フレンチの枠におさまらない、独自の料理を追求

「おいしい」を残しつつ、「おもしろい」料理を。「bistro nid」黒葛原徹さん

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「おいしい」を残しつつ、「おもしろい」料理を。「bistro nid」黒葛原徹さん

おいしんぐ!編集部

「話題のフレンチ」「人気のイタリアン」「和食の名店」などと、私たちは飲食店選びの際についジャンルを意識していることがある。しかしここ最近の注目すべきレストランは、もはやそうしたジャンルに当てはめること自体が窮屈であり、野暮であり、そぐわない場合が多い。

客が店に通う理由は、「フレンチが食べたいから」ではなく「このシェフの料理が食べたいから」。いま、オーナーシェフの個性と想像力が存分に発揮された素晴らしい店が、全国のあちこちに存在している。

東京にある「bistro nid」もその一軒だ。都立大学駅から徒歩4分。目黒通り沿いに、ガラス張りの壁とダークカラーの木の扉を備えた建物が建っている。オーナーシェフ黒葛原徹(つづらはら・てつ)さんが2019年にオープンし、おいしいもの好きが集う都立大学の街で一躍人気になったレストランだ。

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都立大学駅から徒歩4分、目黒通りに面した「bistro nid」。 おいしんぐ!編集部

扉を開け店内に入るとカウンター席と調理場が、階段を上ればゆったりと寛げるテーブル席がある。食器棚や照明などの調度品はモダンでシックなものと、アンティーク調で温かみを感じるものとが入り混じっているのだが、それらが絶妙に調和しあって独特の心地よさを生み出している。店内のそこかしこに飾られたドライフラワーや植物も空間に華やぎを加えている。


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ドライフラワーやアンティーク家具が置かれた店内。1階のカウンター席では目の前で調理する様子も楽しめる。


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階段を上がるとテーブル席が。木の温もりを感じる居心地のいい空間が広がる。

高校卒業後より大阪の調理学校と、フランス・リヨンの学校やレストランで学んだというシェフの黒葛原さん。帰国してからは都内の有名フレンチレストラン2店で経験を積み、その後数店舗のカフェを運営する会社で経営を学んだ後、自身の店のオープンに至った。

フレンチをベースにしながらも、旬の食材を使い、日本人の舌に合うよう考え尽くされた「黒葛原シェフの」料理。大切にしているのは「おもしろい料理」、そして食材をできるだけ捨てることなく使う「サステナブルな料理」だという。コース料理がひと皿ずつ出てくるごとに、食材同士の意外な組み合わせや、素材を捨てないために考えられた手の込んだ調理法、自家製のユニークな発酵調味料、どの方向から見ても美しい盛り付けなど、さまざまな工夫が散りばめられていることに唸らされる。

お客さんから「初めて食べた」「おもしろかった」という言葉が聞けるときが嬉しいと話す黒葛原さん。おもしろい料理、自分らしい料理を作り続けるために、日々どんなことを考えているのだろうか。

 

器、花、木の温もり……「自然」を感じる食の空間

おいしんぐ!編集部
1987年生まれの黒葛原徹さん。「お客様から『おいしい』だけじゃなくて『初めて』とか『おもしろかった』という言葉をいただけるときが嬉しいですね」

——黒葛原さんが料理人を目指したきっかけを教えていただけますか?

きっかけは中学の課外研修でハンバーグ屋で働いたことと、高校生のときに父の友人のケーキ屋さんの手伝いで、クリスマスの時期にひたすらケーキを作ったことですね。僕は出身が大分なのですが、高校を卒業してからは大阪の料理専門学校に入りました。1年制だったので、2年目からはフランスのリヨンにある本校に行ったんです。半年間、40人ぐらいで住み込みしながら勉強して、もう半年はレストランで研修しました。


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——フランスで得たものはありましたか?

フランス料理の基礎や文化に直に触れられたことは、大きな経験になりましたね。帰国後は東京に出て神楽坂にあるフレンチの店に入りました。その店ではフランス人のオーナーが作るフランス料理を学びながら、日本人である自分が作るフランス料理だからこそのおもしろさや僕らしさ……日本の文化をフレンチっぽくするのではなく、フレンチの文化を日本人が作るというおもしろさを発見できました。

——日本に戻られてからは、どんなキャリアを?

フレンチの店2軒で働き、24~25歳ぐらいのときに違う店に移ろうかと考えていました。その矢先に、2011年の震災が起きたんです。多くの方が亡くなっている中で通常の仕事ができるのかというような状況で、いわゆる転職難民になり、一時は東京を離れることも考えたのですが、最終的にカフェを経営している会社に就職することになりました。

おいしんぐ!編集部

——フレンチレストランのシェフとは違うお仕事ですよね。

ええ。そこでは商品開発や、店の経営にも携わっていました。数字を意識して、人を育てて、店を作っていくという仕事でした。料理を自分で考えたり勉強したりすることよりも、システムや仕組みを考えたり、人に教えたりという感じで。もし料理だけをやっていたら、こうしたことは学べなかったと思います。

——そうした経験を経て、2019年に「bistro nid」をオープンされました。場所を都立大学にした理由はありますか?

都立大学はそれまで一度も降りたことがない駅だったんです。いい物件があればという感じで探していて、ちょうど4月頃に見に来たんですけど、桜並木がきれいで静かな雰囲気だったのと、食に興味のある方々が住んでいる感じもあったので良さそうだなと。時代の流れ的に「人は興味があるところであればどこまででも行くだろう」という賭けみたいな気持ちもありました。とりあえずここでやってみよう、自分ががんばるしかないなと。


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——以前この場所はお寿司屋さんでしたが、ガラッと違う内装になりましたね。

前のお店の大将が50年ぐらいやられていたんですよね。デザインのイメージは「新旧混合」で、もともとある木の部分は活かしつつ、新しいものを取り入れながら、時代の流れに乗った内装を作れたらと思いました。自然体というか、都内にありながらそれを感じさせないような空間を意識したのと、僕も料理しながらお客さんとしゃべるのが好きなので、カウンターは絶対につけたいなと。あとはお花をたくさん取り入れて、落ち着く空間で食事をしてもらいたいなというイメージもありました。

——料理や内装だけではなく、器も素敵なものを厳選されていますね。

益子に行って、作家ものの器と出会ったのがきっかけですね。僕ら料理人も作り手なので、器においても作り手の顔がわかるもの、作家さんの意図や個性を感じるものを使いたいという思いがありました。おもしろかったのは、自分好みの作家さんひとりに出会うと、そこから別の作家さんへとどんどん出会いが広がっていったことです。作家さん同士がつながっているので、好きな器を見つけると、そこから縁がつながってまた一目惚れする器に出会う……みたいな感じでしたね。

おいしんぐ!編集部

——さきほど内装について「自然体」という言葉が出ましたが、器からも自然、特に土や大地のようなイメージを感じますね。

土っぽいイメージの器には、自然っぽい料理が合うんですよ。例えば今日出したような、鹿が食べているきのこや木の実を使った料理とかは特に合いますね。そういう盛り付けをすることが多いですし、器もそういった目線で選ぶことがあります。

「おいしい」を残しつつ、「おもしろい」をやりたい

おいしんぐ!編集部
——本日出していただいた料理について教えてください。

前菜はイノシシのリエットです。イノシシ肉は赤ワインに漬け込んで煮込み、日本人が食べやすいようにスパイスとして生姜を少し入れ、フレンチの伝統的なリエットという調理法で作っています。その下にあるのがマッシュポテト。キタアカリのじゃがいもを使い、藁をローストしてミルクで煮出して作ることで、甘みと香りを加えました。リエットにも赤ワインが入っているので、甘さの相性がいいんです。アクセントで上に乗せているのはパリパリとした芋のチュイル。これを崩しながら食べることで、もったりとした食感の中にざくざく感が生まれます。


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赤ワインに漬け込み煮込んだイノシシ肉のリエット。低温ローストした洋梨、キタアカリのマッシュポテトとチュイルを組み合わせることで、ひと皿の中でさまざまな食感が楽しめるようになっている。

——ひと皿の中にさまざまな工夫が凝らされていますね。では次のお皿は?

サワラを低温調理した一皿です。レモンバームに塩を加えたソミュールという液に漬け込み、1週間ほど熟成させています。通常は塩水で漬け込むのですが、ハーブを加えることで魚の臭みを消してくれるんです。サワラは脂が乗っているので、少し火を入れたほうが生魚の状態よりおいしくなるため、表面だけ直に炭を当てて炙りました。


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サワラに添えたのは、炭の中でゆっくりと火を入れたカブの灰焼きと、ピクルス的なアクセントとしてのレンコンの甘酢漬け。ここに魚の出汁にほうれん草を加えたソースをかけ、泡状にした甘酢液をドレッシング代わりにつけています。僕はなるべく食材を捨てないで使いたいと考えていて、この料理ではほうれん草の出汁を取り、濾した後のものを捨てずにもう一度乾燥させて、海苔にしたものとパウダーにしたものを使っています。ひと皿を食べるときに、アクセントとして食感が楽しめるものは基本的に捨てません。ちょっと手間はかかるんですけれどね。

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直に炭を当てて炙り低温調理をしたサワラの前菜。カブの灰焼き、レンコンの甘酢漬け、泡状にした甘酢液など、ひとつひとつの食材や要素を美しく組み立てて完成する。

——この料理を撮影する際、黒葛原さんが「料理を組み立てる」という表現をされていたのが印象的でした。

ベースがフレンチではあるんですけど、和食で考えたときに魚には大根おろしが合うから、大根の代わりにカブを使ってみたらどうだろうとか、そういうことはよく考えます。そのあとにきっと漬物が食べたくなるから、ピクルスを乗せてもいいかもしれないとか。それをひと皿にまとめていくので「組み立てる」という感じがあるかもしれません。

——最後に、メインの料理について教えてください。

肉質がよく臭みのない安芸高田の鹿に、鹿が森の中で食べているきのこやブルーベリーソースを合わせ、安芸高田の森をイメージしたひと皿です。土のように見立てているのはマッシュルームです。鹿肉は少し燻製っぽい香りがする京番茶を使ってマリネすることで一度柔らかくし、香りづけをしています。


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それを済ましバターなどクリアなオイルを真空袋に入れて一緒に低温調理して仕上げました。ロースの部分なので脂身が少なく、火が入りやすいので、そこにしっとり火を入れて表面だけ焼く調理法ですね。

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上質な安芸高田市の鹿肉を使いきのこやブルーベリーを合わせたひと皿。器や盛り付けからも、安芸高田の深く豊かな森が想像される。

——お料理を盛り付ける際に大切にしていることはありますか?

盛り付けで大事にしているのは、いろんな角度から見てもきれいに見えることです。あるいは反対に、いろんな角度から見たときに見えないように完全に隠すという場合もあります。その2パターンですね。たとえばイノシシのリエットを盛り付けた銅鑼鉢の器の場合は、上から見たときに美しく見えるようにしています。

——ご自身の料理について、どんなお考えを持っていますか?

根底にあるのは「おもしろい料理」であり「食べたことない料理」です。ただし、しっかりおいしいことも重要です。結局何を食べたのかわからないようなものじゃなくて、ちゃんと「おいしい」を残しつつ「おもしろい」をやりたい。時代も変わってきているので、常に新しいことをどんどん取り入れながらやっていますね。

味付けについても、発酵食材を使っているので、食べて重たくならない料理だと思います。たとえば醤油を入れたい場合は、魚料理ならば魚の端材から作った醤油を使ったり、お肉料理ならお肉の醤油を使ったりします。例えば肉のタルタルなら肉の醤油で味付けしたりしますね。これからも僕なりのやり方を見つけていきたいと思っています。


おいしんぐ!編集部
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鹿から作った醤油をはじめ、発酵調味料なども自ら仕込んでいる。

——黒葛原さんが料理人として大事にしていることは何ですか?

今でこそサステナブルという言葉が当たり前のように使われていますが、ホテルや式場などの大きなお店って、嫌になるほど捨てるんです。何時間も仕込みをしたものを一瞬で捨ててしまうこともあって。それを繰り返していくと、料理が嫌になるんですよ。僕もそれで料理をやめようと思った時期があったので、自分がやるときは、そうでないものを作りたいなと思っています。最近はそうした料理人の方が多くなってきましたが、自分もその端くれの人間にはなりたいなと。

——これから「bistro nid」をどんなお店にしていきたいですか?

常連のお客さんにふらっと気軽に来ていただけるような店でありたいです。そのためには、お客さんがいつ来てくださっても飽きないように、自分たちがどんどん新しいことに挑戦していく必要があります。地方の食材やまだ出会ったことがないものを大事にしたいという思いもありますね。生産者の方との出会いや、食材との出会いをもっと突き詰めていきたいし、いろんな料理にもっと挑戦していきたいと思っています。

 

それでは、最後に、
黒葛原さんにとって「おいしい」とは何ですか?

おいしんぐ!編集部

「また食べたくなる料理」かなと思います。そういう料理を作り続けていきたいし、発酵という方法を使ったり、醤油を魚や肉から手作りしたりしているのもそのためです。また食べたくなるために重要視しているのは季節感ですね。お客様には飽きることなく、季節ごとに来て楽しんでいただきたいと思っているので、1~2ヶ月に一度は新しいコース料理に変えています。そのとき旬の食材を使いますし、基本的には同じ料理を作らないように心掛けています。これからも、自分自身が日々成長していかなければと思っています。

 
企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我美芽

 

おいしんぐ!YouTubeチャンネルのインタビュー動画

おいしんぐ!のYouTubeチャンネルでは、黒葛原徹さんのインタビュー動画を見ることができます。
お店の雰囲気や料理、黒葛原徹さんが気になる方はチェックしてみてください。

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