“甘み”だけがすべてじゃない!

個性が際立つフルーツを使って人を笑顔にする洋菓子を。オーボナクイユ・丸山孝一さん

東北
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庄内
庄内カフェ
探訪で地域を知る
料理人インタビュー
鶴岡市
鶴岡駅

おいしんぐ!編集部

鶴岡駅から車で約5分。静かな住宅街の一角に見えてくる、洋風のかわいらしい建物。ドアを開け、店内に入ると甘い香りが立ちこめ、色とりどりのケーキがショーケースにずらりと並んでいる——。「よくある、街のケーキ屋さんでは?」と侮ることなかれ。ここは、山形県・鶴岡という地から、これからの“日本の洋菓子”のレベルを間違いなく上げていくであろうパティスリーであり、庄内で必ず訪れてほしい一軒でもある。

店の名は『オーボナクイユ』。フランス語で「おもてなし」という意味があるという。開店中は若いカップルからシニア夫婦まで次々に客がやってきては、嬉しそうにケーキを持ち帰っていく…そんな様子からも、この店がいかに地元で愛されているかがわかる。

パティシエ兼オーナーの丸山孝一さんは、庄内エリアで活躍するシェフや生産者とも仲がよく、庄内の食のレベルを引き上げている一人だ。長崎の菓子職人の家に生まれ、フランスで修行した丸山さんが、なぜ鶴岡に店を構えたのか。鶴岡を舞台に、いま挑戦していることは何か——。忙しい午後のひとときにお邪魔したにも関わらず、ひとつひとつの質問に対し真摯に答えていただいた。

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内観 おいしんぐ!編集部
フランスのカフェを思わせるテーブル席。オリジナルブレンドの紅茶などもいただける。


外観 おいしんぐ!編集部

内観 おいしんぐ!編集部

鶴岡駅から約1km、車で5分ほどのところにある。黄色い看板が目印。窓の外には芝生とベンチが広がり、ほっとひと息つける空間となっている。

 

世界のスタンダードを知るために、フランスへ

おいしんぐ!編集部


おいしんぐ!編集部

おいしんぐ!編集部

——丸山さんがパティシエを志した理由を教えてください。

丸山:実家が和洋菓子の店で、小さい頃から父の仕事ぶりを見て育ったんです。だから自然といつかは自分もやりたい…というか、絶対にやるんだろうなと思っていました。逆に、他の仕事をまったく想像できませんでした(笑)。

——小さな頃から、その思いは変わらなかったんですか?

丸山:ブレませんでしたね。実家が長崎なので、それこそカステラや和菓子から、チーズケーキ、ダックワーズまであるような店でした。父の作るお菓子が近所のお客さんに喜ばれているのを見てきて、憧れの職業だなと。今でも父親に対するリスペクトは強いです。実家に電話をするときも、母より父とお菓子の話をする時間のほうが長いぐらいですから(笑)。高校卒業後、僕が東京の店で修行することになったときも、父が何軒も一緒に食べ歩いて店探しをしてくれました。

おいしんぐ!編集部

——お菓子屋さんである実家を出て、東京に出てこられたのですね。

丸山:日本のお菓子作りの最先端はやはり東京なので、まずは専門学校などに入るよりも、現場に入って基礎を勉強したかったんです。都内のお店で5年修行し、その後も3軒のお店でそれぞれ1~2年ほど勤めました。

最初の頃は東京で4〜5年勉強したら地元に帰ろうと思っていたのですが、仕事で出会ったいろいろな人たちの影響を受けて、お菓子のことを理解していくにつれて「あれ? まだまだ、ここじゃ終われないな」と…。そのうちに、もっと世界のスタンダードを見たくなって、ヨーロッパに行かなければという気持ちが強まってきたんです。すべて、東京でお世話になったお店や先輩方の影響ですね。

——ヨーロッパでは、何年間勉強されていたのですか?

丸山:留学期間を2年間と決め、なるべくたくさんのお店を経験しようと思ったんです。ノルマンディー地方の伝統菓子の店、アルザス地方の有名店『ジャック』、パリのショコラティエ『ル・カカオティエ』、そしてコンフィチュールの老舗と、5軒のお店で学ばせてもらいました。

おいしんぐ!編集部

「店を、日常を忘れられる空間にしたい」と語る丸山さん。将来はケーキだけでなくパンやチョコレート、総菜などが並ぶような店にしていきたいとのこと。

——地域もジャンルもかなり幅広くお菓子作りを学ばれたんですね。帰国してからは、どのような経緯で鶴岡に?

丸山:帰国後は東京で働いていたのですが、あるとき、お世話になったシェフから鶴岡の仕事を手伝ってほしいと頼まれ、1週間ぐらい泊まり込みで仕事しに来たのが最初ですね。そこから5年ほど、鶴岡の会社にお世話になりました。そんな頃に結婚して、奥さんが鶴岡出身だったこともあり、鶴岡に住んで店を出すことにしたんです。

 

「甘さ」よりも、「ありのまま」のフルーツを


まるごとピーチ おいしんぐ!編集部

まるごとピーチ:毎年6月から8月末までの季節限定・数量限定の人気商品「まるごとピーチ」590円。クリームとバターをたっぷりと使ったパイ生地が、みずみずしいもものおいしさを引き立てる。

——フランスの修行時代に得た一番印象的なことは、何でしたか?

丸山:技術的なところで言えば、当時でも東京とそれほど差があったわけではないのですが、明らかに違ったのは、食材ですね。たとえば乳製品。いまでこそ「エシレ」のバターが日本でも手に入るけれど、当時は日本で目にすることはほとんどありませんでした。でも、フランスではエシレのバターや生クリームを当たり前のように使ってるわけです。日本とフランスの乳製品の違いを直に感じる事が出来ました。

それから、フルーツやナッツ、木の実、ハーブ系の食材も違いました。日本ではあっと驚くような使い方を、フランスでは当たり前のようにしているんです。ドイツとの国境近いアルザス地方では、スパイスを使ったお菓子なども多いですし。そういう食材の使い方を見られたことも、自分の幅を広げてくれましたね。これは日本人の感覚で、日本人から教わっていたのだけでは得られなかった。それが今の自分のお菓子作りにも活かせているのかなと思います。

——フルーツの違いとは、例えばどのような感じなのでしょうか?

丸山:いちごひとつをとっても、野性味があったり、酸味があったりと、フランスではもっと「ありのまま」なんです。いま、日本ではフルーツの糖度が重用視されがちですよね。「生で食べて甘いほうがおいしい」という農家の方も多くいらっしゃいます。


シャルロットⅡ おいしんぐ!編集部

シャルロットⅡ:ピスタチオのムースとスポンジ、いちごのソースを組み合わせた見た目が美しい「シャルロットⅡ」430円

——そうですね。いまはフルーツでも野菜でも「甘いほうがおいしい」と捉えられがちかもしれません。

丸山:もちろん生で食べるぶんにはいいと思うのですが、僕たちは加工業なので、もっと苦みや酸味、香りがあるフルーツを使いたいという思いがあるんです。ジャムにしたり、熱を加えてタルトにしたりするときに、ぼくらの個性が出せるフルーツ…つまり、「そのフルーツに対して、作り手としてどんなアプローチをしたら、おいしくなるか?」と考えさせてくれるものが理想なんです。

——砂糖を加えてお菓子にするわけですから、甘いこと以外にも特徴がなければ、ということですね?

丸山:そうなんです。よく、「山形はフルーツが豊富だから、やりがいがあるんじゃないですか?」なんて聞かれるんですけど、実は難しいんですよ(笑)。例えば、いくらさくらんぼのサトウニシキがおいしくても、それでおいしいケーキを作ることは難しい。なぜなら、そのままで食べておいしいから。生で食べたときのおいしさが、加熱したら消えてしまうし、微妙な甘さもクリームに負けてしまうんですよね。加工してあえておいしくないものを作ることは、僕がやる必要がありませんからね。もし作るなら、アメリカンチェリーを使います。

おいしんぐ!編集部

——ケーキに向いたフルーツを探さなければならない、と?

丸山:フルーツが盛んな地域だからこそ、もっと個性の際立つフルーツを使いたいですね。それこそ「誰々さんが作ったフルーツを使う」というところまで、落とし込んでいかないと、力強さがないと思っています。がんばっている農家さんとはそんな話もしながら、僕の使いたいフルーツを作っていただいたり、いま作っているものを見せていただいたりしています。

——たとえば、どんなフルーツを作っているのでしょうか?

丸山:フランスにフレーズ・デ・ボワという、ろうそくの炎のような形をした小さないちごがあるんですが、これを今年に入ってから栽培してもらっています。また、関東の農家にお願いしているミラベルも試作中です。日本の市場には出回っていないフルーツに関しては、僕のほうから「こういうものを作ってもらえませんか?」と、お願いしていますね。積極的にやっていただける農家さんがいらっしゃるので、本当にありがたいです。

おいしんぐ!編集部

——庄内だからこそ生産者さんとの距離が近いというメリットはあるのでしょうか?

丸山:それはあると思います。「こんなフルーツを作ってみたんだけど、ケーキに使いませんか?」というようなお話もいただきますし、新鮮なものが手に入りやすい距離の近さも感じます。ケーキに向いているフルーツを見つけやすい環境は、すごくありがたいですね。東京の友達にも「そんなものがすぐ手に入るの?」って驚かれますよ。

この先、こうしたフルーツの需要をもっと増やしていくことで、栽培してくれる農家さんが増えていくといいなと思っています。それを求めているお菓子屋さんは東京にも絶対にいるはずですが、そのルートがないんです。農家さんがこんな思いで作ったいいフルーツがあるということがきちんと伝えられて、それが全国で手に入りやすい流れができていくといいですよね。

 

「自分が本当に作りたいケーキ」を目指して


ラフィネ おいしんぐ!編集部

ラフィネ:「洗練された」という意味をもつ「ラフィネ」 410円。マスカルポーネチーズをベースに、キャラメルやヘーゼルナッツを混ぜたクッキーを合わせた一品。柑橘系フルーツのソースも隠れている。

——2019年で、お店をオープンして10年目になりますが、振り返ってみていかがですか。

丸山:最初の頃は、僕がやりたい方向性では店の経営ができないのかなと、正直迷った時期もあったんです。田舎によくある和洋菓子店のような感覚で「シフォンケーキはないんですか?」と聞かれたりすることもあって……。

——やりたい方向性というのは、どのようなことでしょうか?

丸山:自分が理想とする「甘さのバランス」を表現できることですね。僕が作りたいのはフランス菓子なので、「甘み」も味を形成する骨格のひとつとして外せないものなんです。

——しっかりとした甘さのあるケーキ、ということですね。

丸山:はい。甘みってすごく難しくて、甘さの基準は人それぞれ差がありますよね。うちのケーキは、コーヒーと一緒に食べてちょうどいいぐらいの甘さがありますし、中にはお酒をドンときかせたものもあります。お子さまはもちろん大人も、むしろ男性のかたにもお酒を飲みながら「おいしい」って食べてもらえるものも並べたいんです。

もっと言うと、お菓子もお酒と同じで、個性があっていいと思っています。僕もいろんなお店で食べさせてもらっていますが、甘さのバランスが近いものを並べていらっしゃる店が多い気がします。たとえばワインにしても、軽めのフルーティなものがあったり重めのものがありますよね。お菓子もそういうスタンスでいいのではないかな、と。

おいしんぐ!編集部

——確かにそうかもしれません。ひとつのお店の中で、いろいろな甘さや個性のケーキが並んでいたら、選ぶ楽しみがより広がりますね。

丸山:ありがたいことに、10年やってきたことで、お客様がうちの味を知ってくださるようになりましたね。僕のやりたい方向というのを、受け入れていただいている感じがします。目や舌の肥えたお客様もたくさんいらっしゃいますし、東京や他県から通ってくださる方もいますし、手が抜けません。

——丸山さんの目指す方向性のケーキに、お客様がついて来てくださったんですね。

丸山:あのとき「生活のために」と、シフォンケーキを作らなくてよかったです。一度前例を作ってしまうと、僕が望んでいなくても「また作ってほしい」と求められてしまうこともあるでしょうから。自分の仕事として、やりたい方向じゃないものがどんどん膨れ上がってしまうと、絶対にメンタル的にキツくなるはずなので…。

——なるべく妥協せず、自分のやりたい方向をきちんと見据えていくべきということですね。それはお菓子作りだけでなく、すべての仕事に共通して言えることかもしれません。

丸山:生活や利益のことを考えてしまったりとか、いろんな迷いってありますよね。僕の場合は、ひとつの軸を持って、そこから大きく逸脱するような仕事はしないようにしようと思ってやってきました。


おいしんぐ!編集部

おいしんぐ!編集部

——鶴岡でこのレベルのパティスリーを営んでいるわけですから、丸山さんのもとで修行したいという若い人たちも多いのでは?

丸山:でも僕、なかなか教え方は厳しいので…(笑)。あと最近の傾向で、労働時間の問題なども考えてしまうと、この世界は難しいですよね。労働時間を短縮するには、お菓子屋の機械化を進めていくしかないんですよ。つまり大手メーカーと一緒、コンビニと一緒になってしまうわけで。

——お菓子ひとつを作るのにも、時間も人の手もかかりますからね。

丸山:個性を出すことは、ひと手間をかけることなんです。お客様はその「ひと手間」を求めているのに、「ひと手間」を抜いて仕事をしてしまうと、僕らの価値観はどこにあるのか? ということになります。そうじゃないところで僕らは勝負しているので…なかなか難しい問題ですね。

 

では、最後に…。
丸山さんにとって、 「おいしい」とは何でしょうか―—?

おいしんぐ!編集部

丸山:おいしいの先には、人の笑顔がありますよね。おいしいとは、人を笑顔にできることであり、その先の接点を増やしていけるものだと思っています。うちの店名『オーボナクイユ』って、「人をもてなす」「招き入れる」という意味があるんです。僕らの作るおもてなしや喜びの輪を、その先に広げていってほしいという思いも込めているんですよね。お客様がうちのケーキを買って帰って、誰かと一緒に食べて…そうやって喜びの輪や笑顔が広がっていくのを想像しながら、作っています。

※お店の情報は記事投稿日時点のものです。訪れる際には予め営業日時をお店にご確認ください。

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