山の母ちゃんたちの味をおすそわけ

秘境の山荘でいただく山菜×イタリアン 「村上山荘 食事処ふるさとセンター」森恵美さん

北陸
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おいしんぐ!編集部

富山県最南端にある秘境といわれる、大長谷(おおながたに)。山があり、清流が流れ、冬には豪雪が積もり、春には冬眠から目覚めたクマが森に出てくる…。この自然にあふれた大長谷に、本格的なピザ釜を構え、採れたての山菜やジビエを使ったおいしいピッツァやパスタを食べさせてくれる一軒がある。

外観は昔ながらの山荘といった佇まいで、広々とした座敷席のある店内も懐かしさを感じる。だがメニューを見れば「新窯Pizza ふきのとう味噌」「クマのミートソース」「クレソンラーメン」などなど、目新しく好奇心をそそる言葉が並んでいる。まずはこの小さなギャップに「おや?」と思う。

コースの前菜が出て来て、はっと驚く。さまざまな方法で味付けされた色鮮やかな山菜が並び、まるで宝石箱のように美しさを放っている。さらに手作りだというピザ釜で焼いた山菜ピッツァや、ジューシーで濃厚なクマ肉をラグーソースにしたパスタをいただく頃には「ここの料理人はどんな人なのだろうか?」と誰もが興味を持っているはずだ。

“山の料理人”、森恵美さん。富山で生まれ育ち、大阪でイタリアンの修行を重ね、イタリアのピッツァ選手権でも入賞をした。もともとは叔父が営んでいた「村上山荘」を引き継ぐかたちで10年前にUターン。食事処が2軒しかないこのエリアでイタリアンと和食を楽しめる「村上山荘 食事処ふるさとセンター」を始めた。

山や川からの恵みをありがたく分けてもらい、リスペクトする地元の“母ちゃん”たちの郷土料理を受け継ぎ、地域の仲間たちやお客さんとのつながりを何より大事にしながら、森さんが作り出す料理の数々。そこには、幾重にも重なった「おいしい」があった。

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外観 おいしんぐ!編集部
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富山駅からレンタカーで約1時間、またはJR高山本線とバス(大長谷線)で約2時間。食事のほか宿泊もできる。

 

9年離れたからこそ気づいた、宝の山

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佇まいや話し方から、明るく元気なオーラがあふれている森さん。ここへ来たら、ぜひ森さんとの会話も楽しんでほしい。

——居心地のいい和風の山荘で、こんなにおしゃれでおいしいイタリアンがいただける…このギャップがたまりませんね。森さんがここでお店を始められたのはなぜですか?

森:父と叔父がここの生まれなんです。父は離村して富山市の婦中町に移っていたので私は婦中生まれなのですが、叔父さんはここで山荘をしていました。登山客やイワナ釣りのお客さんがいらっしゃるので、私も小さい頃からお手伝いやバイトに来ていて。食事を提供して「ありがとう」って言ってもらえるし、お小遣いももらえるし、「最高の仕事やな!」と思っていました。

内観 おいしんぐ!編集部


内観 おいしんぐ!編集部
内観 おいしんぐ!編集部

靴を脱いでほっとひと息つける座敷席。懐かしさを感じる山荘の内観にジャズが流れているのも魅力。

——料理人の道は、いつから目指していたのでしょう?

森:短大で栄養士の資格を取って、20歳からは大学の食堂に入って栄養士として働いていたんです。その勤め先が冠婚葬祭の会社でホテル事業をやっていたので、ホテルの料理長や料理人と働く機会もあったんですね。それで料理人さんたちにみっちりゼロから教えてもらって、仕込んでもらって…。「料理人っていいな」と思って。そこから2年間はもう一度ゼロから料理の勉強をして、26歳のときに大阪のイタリアンレストランに入り、そこで9年間働きました。


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——その後、こちらへ戻られたのですね。きっかけは何だったのでしょうか?

森:10年前の2011年8月に戻ってきました。小さい頃からのここでのいい思い出があったのと、叔父さんからも「帰ってこんか?」と声をかけてもらって。具体的なきっかけは、ここでイベントをすることになったときに「イタリアンを出したらどうなるかね? 」と試しにやってみたのが始まりです。当時はピザ釜もなかったので、採れたての山菜をパスタにして出しました。それがすごく喜ばれて…こういうのも面白いかなあって思って、戻ってきたのもありますね。

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3500円のコースの1皿目、山の前菜。この他コースにはピッツァまたはパスタ、デザート、コーヒーがつく。


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春の山からの恵みがひと皿に集まる、日替わりの前菜。クマのコロッケ、ワサビと酒粕とクリームチーズのチーズボール、ススタケの味噌風味、イラクサの昆布和え、コゴミのお浸し、生ハムフキノトウ、ジャガイモのシャクベーゼ(シャクをペーストにしたもの)和え、赤カブの酢漬け、ローストビーフとギョウジャニンニクの味噌漬け・醤油漬け、ワサビと天然イワナのカルパッチョ。

——最初から、イタリアン×山菜がテーマだったのですね。クレソンラーメンなどのメニューも当初からあったのでしょうか?

森:クレソンラーメンはまだなかったけど、クレソンはそこらじゅうに生えていたから…(笑)。お客さんから「クレソンいっぱいのせてよ」とか「ギョウジャニンニクのせてよ」みたいにリクエストされて、自然とメニュー化していくケースも多かったですね。

山菜に関しては、山の母ちゃんたちが裏山で採ってきたものをいっぱいいただくので、うまく利用できないかなって考えて。母ちゃんたちは「そんなの何に使うん?」みたいな感じなんだけど、私にとっては宝の山なんですね。

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——大阪に9年いたからこそ、宝の山に見えたのかもしれませんね。

森:そうですね。大阪では使うことはなかったし、使うにしても買わなくちゃならないしおいしくない。でもここなら、朝もぎたての山菜をそのまま出せる。なんていい環境なんだろうって。一度ここを出ていたからこそ思うのかもしれませんね。摘んで茹でて出しただけで、感動になる。それにも勝るものってないなと。

——当時この辺りでイタリアンを出している店はなかったのですよね。

森:まず、店自体がなかったです。カフェやカレー屋さんはあったけれど、パスタなんてまったく。最初はパスタが受け入れてもらえるかどうか心配なぐらいでしたから。「パスタやピザもありますよ」という感じで、裏メニューとしてスタートしました。


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——裏メニューだったのですか!

森:最初はパスタやピザで売っていこう、とは思っていなかったです。でも、ずっとピザを勉強してきたし、ここで出してもいいかもと思って、何年か経ってからピザも出すようにしました。少しずつパスタやピザを食べに来てくれるお客さんが増えてきて、いまはこっちがメインになっていますね。

 

山の母ちゃんたちからの“おすそわけ”

おいしんぐ!編集部

——森さんが感じている、ここの魅力について教えてください。

森:水と空気がおいしい! 雪が積もる地方でもあるから、雪解け水が豊富なんです。よく「コーヒーがおいしい」「ラーメンがおいしい」と褒めていただくんですが、やっぱり水が違うからだと思います。

それから魅力といえば、やっぱり山菜ですね。完全無農薬のものだし、私たちが生まれる前からずっと育ってきているものだから、パワーを感じますよね。それを自分たちが山からちょっといただいてきてみなさんに提供できるというのは、すごくありがたいし、贅沢なことだなと思っています。それをお客さんにも味わいに来てもらいたいですね。

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——初めてこの店に来たときは、車で一本道を長時間走ってきて、やっとここの建物が見えてきて、中に入れば「いらっしゃい」と笑顔で迎えられ、店内で靴を脱いでほっとひと息つける…この感じが、食べる前からもう「おいしい」と思いました。

森:道中がすごく険しい道、狭い道ですからね。私もこれまではもっと道を広くしてほしいなという願いもあったんですけど、逆に観光地化してしまったら自然を守れなくなってしまうんですよね。そう考えると、ああいう険しい道があるからこそ、自然も守られているんだなと思うし。

秘境といわれている場所でもあるからこそ、ある程度マナーを守って自然を楽しんでくれる人たちが来てくれるように、この場所を保っていかないとだめだと思っています。同時に、ほっとする場所を求めに来てくださる方々を、いつでも受け入れるところでもありたいと思いますね。

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——森さんご自身は9年大阪いらっしゃいましたが、戻ってきたときにはどんな感じで受け入れてもらったのでしょうか?

森:山の母ちゃんたちが「よう帰ってきてくれたね~」って。お店をやるとなったら、食材をいっぱいくれるんです。「この野菜使って!」「山菜採れたよ!」って。

だから私はイタリアンも大事だけれど、それだけにこだわるんじゃなくて、おいしければ茹でてそのままお浸しにしたりもしたいなと。採れたもののおいしさを引き出せるように料理できたらいいなと思っています。山の母ちゃんたちの料理や保存食って、やっぱりすごいんですよ。作り方を教えてもらって、受け継いでいきたいというのはありますね。


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左官をしている森さんのお父さんが造ったというピザ釜。薪で火を当てながらピッツァに焼き色をつけていく。

——今日出していただいた前菜からも、その思いがこめられているのを感じました。

森:はい。山の母ちゃんたちからもらったものが、たくさん詰まっていますね。そのおすそわけになったらいいなと。

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みんなが集まる憩いの場でありたい

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——今日のメニューにクマのラグーソースがありましたが、この辺りではクマが獲れるんですか?

森:はい。もともと、この辺りの人たちは冬になったら猟師をやります。冬眠明けのクマを撃って、大きくなった熊胆(ゆうたん/くまのい)を取るというのが、冬の生業でもあるんです。私の祖父も叔父もそうでした。最近はジビエがブームで、クマのミートソースなんていうのも出てきましたが、昔はどっちかというと熊胆を取るために仕留めて、そのお肉をいただくというような感じだったんです。メニューも熊汁ぐらいしかなかったですよ。

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——そうだったのですね。ジビエの加工場も近くにあるそうですね。

森:はい、4年前にできました。ジビエは「大長谷ハンターズジビエ」のもくちゃん(石黒木太郎さん)にお願いしています。もくちゃんは処理も早いし山できれいにして持ってきてくれるから、肉に臭みがないんです。バラとかロースとか、部位ごとに注文できるから私も料理がしやすいし、安心して頼めるんです。もくちゃんの肉だったら安全だし、安心してお客さんに提供できる。そういう関係がありがたいなと思っています。

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——地域で信頼関係が築けているのですね。いま大長谷には何人ぐらいが暮らしておられるのですか?

森:50人弱ぐらいです。私が帰ってきた頃は、もっともっとじいちゃんばあちゃんたちも元気でおられたりしたけど、少しずつ人数も減ってきています。でも代わりに若い世代が少しずつ入って来てくれたり、いま子どもを育てている家族もいたり…。みんなが家族みたいですね。

みんなそれぞれ得意分野があって、私は料理、もくちゃんは狩猟、お母ちゃんたちは漬け物、それから、山をガイドするおっちゃんがおったり…。みんなが各自の得意分野を活かして、必要となれば団結するような雰囲気はありますね。人数が限られているからこそ、たとえば蕎麦祭りみたいなイベントをやるときは、全員が店を休んでひとつになってやらないとできないですし、ワンチームという感じかもしれません。

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クマのラグーソース1800円。クマを赤ワインで煮込んでラグーソース仕立てにした一品。大長谷で獲れたクレソンとコゴミをのせ、ヤマブドウのソースとともにいただく。

——これから、この店をどういうお店にしていきたいですか?

森:食べ物屋さんはうちともう1軒しかないということもあるので、みんなが集まりやすい憩いの場でありたいなと思っています。町の中心ということでもなく、レストランということでもなく、みんなが気軽に寄って情報交換しあえるような。そんな場であってほしいなと。

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では、最後に…。
森さんにとって「おいしい」とは——?

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森:食材がおいしいのは当たり前だけど、それに加えて、お客さんだったり仲間だったり…やっぱり人なんですよね。人が織りなす「おいしい」が、本当のおいしさなんじゃないかなと思います。ここに来たお客さんが笑顔になってくれたり、お客さん同士がしゃべって仲良くなってくれたり…そういうのを見ると、楽しく時間を過ごしてもらえているのかなと嬉しくなりますね。人がつながって、みんなで作っていく空間や時間が、私にとっての「おいしい」ですね。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽


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