナビラタケを使っている。

 
――4年前の取材で「月に1回は必ず旅に行きたい」とおっしゃっていました。

あ、4年前から言っていたんですね。そうですね、それは実現しています。月に1度、県外への旅行をしているのと、その他に県内の山に入ったり、海に行ったりということもしています。

――どんな目的でやっているんですか?

人に会いに行く目的がほとんどですね。生産者の方や、プラスその人のいる地域が気になって行く感じです。それから自分自身に人間としての深みがもっと欲しいという理由もあります。いろんなものを知りたい、いろんな人と話したい。こっちでもいろんな人に出会えるんですけど、まったく違う文化や環境で暮らしている方と話したり、一緒に過ごしたりすることで、自分の得るものが多くなっていくので。


おいしんぐ!編集部

――旅をしていると、料理に変化が生まれたりしますか?

旅をしていると、料理がというより考え方が変わっていくんですよね。昔はその地域の食材をすぐ使ってみたりしていましたけど、今はそれを踏まえた上で、その人たちの考え方をヒントに、どう自分の料理に落とし込めるかを考えるほうが強くなってきたかもしれません。以前よりも庄内愛は増えてきているような気がします。

――古門さんの畑にはコブミカンがあったり、レモングラスがあったりしますし、お料理もイタリア料理の域を越えている印象があります。それも、たくさんの旅の経験があるからでしょうか。

そうかもしれません。イタリアンでハーブと言えばローズマリー、セージ、タイムみたいなイメージがありますけど、タイに行ったりスリランカに行ったり、 アメリカに行ったりしていろんなハーブやスパイスを知るようになって。ちょっと酸味が欲しい時に、前までだったらビネガーとかレモンを入れていたけど、スマックっていうスパイスで酸味を足せるな、それも液体じゃなくて粉として使えるなとか。いろんな幅で使えるようになってくるんですよね。だからなにしろいっぱい知りたいし、そこから取捨選択したいんです。


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――旅を通していろんな出会いをして、その中で自分の中で合っているものを探す感じなのでしょうか?

自分とは違うものって、基本的にあんまりないです。どんな料理でも考え方でも、まずは否定しない、1回は飲み込む、ということをするようにしています。前までは、こういうのはタイプじゃないなとか否定をしていたんですけど、もしかしたら自分に足りない発想や何かがあるのかもしれないし。なるべく自分軸ではなく、他人軸で考えて、物事を受け入れるように努力をしています。

――そのあたりの心情の変化も、ここ最近ですか?

ああ、そうかもしれないですね。コロナ禍の3年間って、 自分を変えてくれた大きな変化の時期だったので。考える時間もいっぱいありましたし、逆にすごく感謝の念も感じられました。そこからですかね、考え方がそういう風に変わってきたのは。

 

庄内の“本当の”深さ


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――スタッフの方々が楽しそうに働いているのも、このお店の魅力ですね。

ここに来て、スタッフの数も倍以上になりました。レストラン事業だけでいえば、たくさん人数が必要というわけではないんですが、うちで働きたいと言って来てくれた子が、本当にみんないろんな才能を持ってる子たちで。ただのサービススタッフだけはもったいないなっていうのは強く感じたし、スタッフのみんながそれぞれにこの場所を拠点として、自分たちで表現できるようになれれば一番いいかなって。そうすると、今度は自分たちがここのホールスタッフとして数時間でも働く時にまた気持ちも入っていくし。それも循環だと思っています。


おいしんぐ!編集部

自分には何ができない、何ができるっていうのを、自分で考えて選ぶことが大切なんですよね。淡々とやる作業をずっと続けられることだって、やっぱり取り柄じゃないですか。スタッフの中で最初は「何もできることがない」と言っていた主婦の方がいらっしゃるんですけど、その方に畑の管理をやってもらったり、店の塩作りを彼女の部門としてやってもらったりするようになって、今では塩の勉強をしながら活躍してくれています。自分たちで考えて、自分たちの責任で管理する、製作するようになっています。

――その辺りの取り組みも、以前と比べて変化したところですよね。

はい。山形に来て15年、50歳を目前にして、独立してお店を持った若い後輩も増えてきた今、自分の立ち位置についても考えるようになってきました。若い子たちにただ「やりなよ」とか押し付けるんじゃなくて、「あ、このおっさん、庄内で楽しいことやってるな」とか「こういう取り組みもやってるんだな」とかっていうのを、SNSで発信したりすることで、少しでも楽しそうだなって思ってもらえばいいなと。

旅に出るのも、山に入るのも、 こういう取り組みをしていくのもそうなんですけど、自分がどんどんやっていくことで、感じてもらえることは増えていくのかなと思って。それは料理人だけじゃなくて、この地域の人に対してもそうだし。前は、自分の店のためにやっていたりすることもあったんですけど、そこは変わりましたね。


おいしんぐ!編集部

――旅をして、人に会って、他の地域を知っていくからこそ、自分がいる地域やそこに住む人達にもより愛情が芽生えたのかもしれませんね。

食材や自然の豊かさ=住んでいる方の暮らしの豊かさ、ではないんですよね。でも、少しずつ、自然の豊かさと暮らしの豊かさを近づけることができるっていうのは、いろんな地域に行ってみてわかりました。自分も一緒に自分の暮らしを豊かにしていきたいですね。それは決して、お金を貯めるということではないです。偉そうに言える立場でもないし、僕も今勉強している最中ですけど、みんなでがんばっていこうぜって思っています。

――改めて、古門さんの目で見た庄内の魅力とは?

僕の中では、ここはすべてが整ったリッチなエリアなんです。こんなに食材も人も自然も整った状況は他にないかなと思っています。ただ、「庄内って自然がいっぱいで、食の宝庫です」って言葉では言えるけれども、どこまで自分がそれを知っているのか?って。庄内が深いことはわかっているけど、本当の深さをまだ自分では知ることができていないと思うんです。

――本当の深さ、ですか。

もうね、めっちゃ深いんですよ。歴史も含めて、なんでこの土地にこれだけ畑や田んぼがあるかとか、 庄内にまつわることは知っていきたい。何年かかけてでもいいから、ひとつひとつ手で触ったり感じたりしながら、自分のフィルターを通して伝えられるようにしていきたいなと。

ある農家さんが言っていたんですが、「種がよそから来て、その土地に根付くまでに8年かかる。それって人間も一緒でしょう」って。僕も、山形に来て15年ですけど、お店が7〜8年目になった時に、少し根付いた感を自分でも実感したんです。そこから、いろんな人とつながるようになって、庄内がどんどん楽しくなってきた感じがあります。自分が一歩踏み出せば、いろんな人がいるんですよね。

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「庄内鴨と月山小麦のラビオリ」
煮込んだ庄内鴨をほぐし、地元のエシャロットとジャガイモを炒め、すっぽんの出汁でソースに。「テロワール」を表現したかったという一品。仕上げにパルメザンチーズをたっぷりと。

 

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これをお聞きするのは2回目となりますが、今の古門さんにとって、おいしいとは?

お客さんの「おいしい」は、 僕の活力です。最終的にお客さんが「おいしい」って言ってくれることで、僕は笑顔になる。それはずっと変わっていません。ただ4年前と違うのは、「おいしい」のとらえ方が、僕の中で少し変わってきていて。僕の仕事は「おいしい」を伝えることなんですよね。生産者さんが作ったおいしい食材をお客さんが口にしたときに、ブレずに伝える「責任」に近いかな。おいしいまま、お客さんに運ぶつなぎ役としての責任が、僕の思う「おいしい」っていう意味の中に含まれてきてます。自分が完成形ではない。 つなぎ役なんです。生産者さんの思いを伝えることが、おいしいを伝えることに繋がってくんじゃないかなとは思ってます。


おいしんぐ!編集部

 
企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/矢倉明莉

 

おいしんぐ!YouTubeチャンネルのインタビュー動画

おいしんぐ!のYouTubeチャンネルでは、古門浩二さんのインタビュー動画を見ることができます。
お店の雰囲気や料理、古門浩二さんが気になる方はチェックしてみてください。

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