ニホンジカのおいしさを知ってもらうために

「安芸高田市のニホンジカを広めたい!」伝説のハンター・古門正文さん

中国
インタビュー
WORD /
ジビエ
安芸高田市
広島県
生産者に会いに行こう
鹿肉

おいしんぐ!編集部

その土地でしか味わえない素材や料理を探して、日本全国を日々奔走している「おいしんぐ!」編集部。我々が今注目している食材が、広島県・安芸高田市の鹿肉である。

きっかけは、リサーチのために訪れていた安芸高田市で車を運転していたときのことだった。山に近い道路を走っていると、野生のニホンジカを度々目にした。市役所の職員の方に話を聞くと、安芸高田市では野生のシカによる農作物被害などが問題になっているため、年間で約2,800頭ほどを狩猟などにより捕獲しているという。また、捕獲した鹿肉を加工処理できる工場を建設し力を入れているものの、数々の課題と直面している、とも…。

安芸高田市で捕れる鹿肉は、どんな味がするのか。どのように狩猟され、流通しているのか。それを知ることで、新たな「おいしい」に巡り会えるかもしれない。そう考えた我々は、安芸高田市が建設した食肉処理加工場を訪れ、ここに務めて猟師歴40年のハンター、古門正文さんに話を聞くことにした。

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深刻な害獣問題を、狩猟で食い止める


おいしんぐ!編集部

——今日はお忙しい中、仕事場を見学させていただきありがとうございます。古門さんは猟師歴40年とのことですが、そもそも狩猟を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

私は安芸高田市の生まれで、田舎育ちですから。住んでいるところのそばにシカもおる、イノシシもおる、タヌキも、キツネもおる…山や動物が身近な存在でした。もともと食べることや料理が好きだったこともあって、40年前に趣味として狩猟を始めました。

——お仕事ではなく、趣味で始められたのですね。

そうですね。調理師の免許も持っているので、自分で調理もしますよ。イノシシの鍋やシカのカルパッチョ、シカの冷しゃぶサラダやタタキのにぎりなどをよく作っています。


おいしんぐ!編集部

おいしんぐ!編集部

——古門さんが狩猟を始めたころは、今と比べて状況は違いましたか?

まだシカを見ることが珍しかったですね。その頃はシカは少なく、メスの場合はワナにかかっても逃がさなければならないなど、県でも保護されていたぐらいでしたから。でも、メスを保護したことによって “一夫多妻制”であるシカは急激に繁殖してしまいました。森の中に天敵も少ないですからね。

——なるほど。そうしてシカが増えしまった今、広島県では農作物の被害や交通事故が起きることなどから、シカやイノシシは害獣とされ、駆除の対象になっていますね。安芸高田市では、1年間にどのぐらいのシカを捕獲しているのでしょうか?

約2,800頭ほどです。広島県全体のうち、捕獲しているシカの1/3が安芸高田市のシカと言われています。ここ数年は、一時期よりシカの被害も多くはなくなってきたようです。


おいしんぐ!編集部

おいしんぐ!編集部

——古門さんたちの活動によって、被害の拡大が食い止められているのですね。猟師の方は何人ぐらいいるのでしょうか?

安芸高田市の猟師は、1町村に16~20人います。全部で6町村あるので、猟師の数は120人ほどですね。各町村にあと数人ずつでもジビエハンターが揃っていれば、捕獲頭数も増えて被害も少なくなると思います。


おいしんぐ!編集部

——野生のシカを年間2,800頭も捕獲しなくてはならないというのは、深刻な問題ですね。そして捕獲したシカを食肉として活かすために造ったのが、この加工処理場。そして、古門さんが工場長を務められているというわけですね。

そうです。私も以前は、害獣駆除の班長を担当しながらいろいろな問題に取り組んできました。農業公社やJAなど農業に関する仕事をして補助整備の仕事をしていたのですが、2年前からこの処理加工場に来ました。市の害獣問題は深刻ですので、誰かがなんとかしなければ、と。

 

鮮度が命! 徹底した食肉加工技術


以前はテーマパークだった場所を食肉処理加工場として改装
おいしんぐ!編集部

※鹿に触れたり加工する際には「不織布つなぎ」と「ビニール手袋」を身に付ける おいしんぐ!編集部

——この食肉処理加工場では、捕らえたシカなどをどのような加工をしているのでしょうか。

では、工場内をご案内しましょうか。まず、撃ち取ったシカやイノシシなどは1時間以内にここへ運ばれます。1時間を過ぎると腐敗が進むので、食肉として加工はできません。まずは吊るして腹を開け、捕獲方法を確認するとともに、色や臭いなどから状態を見ていきます。

——捕獲方法を確認するとは、どういうことでしょうか?

もし鉄砲の弾が内蔵を貫通していた場合は、弾が粉砕した際に破片が飛び散っている可能性があるので、食肉としては加工しません。また、撃たれる前に、暴れた場合は興奮状態が続くことで獲物にストレスがかかり、体温が上昇して肉の傷みが早く、肉が燃えている状態となり肉質が悪くなります。そうなるとこちらも食肉に加工するのは難しいんです。

——せっかく仕留めても、食肉としては使い物にならないものがもある、と。

安全でおいしい食肉を得るためにも、苦痛の少ない止め刺しと素早い放血、可能な限り短時間で処理場に搬送する必要があります。運ばれてくるもののうち、1/3程度しか食肉加工はできませんね。食肉にできるのは、頭や前肩をなるべく一発撃って、仕留めることができた場合です。


おいしんぐ!編集部

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※鹿に触れたり加工する際には「不織布つなぎ」と「ビニール手袋」を身に付ける

——ハンターの腕が重要になってきますね。

状態を確認したら、内蔵を取り出してきれいに洗い、殺菌・消毒します。そして体重を量り、個体番号をつけて管理していきます。何月何日の何番目にここへ運ばれたものなのか、個体番号を見ればわかるようになっています。1番目に来たものはA、2番目に来たものはB…という具合です。きれいにしたら、この冷蔵庫内で吊るして加工前に2日ほど熟成させます。冷やすことで菌が回りにくくなるんです。冷蔵庫内はだいたい3度に保っています。


おいしんぐ!編集部

おいしんぐ!編集部

——冷蔵庫内も、まったく臭いがしないので驚きました。冷蔵庫はもちろん加工場内全体が、本当に清潔に保たれていますね。

ありがとうございます。そうですね、次亜塩素消毒液を撒き、殺菌を徹底していますね。皮や肉を触るゴム手袋は使い捨てですし、解体に使うナイフやまな板も使用するごとに熱湯で殺菌食毒して、管理は徹底しています。

——そして2日たったら、いよいよ加工でしょうか。

はい。冷蔵庫から出し、解体室で皮をはぎ、部位ごとに切り出します。出荷できる部位はだいたいロース、モモ、ヒレ、アキレスの4カ所です。また、血液、心臓、肝などの内蔵もきれいだった場合は使えるので取り出しておきます。基本的に、弾が貫通した部分の周囲は捨てていますが、念のために金属探知機を通し、弾の破片が入っていないかどうかも確認します。


おいしんぐ!編集部


おいしんぐ!編集部

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——徹底されていますね。

そして、切り出した部位を真空パックし、いつ捕れたどの部位の肉かがわかるようにシールを貼って、出荷まで冷凍庫で保存します。冷凍させることで、腐敗や菌の繁殖も抑えられます。1日ほど冷凍をすれば、出荷可能になります。


おいしんぐ!編集部

——シールに書いてある文字は…?

たとえばこれだと、「5/23」が捌いた日付、「521B」が撃った日と順番。「メM」とあるのは部位です。O=オス、メ=メス、M=モモ、R=ロースの略になっています。そして「490」はグラム、つまり重さです。こうやって、いつのどんな部位なのかがひと目でわかります。


おいしんぐ!編集部

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——切り出された断面などが、どれもきれいだと感じます。包丁の入れ方なども、伝説のハンター・古門さんの経験と腕がなせる技なのですね。ちなみに、シカ1頭を捌くのに、どのぐらいの時間がかかるのですか?

ものにもよりますが、3時間ぐらいですかね。

——そんなに短時間で! このお仕事をできる方は、いま何人ぐらいいらっしゃるのでしょうか。

あと2人スタッフがいますが、食用の解体は私がやっています。(解体もそうですし、シカの数に対して腕のいい猟師の数が足りないのも問題ですね。ストレスのないシカや猪の入荷が少ないので、ベテランハンターの猟師が必要です。)

——後進の育成も今後の大きな課題なのですね。

 

「ニホンジカのおいしさを、もっと伝えていきたい」


おいしんぐ!編集部

——安芸高田市で捕れるシカ肉の特徴を教えてください。

現在レストランなどで流通しているシカは、北海道のエゾジカがほとんどだと思います。広島県にいるのはニホンジカといって、うまみと甘みがあるのが特徴です。エゾジカのように寒い場所、雪が降る地で育つわけではないことが、うまみを引き出しているようです。われわれ猟師は、捌きながら生肉を食べることもありますが、本当に甘みがあっておいしいですよ。

——時期によって味の変化などもあるのでしょうか?

「夏鹿」といって、春先から9月頃にかけては、脂がのっていておいしい時期です。冬は、脂肪を蓄えていそうにも思えるのですが、シカたちが食べるものがなくなる季節でもあるため、やせていることが多いんですね。また秋から冬にかけて発情するオスや、春に子持ちになるメスなどは肉の状態が硬かったり、よくないものもあります。このあたりの個体差をどのように解消していくかも、今後の課題です。

——他の畜産業のように、シカを家畜化して食肉を流通させるという方法もあるのでしょうか?

シカは人になつく性格なので、家畜化することも可能なのですが、かかる費用に比べて採算が合いませんね。

——なるほど、難しいのですね。たくさんの課題がある中で、古門さんが今後こうなったらいいな、というお考えはありますか?

やはり、シカに対して猟師の数がまだまだ少ないことです。猟師は副業や趣味でやっている方も多いので、毎日撃てる人もいません。野生のものですし、先ほどもお見せしたように、捕獲状況により加工できる部位も違います。もっと安定してさまざまな部位をストックできれば、流通にのせやすくなると思いますね。

——そのためにも、猟師や食肉加工の技術を持った人がもっと必要なのですね。

最近、若い女性のハンターも仲間に加わったのですが、そうやって若い世代に引き継いでいきたいですね。そして何より、このニホンジカのおいしさを、もっと多くの人に知っていただきたいというのが私の思いですね。幸い、東京など県外のレストランのシェフの方々にも好評をいただけているので、私もよりいい状態で捕獲や加工ができるようがんばっていきたいです。


おいしんぐ!編集部

1952年生まれ、猟師歴40年の古門正文さん。安芸高田市役所や農業公社を経て、食肉処理加工場の工場長に。調理師の免許を持つ古門さんだからこそ、いい肉を確かな目で見分け、短時間で処理加工することができる。

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