お遍路文化が生んだ高級菓子

1804年創業「三谷製糖羽根さぬき本舗」に聞く! 讃岐和三盆の誕生物語。

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香川県
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和三盆
香川お土産
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香川県東かがわ市
香川県東讃エリア
1804年創業「三谷製糖羽根さぬき本舗」に聞く! 讃岐和三盆の誕生物語。

おいしんぐ!編集部

口の中ですっと溶け、後をひかない上品な甘み。小さく繊細な彫刻作品のように目を楽しませてくれる美しさ――。香川県を代表する高級菓子として全国でも有名な和三盆。この銘菓を昔ながらの製法で創業から200年以上にわたって作り続けているのが、「三谷製糖羽根さぬき本舗」だ。


外観 おいしんぐ!編集部

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外観 おいしんぐ!編集部

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歴史を感じさせる「三谷製糖羽根さぬき本舗」の趣ある店構え。原料となるサトウキビの栽培から加工、木型に入れて成形するところまで、すべてをここで作っている。

歴史と風格の漂う門をくぐり、昔の職人たちが製糖のために使っていた石車を横目に、店内へ。花、鳥、丸形、菱形など四季折々を感じさせるさまざまな色や形の和三盆が、美しく箱詰めされ並んでいる。壁には江戸時代から伝わるという文献や絵図が飾られ、さながらミュージアムのよう。ここでは、しばし忙しい毎日や喧騒から開放され、時を超えて愛されてきた和三盆とじっくりと向き合うことができる。

そもそも和三盆が、なぜここ香川で作られるようになったのか。それには、四国遍路文化が生んだ、ある偶然の出会いが関係しているという。


内観 おいしんぐ!編集部

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ゆったりとした時間が流れる、落ち着いた店内。美しい和三盆糖の数々が並ぶ。

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美しい色と形で四季を表現した人気の一品「春夏秋冬」1188円。


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和三盆の周りに抹茶をふるった、上品な味わいの「茶まり」540円。

それは江戸時代、徳川八代将軍吉宗の時代に遡る。当時の砂糖といえば、薩摩の黒糖のみだった。雨が少なく米が育ちにくかった讃岐の産業を作るべく、高松藩主の松平頼恭が学者・医者であった平賀源内に命じて、現在の栗林公園付近にサトウキビを植え、砂糖作りを研究させた。しかし砂糖作りは技術的に難しく、平賀源内の弟子・池田玄丈、その弟子・向山周慶(さきやましゅうけい)らに引き継がれながら、長い間試行錯誤を重ねていた。


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歌川広重「讃岐国和三盆製造之図」に描かれている、江戸時代の和三盆作りの様子。解説文には「春の彼岸のころに植え付けをし、12月の霜が降りる前に刈り取る」などと書かれており、製法や取れ高などは現在とほぼ変わらないことがわかるという。

あるとき、四国遍路を巡る途中で急病により倒れた関良介(せきのりょうすけ)という人を、向山周慶が助け、介抱した。薩摩出身でサトウキビ栽培の知識を持っていた関良介は助けてもらった恩義を感じ、薩摩からサトウキビの苗を死罪を覚悟で持ち出し、関所を避けて隠し通しながら、向山周慶へ届けた。苗を国外へ持ち出すことは重い罪だった。国に帰れない関良介は、この地に留まり栽培法などを伝授したという。


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三谷製糖の和三盆は、地元で栽培したサトウキビのみを使用している。店のすぐそばにも自社のサトウキビ畑が。また、近隣の農家でもサトウキビの契約栽培を行なっている。

しかし、またしてもうまくいかない。薩摩のサトウキビを讃岐で育てても、土壌の違いによってなのか、上等な黒砂糖を作ることができなかったのだ。当時、砂糖は黒く甘く蜜が多いほど価値が高いとされていたのだが、讃岐で作った砂糖はやわらかく、蜜が分離しやすいためあっさりとした味になってしまった。


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収穫したサトウキビをしぼり、汁を取り出す際に使っていた石車。昔は、この石車を回す作業を牛に引かせておこなっていた。

この問題をどうにかできないか。逆に、強制的に蜜を除くことであっさりとした甘さを持つやわらかな白砂糖を作ったらどうだろう。こうして生まれたのが、三盆糖だった。これが功を奏し、あらためてこの地で三盆糖の製造許可を求める文書(奉願口上書)が、文化元年に出された。一代目の名が入ったその文書をもとに、三谷製糖ではその年号を創業年とし、以後八代にわたってその歴史を伝えている。

八代目店主・三谷昌司さんの奥様(佐知子さん)はこう語る。
「この願い書をもとに、創業は文化元年としていますが、実際のサトウキビ作りはその20~30年前ぐらいからやっていたと聞いています。和三盆の完成までには試行錯誤もあったでしょうし、相当な苦労と時間がかかったと思います。幕末になると各地で砂糖が作られるようになりましたが、中でも『薩摩の黒、讃岐の白は国中第一とされ』という文献も残っていまして、白砂糖では讃岐が一級品というお墨付きをいただいていたようです」


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このあたりでは当時は5軒が和三盆を作っていたが、当時より残っているのは三谷製糖ただ1軒となった。現在も、昔ながらの製法で讃岐和三盆作りを続けているのは、三谷さんだけだという。

「和三盆には、店によってサトウキビの栽培法や製法も少しずつ違うので、一軒一軒の味があります。そんな中で『三谷の和三盆が口に合う』と言って長い間ご贔屓にしてくださるお客様がいるのは、とてもありがたいことだと思っています。力仕事や手作りで大変な部分もありますが、この味がいいと言ってくださる方がいると、やりがいがありますね」


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200年前からの伝統を受け継ぎ、次につなげていくのはどんな気持ちなのだろうか。

「八代の間に、波もありました。すべてが順調だったという代なんて、なかったと思います。私たちは一年間で販売できるだけの量を作れればいいと思って、小さな規模でやってきていますけれど、このまま変わらずにやり続けられるのが一番ありがたいですね。

サトウキビを絞って焚くのも、ひとつずつ木型に入れて作るのも、すべて職人さんの年季の入った手仕事によるものです。作り手以外にも木型屋さん、道具を直す職人さん、腕のある大工さんなど、周囲を固めてくださる方がいないと、私たちが和三盆を守ろうとなんぼ頑張っても難しいのです。そこを乗り越えて、やっていけたらと思っていますね」

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「あられ三盆」864円。もともとの和三盆はこのように丸く、大名の茶会などでも食されていたという。この丸い和三盆を薄紙でくるみ、羽根のように見せた商品が「羽根さぬき」540円〜。

この店を訪れれば、おいしいお土産が手に入るだけでなく、店主や奥様に話を聞きながら、和三盆が生まれた歴史や和三盆作りの文化に触れることができる。200年以上前、多くの人々が試行錯誤の末に生んだ讃岐の銘菓を、ぜひ五感で体験してみてほしい。また、現在は昌司さんの娘さんご夫婦が和三盆糖の糖蜜を使った和三盆ラム酒を作るなど、新たな試みも始めているというので、今後の展開も楽しみにしたい。

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