おいしいとは、お客様とつながること――

京都を舞台に躍進する若き女性シェフの情熱。「Jean-Georges at The Shinmonzen」総料理長ハナ・ユーンさん

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京都を舞台に躍進する若き女性シェフの情熱。「Jean-Georges at The Shinmonzen」総料理長ハナ・ユーンさん

おいしんぐ!編集部

京都・祇園。情緒あふれる祇園白川と、古美術の街としても知られる新門前通りが交わる一角に、ひっそりと佇むラグジュアリーブティックホテル「The Shinmonzen(ザ・シンモンゼン)」がある。建築家の安藤忠雄氏らが設計・デザインを手掛け、古都の伝統を守りながらも現代のライフスタイルに合うようデザインされている。

「The Shinmonzen」のシグネチャーレストランとして2023年春にオープンしたのが、フレンチ、アメリカン、アジアンを融合させた繊細で美しい料理で知られるモダンフレンチの巨匠ジャン-ジョルジュ氏による「Jean-Georges at The Shinmonzen(ジャン-ジョルジュ アット・ザ・シンモンゼン)」だ。米紙「ニューヨーク・タイムズ」で4つ星を獲得し、世界に60を超えるレストランを展開するジャン-ジョルジュのコンセプトのひとつが、地元の野菜をふんだんに取り入れること。ここ京都でも、京野菜をはじめとした日本の食材を使ったジャン-ジョルジュのシグネチャーメニューが展開されている。


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京都・祇園に佇む隠れ家のようなホテル「The Shinmonzen」内にある「Jean-Georges at The Shinmonzen」。フランスをはじめ、世界各地から厳選した3000本以上のワインを取り揃える。

シェフ・ジャン-ジョルジュから任命を受け、総料理長として京都のキッチンチームを率いるのが、韓国出身でニューヨークにて研鑽を積んだ若き女性シェフ、ハナ・ ユーンさん。アメリカの料理学校「カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ」を卒業後、ニューヨークの「ジャン-ジョルジュ・レストラン」で才能を開花させ、2021年には同店の副料理長に就任した。「30代のキャリアはフランスか日本で積みたいと考えていた」と語る彼女は、京都に移ってからもさっそく生産者のもとを訪れたり、日本の食文化を研究したりと、自らの料理の新しい領域を日々開拓している。

「お客様を楽しませたい」「お客様にいい時間を届けたい」「お客様とつながりたい」――彼女の口からは一貫して、そんな言葉が語られた。ユニークで美しく驚きを与える料理のみならず、ひと皿ひと皿にかける熱い情熱とチャーミングな笑顔が、これからさらに多くの人々を魅了していくだろう。

 

12歳から目指し続けたシェフへの道

おいしんぐ!編集部  「趣味は音楽を聞くこと」というハナシェフ。休日はギターやピアノを弾いて過ごすことも。

――料理人を目指したきっかけを教えていただけますか。

幼少期からキッチンで遊ぶのが好きで、料理を作ったり食材に触れたりしていました。12歳ぐらいにはもう、料理の道に進もうと決めていました。料理は単なる食事というよりも芸術的な側面や、人を喜ばせたり豊かにするような要素があるんじゃないか? 自分にはこれが向いているんじゃないか? ということを幼いながらに感じていたのだと思います。

――そんなに小さな頃からなのですね。なにか覚えているエピソードはありますか?

いま思い浮かんだのは、小学生のときの家庭科の授業です。試験をパスするための料理ということで、プレッシャーもかかるし、競争みたいな感じだったんですね。でも緊張感があってわくわくして、私にとってはすごく楽しかったんです。それがひとつのきっかけになっているかもしれませんね。

――ハナシェフは韓国のお生まれですね。

はい、16歳までは韓国で暮らしていました。シェフになりたかったから、経験がすべてだ!と思って料理学校に通っていたんです。ですが16歳のときに父親の仕事の都合で上海に移ることになりました。


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インテリアデザインは、ニューヨークの人気レストラン「Aldea」や「Morimoto」などで知られるステファニー後藤氏が手掛けた。

――上海でも料理学校に?

いえ、上海では普通の学校に通いました。実は両親は、私がシェフの道に進むことにあまり賛成していなかったみたいで。料理人は体力的にきついし、女性が成功するのもなかなか大変な業界だということで、料理以外のことも経験させて、あわよくば違う道に誘導できればと思っていたようです。結局はシェフになってしまいましたが(笑)。

――その後はどうされたのですか?

普通の学校に通いながら、どうすればシェフになれるかを考えて、いろいろな道を検討していました。フランスへの留学も考えたのですが、最終的にはアメリカのニューヨークにあるCIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)という料理学校に行くことを決めました。

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――アメリカを選んだのはなぜでしょう?

アジアの料理や食材にはもともと親しみがあったので、今度は西洋のスタイルを学びたいと思っていました。ヨーロッパかアメリカか?を考えたときに、多様な文化をミックスして表現するアメリカでこそ、より自分のやりたい料理ができると感じたからです。

 

ジャン・ジョルジュとの出会い

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――アメリカでは何年ぐらい勉強をされたんですか?

学校に通ったのが2年、その後レストランで8年ほどですね。学校を卒業するためには3ヶ月のインターンシップ経験が必要だったので、2つ星、3つ星のレストランなどさまざまな店を見学しました。そんな中で圧倒的な違いを肌で感じたのが「ジャン-ジョルジュ・レストラン」だったんです。

――どんなところに違いを感じたのでしょうか。

シェフをはじめキッチンのスタッフたちがものすごいチームワークを発揮していて、それは家族のような関係性にも見えました。見学のときに料理も食べたのですが、何も考えられなくなるほど衝撃の走る料理で……。見て、味わって、ひと皿にどれだけの思いをかけて作っているのかが伝わりましたし、料理を作ることが大好きなんだという強い情熱を感じました。インターンの初日に衝撃を受けて、ここに入ろうと決めたんです。

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――ジャン・ジョルジュさんはハナシェフにとってどんな存在ですか?

とにかく才能にあふれる人。テイスティングも的確で、鶏肉を食べればその鶏が何を食べていたかを見分けられるんですよ。シェフとして尊敬していますし、人としても感銘を受けた人ですね。彼が近くを通ると緊張してしまうのですが、それは私が尊敬するあまり勝手にしてしまうものなので(笑)。彼自身は一緒にセルフィーも撮ってくれるし、冗談も言うし、長く一緒にいたいと思わせる魅力があります。同僚の中には20〜30年も一緒に働いている人もいます。

――「ジャン-ジョルジュ・レストラン」での経験はどんな時間でしたか?

才能にあふれたシェフたち、同僚たちに囲まれて、多くの経験を積むことができました。ニューヨークという場所自体も、夢を追いかけるためにお金や時間を投資する人たちが住む街なんです。だからそこに住む人々からもいい影響を受けました。私自身の人生が変わった分岐点だったとも言えます。


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ディナーは京野菜など、地元の食材をふんだんに使用した月替わりまたは季節替わりのおまかせコース(6皿22,000円〜、8皿28,000円〜)など。宿泊者はアラカルトも楽しめる。

――人生が変わるほどだったのですね。

韓国や上海という限られたエリアにいたときとは違って、アメリカに出てニューヨークでやっていくためには、自分から行動しないといけないし、自分自身が吸収をしないといけないんです。わからなければ誰かに「教えてほしい」と訴えなければならないし、何も得られなければすべて意味のない時間になってしまいます。だから、とにかく自分が変わるしかないなと。

――素晴らしいです。そうした経験を積まれた後、日本・京都の「ジャン-ジョルジュ アット・ザ・シンモンゼン」で働くことになったわけですね。

ええ。20代の頃から、将来シェフとしてどこかの国でキャリアを積むならば、フランスか日本がいいと思っていたんです。

――ご出身の韓国ではなく?

ファインダイニングの発展という視点で考えると、韓国はいまとても頑張っている状態ですが、まだ歴史がありません。やはりトレンドなのは日本かフランスです。ニューヨークでも日本の食材を扱う店がどんどん増えているんですよ。

 

日本の食材や生産者からの学び

おいしんぐ!編集部

――ハナシェフから見て、日本にはどんな魅力がありますか?

まず、日本特有の食材は大きな魅力です。昆布をはじめ、スパイスだったり料理法だったり、世界中で使われているものがとてもたくさんありますから。以前から、なぜ日本でこれほどまでに豊富な食材が発展してきたのか知りたいと思っていたのですが、9ヶ月間暮らしてみて、少しずつわかってきました。

――それは何でしょうか?

日本には細かな部分に気を配って、大切にする習慣があるということです。野菜の保存の仕方ひとつをとってもそうです。丁寧に大切に保存して育んでいこうという考え方があり、そこにしっかりと価値を見出していく――それが日本料理の発展につながっているのだろうなと感じました。


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――なるほど。生産者と触れ合う機会もあるのですか?

はい、あります。一度、北海道に行ったときは初めてウニの工場を見学しました。小川水産という生産者さんを紹介していただき、採れたばかりのウニがどんなふうに解体され、洗われ、出荷され、食べられているのかという一連の流れを見ることができたんです。後日、特別なお客様のための料理を作る機会があったので、私は小川さんのウニを使ったウニパスタを作りました。以前よりもウニについてしっかりと理解した上で作ることができたように思いました。

――ウニの生産者さんとの出会いが、より素晴らしい料理に活かされたのですね。

生産者に会いに行くことで、さまざまな学びがあります。よく行くのは京都の大原です。農家のみなさんがどうやって野菜を育てているのか、どういう食材を目指しているのかという話を見聞きしながら、それらをどう料理に落とし込んでいくかを考えるようになりましたね。

――柚子をあわせたこちらのお料理はニューヨーク店にあるのですか?

いいえ。これはわたしが「いいウニだから使いたい!」と思って作った料理です。いい素材があり、それに対して最善の料理法を見つけて提供することを心がけています。

おいしんぐ!編集部  小川水産の「小川のうに」ブランドは日本最高峰ともいわれている。

――ニューヨークの頃よりも農家さんと距離が近い感じはありますか?

そうですね。ニューヨークの場合は土地が広すぎるので農場に行くことはあまりできませんでしたが、その代わりファーマーズマーケットによく行っていました。それに比べれば、京都では2〜3時間の圏内に農家さんがたくさんいらっしゃるので、行きやすいです。

――「おいしんぐ!」のオフィスは広島にもあります。牡蠣や良質な鹿が捕れますので、海と山の食材をぜひ見に来てください。

ありがとうございます。ぜひ行ってみたいです!

 

料理を通して「いい時間」を提供したい

おいしんぐ!編集部

――ハナシェフが料理をする上で大切にしていることを教えてください。

いまはまだ学びのフェーズで、日本や京都の食材についてしっかり知識をつけて取り入れている段階です。とくにいま私が注目しているのは野菜ですね。コース料理では肉や魚よりもまず野菜を組み立ての中心に据えて考えるようにしています。例えばお肉料理に添えるキャベツ……京都に来てから出会ったキャベツを使っているのですが、いままで経験したことのない味でとても驚きましたね。


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――いただいたお料理の中で、寿司のシャリを揚げるアイデアが独特でおもしろいなと感じました。

「ジャン-ジョルジュ」のシグネチャー料理のひとつです。彼は世界中を飛び回っているので、そこで得た発想をなんでも試すんですね。寿司を揚げてはなぜダメなのか? と。世界に展開する「ジャン ジョルジュ」において、各地で一番人気のひと皿とも言えます。本当に、世界中の人から愛されているんですよ。


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――ではハナシェフも、この料理をニューヨーク時代からずっと作ってこられたのですね。

そうです。「ジャン-ジョルジュ アット・ザ・シンモンゼン」のアペタイザーメニューとして並んでいるのは、ニューヨークの「ジャン-ジョルジュ・レストラン」の中でも最も人気のあるメニューばかりです。そこには「わたしたちはこういう店です」と知っていただきたいという思いを込めています。

――シグネチャー料理の中でハナシェフがオリジナルで作っているものはありますか?

メニューのレシピ自体はニューヨークから届くのですが、日本にある食材で代用したりアレンジしたりしながら作っています。ですからビジュアルはほぼ同じですが、パンを変えてみたり、塩を変えてみたりと細かい部分はほとんど違うのです。そういう意味ではオリジナルだと言えるかもしれません。

――帆立と蕎麦、黒トリュフのガレットも印象的でした。巻いたガレットの中に少し空気を含むような隙間が作られていて、だからこそ口に入れたときに蕎麦やトリュフの香りがそこを通って香ってくる――そんな計算もされているのかなと感じました。

ありがとうございます。その通りです。小さな工夫や違い、ちょっとしたチャレンジに対してお客様が気づいてくださったり、好きとか嫌いとかの反応をいただけたりすることが私は一番嬉しいです。このメニューも代々「ジャン-ジョルジュ」のエグゼクティブシェフたちが引き継いできた素晴らしいテクニックや改良が積み重なって、いまに至っています。


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――トラウトと椎茸のお料理も、プレゼンテーションを含めておもしろかったです。

季節感をしっかり出すためのひと皿です。冬なので温かいスープをかけて召し上がっていただきます。味付けに関してはそこまで強くせず、リフレッシュできるような酸味を大事にしています。すっきり感がありつつも退屈しないように仕上げました。


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――世界から人が集まる観光地・京都のホテル内にあるファインダイニングとして、お客様にはどんなところを楽しんでもらいたいですか?

日本のお客様も、海外からのお客様も同様に「いい時間」を過ごしてほしいと思っています。それは楽しいお祝いの席かもしれないし、未体験の料理に出会うことかもしれません。お客様それぞれの「いい時間」を楽しんでいただければと思っています。まだ始まったばかりなので、まずは「この店に来ればいい時間が過ごせるな」という安心感を与えられるようにしたいです。


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サイフォンコーヒー日本チャンピオンの矢橋伊織氏による「%Arabica」 とコラボレーションしたホテルのスペシャルブレンドコーヒーや、1875 年に京都で創業した高級茶屋「柳桜園」の日本茶などもいただける。

――ハナシェフにとって「いい時間」とは何でしょう?

シェフをやっていると、お客様からご意見やご要望をいただくことがあるんです。たとえば以前、大きな塊で出すことが魅力のステーキに対して「細かく切ってください」という要望がありました。なぜなのかな?と思いながらも細かく切ってお出ししたのですが、後からこれを食べたのが90歳の女性だったとわかりました。噛むのが大変だから、という理由ですよね。そういうストーリーや要望を聞けると、お客さんとコミュニケーションがとれたな、つながれたなという感覚になれるんです。

――いいエピソードですね。

ここ「ジャン ジョルジュ アット・ザ・シンモンゼン」はオープンキッチンなので、よりお客さんの表情や食べるスピードを見ることができますし、会話や感想などもキャッチアップできると思います。さらにお客様とつながれている、という感覚が持てるのではないかなと思っています。とにかく「あなたたちにはハッピーでいてほしい!」という気持ちでやっていきたいですね。

おいしんぐ!編集部

――「つながる」という表現にハナシェフらしさが現れていて素敵です。

ありがとうございます。つながるというのは一方通行ではなく、きちんと意思疎通ができていることだと思っています。

――では最後に、あなたにとっておいしいとは?

火の入れ方、味の付け方、混ぜ合わせ方が完璧だったなど、「おいしい」を説明する方法はいくらでもあります。でも私にとっての「おいしい」は、「相手のことをきちんと理解できる」ということだと思っています。なぜなら「おいしい」は主観的なもので、人それぞれに違うから。相手に「おいしい」と思ってもらうためには、まずその人を理解して、その人に合ったいいものを出すことです。そのときに初めて「おいしい」が返ってくるのだと思います。やっぱりわたしにとっては相手とつながることが何よりも大切ですね。

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企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我美芽

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