型にはまらない。常識にとらわれない。

自分らしさを探して行き着いた、日本料理とナチュラルワインの世界。 「おか田」店主・岡田邦晴さん

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自分らしさを探して行き着いた、日本料理とナチュラルワインの世界。 「おか田」店主・岡田邦晴さん

おいしんぐ!編集部

横浜駅から徒歩7分、沢渡中央公園近くのビル2階に店を構える「おか田」。大通りに面してはいるものの、外には店名も看板も掲げられておらず、目印といえば足元にひっそりと置かれた家紋のマークだけ。まさに「隠れ家」と呼ぶに相応しいここは、店主の岡田邦晴さんがひとりで切り盛りする日本料理とナチュラルワインの店だ。

趣のある木製の扉を開け、紺地の暖簾をくぐれば、外観からは想像もつかない温かくやわらかな雰囲気の空間が広がる。店内中央には広くゆとりをもたせたコの字カウンター席。左手には美しい細工を施した格子窓が並び、右手の壁には不思議と目を惹きつけられるアート作品が。ここには旧さと新しさが違和感なく融合した居心地のよさがある。

ここで繰り出される驚きと喜びのある料理、それを引き立てるワインペアリングに魅了され、県外から足繁く通うファンも多い。開店からわずか3年にして、東京や神奈川の料理人たちの間では「横浜で今もっともおもしろい店」のひとつと囁かれている。

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「ぼくの人生は二転三転、波乱万丈なんです」と、にこやかに語ってくれた岡田さん。15歳から寿司の修行を積み、数々の和食店を渡り歩き、イタリアやスイスの食文化に触れながら「自分が本当にやりたいこと」を探し求めてきた。辛かったことや苦労も「あのときがあったからこそ今の自分がある」。すべての経験が、今につながっているのだ。

料理が好きだったひとりの少年が、どのようにして自分の道を見つけ、自分らしい店を作り上げたのか。ありきたりな型にはまらず、自分の「好き」に正直に、一段一段と階段を昇り続けてきた岡田さんの、これまでのストーリーを聞いた。


内観 おいしんぐ!編集部
内観 おいしんぐ!編集部


内観 おいしんぐ!編集部
外観 おいしんぐ!編集部

ビルの2階にある「おか田」。外からは店の存在に気づけない、まさに隠れ家。

 

「自分が作りたい料理」を探し続けた修行時代

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「どんなに手間がかかっても、おいしくなればいいんです。家庭ではなかなか食べられない、お店にきたからこその特別感を味わってもらいたいなと思って作っています」と岡田さん。

——料理人を志したのは、いつからですか?

岡田:小学生の頃から料理は好きだったんですよね。両親が共働きだったので、夕方にお腹が空くと冷蔵庫の中の余り物を使っていろいろ作っていたんです。作ることがおもしろかったし、親に出すと喜んでもらえるのが嬉しくて。だから自然と飲食業界で働きたいなと思ったのかもしれません。そのときの気持ちは今もまったく変わっていないです。飲食の仕事で儲けようというよりも、ただ単純に「おいしい」と褒めてもらいたくて、この仕事をしているだけなんです。


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店の看板代わりにもなっている、岡田家の家紋「五瓜三松」。

——実際に料理の世界に入ったのは?

岡田:15歳で寿司屋に入りました。ぼくは東京の葛西出身なのですが、当時はまだネットも普及していない時代で、進路を相談していた中学の先生が、ぼくの就職先を探すためにいろんなお店に連れていってくれたんです。洋食、和食と10軒ぐらい食べて回った中で、一番おいしくて感動したのがお寿司屋さんでした。「こういうものを、ぼくも作りたいな」って。15歳から24歳までの9年間修行しましたが、結局あまり寿司が向いていないなと思って辞めました。

——なぜ、向いていないと思ったんですか?

岡田:寿司には「寿司」っていうカテゴリーがありますよね。そこからはみ出ると、寿司でなくなってしまう。でも、自分はあまり形式にとらわれるものが好きじゃない、ずっとやっていくのは向かないと気づいたんです。最初は「自分の修行が足りないからかな」と頑張っていたのですが、9年やってみて、やっぱり違うなと。

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料理は全10〜12品のコースのみ、11000円(飲み物、サービス代は別)。内容や品数はその日の仕入れによって変わる。

——中学を出てからの9年間の修行、きっと大変だったでしょうね。

岡田:朝5時から夜中まで仕事に追われていて、自分が本当に何をやりたいか、ゆっくり考える時間もありませんでしたね。ただ、その9年間がもったいないとは思いません。毎日築地に連れて行ってもらいながら料理人としての下地を作っていただき、お金で買えない経験ができました。人間形成の意味でも育てていただいた親方には、本当に感謝しています。

あの時間があったから今の自分があるし、その後なにがあっても辛くなかったですね。今、自分の店を持ってからも、コースの中には一品必ず寿司を入れているんですよ。それは親方への感謝の意味もあるし、やっぱり寿司が自分の「始まり」なので。


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あん肝の土佐煮とキャラメリゼした胡桃のもなか:手でいただくユニークな前菜。脂が抜けないよう丁寧に煮たあん肝のやわらかさ、胡桃の歯ごたえと甘み、もなかのサクサク感など、甘さと辛さや食感のコントラストを楽しめる。

——9年間の修行後でも、まだ24歳という若さ。どんな方向にもやり直しがききますね。

岡田:そうなんです。全然別のものをやってみるのもいいかなと、なんとなくイタリア料理をやりたい、イタリアに行ってみたい、と漠然と考えていたんです。でも、たまたま横浜にあるワインダイニングから料理長として来ないかと声がかかり、イタリアへは行かずに横浜で働くことになりました。

そこは当時流行っていた無国籍料理の店だったのですが、ぼくは寿司屋の経験しかないので幅もなくなってきて。お客さんには喜んでいただいていたんですが、どうも自分では満足できなくて……。5年働きましたが、やっぱり本格的に和食をやりたいと思ったんですね。


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フランス・ジュラ地方「フランソワ・ルーセット・マルタン」の赤ワインと一緒に。

——では、また新たな道に進もうと?

岡田:はい。その後は旅館、料亭、東京のホテル、地方のホテルなどの和食店を渡り歩き、35歳のときに独立をしました。オーナーが別にいる店で、ぼくは雇われの親方として入る予定で準備をしていたんです。ところが、ちょうど東日本大震災が起きて……その店が閉店することになってしまいました。

——やっと独立をしたタイミングだったのに、震災が。

岡田:そんなときに、スイスで店を経営している後輩夫婦から、日本料理のできる板前を探しているという話をもらったんです。「とりあえず行ってみよう。だめなら帰ってくればいいし」ということで、2011年秋からスイスに渡りました。

——寿司、無国籍料理、和食、独立からの……スイスへ!?

岡田:ぼく、けっこう波乱万丈なんですよ(笑)。

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店内の壁にはフランスから訪れたワイン生産者たちのサインも。

 

ナチュラルワインを研究したイタリアでの日々

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——スイスでは、どんな経験をされましたか?

岡田:スイスではドイツ語、フランス語、英語、イタリア語と4つの言語が話されていて、地域によって法律や食べるものが違うのがおもしろかったですね。ぼくが行ったのはチューリヒの隣町のアーラウというところでしたが、毎週末の朝市も、都会と違って郷土感がありました。

大変だったのは、スイスでは魚もあまり食べられないし、食材も豊富にない、さらに震災直後で日本の物資がヨーロッパで手に入らない……普通のことが普通にできない、ということでした。行ってみて初めて日本の環境がありがたいと思ったし、自分の無力さにも気づきました。逆に、ものがない中でどうするかをいつも考えていたので、底力がついたと思います。あのときの経験があるので、今は何が起きてもどうってことないなって(笑)。


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——食材が少ないというのは、料理人にとっては一苦労ですよね。

岡田:ええ。スイスで2~3年働いて、やっぱりもっと食文化の豊かなラテン系の国に行きたいなと。フランス、スペイン、イタリアあたりで職を探していたら、ローマにある日本料理の店から「アジア系の従業員の教育システムを作りたいから、その人たちを総括できる料理長として来てもらえないか」という話をもらいまして。その頃には子どもも2人生まれていたのですが、思い切って行くことにしました。

——24歳の頃にイタリアへ行きたいと思っていた希望が、ここで叶うのですね。

岡田:そうなんです、偶然ですけれどね。一度日本に帰国してビザを取り、ローマに行きました。本当に行ってよかったですよ。食材も豊富でおもしろいし、そこにしかない魚や野菜もあるし。もちろんワインとの出会いもありましたし、現地で交流したシェフたちの感覚もおもしろかったですね。総合的にとても勉強になりました。

スイスと違ってみんな時間や約束にルーズなんですけど、人間っぽいんですよね。すごく文句を言うけど、すごく楽しそうで。「あ、本当に自分が好きなことをやればいいんだ」と気づきました。そうじゃなかったら今のこの店も、もっとつまらなかったんじゃないかな。


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フグの白子、大根餅、しいたけのお椀:上にのっているのは小さな蕪と柚子。すっきりとやさしい味わいの出汁の中に、白子と大根餅がほろほろとくずれて溶け込み、ひと口ごとに味が微妙に変化していく。スロヴァキアの生産者「ストレコフ」のオレンジワインを合わせて。

——ワインとの出会いについても教えてください。

岡田:もともと自分もそれほど飲まないし、ワインにはあまり興味がなかったんです。当時、高級な料理に有名で高いワインやお酒を合わせて飲むことをよしとする風潮にも、疑問がありました。なんでわざわざ高いお金を出して、味が合わないもの同士を合わせるのかな? って。

ナチュラルワインにハマったのは、モデナにある三ツ星レストラン「オステリア・フランチェスカーナ」に行ったとき。ペアリングで「ダミアン」を出してもらったのがきっかけです。あまりにもおいしくて、こういう感じのワインなら絶対に和食に合うなと確信しました。それからは毎日近所のエノテカに通いましたよ。いつでも好きなワインが買えて飲める環境に住んでいられたのはよかったですね。

——それで一気にハマったんですね。

岡田:イタリアのエノテカでは、ナチュラルワインだからといって特別な区別もされていなくて、州ごとに分けて並べられているぐらいなんですよ。だからぼくは「vinaiota」など日本のサイトを見ながら、いいナチュラルワインがどれなのかを調べていったんです(笑)。毎日1本ずつ気になるものを買って、何日置いたらどう変化するのかとかも実験しながら、自分で作った和食との相性を見ていきました。

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——日本語のサイトで調べて、ローマのエノテカで手に入れ、検証する……。おもしろいですね。

岡田:飲めば飲むほど、やっぱりナチュラルワインがぼくの作りたい料理に合うと思いました。帰国したらペアリングの店をやりたいなと。結局イタリアには38歳から3年住んでいたのですが、ちょうど子どもが小学校に上がる年になってきたこともあって、2017年の大晦日に帰国しました。ここを開店したのは、翌年の2月です。

 

わざわざ足を運んでもらえる、おもしろい店でありたい

――岡田さんほどの経験があれば、現地でお店を出すという選択肢もあったと思うのですが?

岡田:きっと向こうで和食の店をやったほうが流行ったでしょうね。でも、目新しいから流行るとか、競争相手がいないところで仕事をしても意味がないなと。やっぱり日本食をやるからには、日本で勝負したい。そのほうが奥深さがあるし、日本食とナチュラルワインとの関係性もおもしろいはずだと思ったんです。

——横浜という土地を選んだのはなぜですか?

岡田:まず、ぼくがやりたいような店は、お客さんに認知されるまでに時間が必要だと考えました。早く結果を出すことが求められる東京では、合わないんです。お客さんにわざわざ来てもらえるようなおもしろい店を作らなければ意味がないと思っていたので、駅から歩いて来られる距離ならば、どこでもいいんじゃないかなと。横浜なら駅も大きくていろんな路線もあるし、東京からも来やすいですし。

極端な話、半分趣味みたいな店。お客さん側の好みになんでもかんでも合わせなくていいかなとも思っているんです。ぼくが好きな料理やお酒だけをそろえて、自分の好きなことをやって。そんなぼくの店を愛してくれるお客さんに来てもらえていれば十分です。だから都心から離れて、家賃も安いところでのんびりやれるほうがいいんです。


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——店内をコの字型カウンターにした狙いはありますか?

岡田:全部ひとりでやりたかったからです。真ん中にぼくがいて、どのお客さんとも距離が同じなので、ひとりひとりと会話もできますし、料理の提供もしやすいです。それに、昔のおでん屋さんみたいな和食屋もおもしろいかなって。カウンター8席だけだから、おひとりで来られる方や初めての方がいても、みんなで仲良く盛り上がることも多いですしね。

——お店の内装やテーブルまわりにも、岡田さんならではの美意識と世界観を感じます。

岡田:新しいものと古いものが混在している空間がいいなと思ったんです。古いものだけだと不便もあったり、かといって新しいものがすべていいとも限らないじゃないですか。今は、古いものも新しいものも、どっちもチョイスできる時代だから、両方あるのが一番自然かなと。ぼくは時代を問わず「考えて作られたもの」が好きなので、いいなと思うもの、リスペクトできるものをチョイスして置いている感じです。


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(写真左)窓枠の格子は大正から明治頃のもの。夜にはライトアップされてますます美しく映える。
(写真右)岩手で活躍する陶芸作家、泉田之也さんによるオブジェ。周りに敷き詰めた落ち葉は、岡田さんが散歩中に集めたもの。

——日本料理とナチュラルワインを楽しめるというコンセプトですが、岡田さんは作る料理に合わせてワインを選びますか、それともその逆もありますか?

岡田:ぼくはあくまでも料理人なので、料理が一番です。料理に勝ってしまうワインはイメージしていませんね。国や産地にもこだわらないし、有名だから、高級だからという理由でも選びません。反対に、ワイン単体で飲んだときには「ちょっと足りないかな?」というものや、料理と合わせて初めて「おいしい」と思えるようなものを選んでいます。でも、ぼくもまだまだワインについては道半ばですよ。永遠に続く電車に乗っている気分です(笑)。

 

仕入れの仕事とは、お客さんのお金を預かるということ

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——スタートしてから4年目に入りますが、今後はどのようなビジョンをお持ちですか?

岡田:まだまだ完成していないですし、これから学ぶこともたくさんあります。まだ、理想の30%といったところでしょうか。そういう意味ではつねに新しい人やおもしろい人と年齢関係なく付き合っていきたいですね。ここをもっといい空間にできるんじゃないか、といつも考えています。

——まだ30%なんですね!?

岡田:まだまだですよ。特に今は、ぼく自身がもっと料理に集中するために、いいサービスマンとの出会いも求めています。ぼくの料理の感じも把握しながら、お客さんの好みに合わせて提案できるようなパートナーがいてくれたら、より完成に近づいていけるのかなと思っています。実は下の階にワインセラーがあるのですが、お客さんをそちらに案内してから料理とワインを楽しんでいただくなど、やりたいことはまだまだあります。

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焼きカマスとイクラと分葱の土鍋ごはん:ふっくらとやわらかな本カマス、フレッシュなイクラや分葱をごはん、出汁といっしょに炊き込んだ、至福を感じる一品。ペアリングはチェコのオレンジワイン。

——食材の仕入れについては、どのようにされていますか?

岡田:料理人の仕入れの仕事って、お客さんのお金を預かって、お客さんの代わりにいい食材を買うことだと思うんです。だから、いいものをいかに安く手に入れるのかはとても大事にしています。

一昨年までは毎朝市場に行っていたけれど、コロナ禍では信頼している仲買の人とリモートでLINEや電話をつないで、とれた魚や野菜の写真や動画を見せてもらいながら仕入れています。信頼関係さえあれば間違いないものが届くし、ぼく自身の買い付けの時間を料理の仕込みに使うことができるので、しばらくはこの感じでいこうかなと。


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——この状況を逆手にとった働き方改革ですね。

岡田:今お出ししたお椀も土鍋ごはんも、今朝まで内容が決まっていませんでしたから(笑)。

ぼくは普段メニューも書かないし、仕入れる前に「今日はこの料理を作ろう」とは考えていないんです。なぜなら、素材ありきだと思っているから。作る料理が決まっていると、それにしばられてしまうんですよね。料理人が考えている料理よりも、素材そのもののほうが絶対おいしいんですよ。自分よがりの料理とか思想的な料理、作り込んだ感じの料理になってしまってはいけないと思っています。

——「日本食だからこうでなければ」というルールみたいなものは、岡田さんにはないのでしょうね。

岡田:作る人によって味が変わらないような型にはまった料理は、自分の料理じゃない。いわばクローンや工場みたいなものだと思うんです。自然の素材は毎日変わるわけで、それによって味や作り方が微妙に変わるのは当然なんです。崩すこと、変わること、進化すること……それが普通だし、大事なんじゃないかなと。

 

では、最後に…。
岡田さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

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岡田:哲学的な質問ですね、難しいな(笑)。そうですね、おいしいとは、幸せだと思います。子どものころに料理を始めたときから、いまでもずっと変わりません。ぼくは料理を通して人との関係性を作りたい、それだけなんです。食べていただく人にとっての幸せであり、自分にとっての幸せであり、それ以外にないのかなと思います。「おいしい」の感じ方は一人ひとり違うから、それが一番難しいことなんですけど、だからこそそれが共鳴すると幸せですよね。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/倉橋マキ

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