日本の地方レストランの可能性

秘境の村から総力戦で“富山”を発信する、 前衛的地方料理のオーベルジュ。 Cuisine regionale L’evo 谷口英司さん

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秘境の村から総力戦で“富山”を発信する、 前衛的地方料理のオーベルジュ。 Cuisine regionale L’evo 谷口英司さん

おいしんぐ!編集部

「恐れ入りますが、レヴォは不便です」。そんな一文が堂々と、このレストランの案内には載っている。2020年12月、富山県南砺市(なんとし)利賀村(とがむら)のかつて小さな集落があった場所に、1軒のレストランが移転した。「ミシュランガイド北陸2021特別版」で二ツ星を獲得し、全国の料理人や食通の間で近年大きな注目を集めている「キュイジーヌ・レジョナル・レヴォ」だ。

標高1000m級の山々に囲まれ、人口500人ほどの秘境の村、利賀。高速を降りてからは急なカーブや坂道、トンネル、崖のような狭い道が1時間ほどは続くだろうか。しばしば携帯電話の電波も入らなくなり「この先にレストランが本当にあるのか…?」といよいよ不安が募ってきた頃、ぱっと視界の開けた場所に、洗練された佇まいの建物が見えた。

店内に足を踏み入れると、内観の美しさに驚く。コンシェルジュデスクやソファのあるロビースペースには富山の作家たちによるアート作品が置かれ、大きな窓の外には山々の景色が広がっている。扉の先へ進むと、オープンキッチンを構えた空間が広がり、ここで全10皿からなるシェフ渾身の料理を味わうことができるのだ。

谷口英司シェフがテーマに掲げるのは「富山の奥懐・利賀村から発信する前衛的地方料理の進化」。富山湾からの海の幸、近隣の山で獲れるジビエ、春から芽を出す山菜、清涼な水と豊かな土壌で育つ野菜や米、そして昔から村人たちが作ってきた郷土料理…。シェフ自らがここに暮らし、厳選した素材を組み合わせながら、フレンチをベースとした“富山でしかできない料理”を表現する。

それだけではない。谷口さんが作る料理には、富山の陶芸家、ガラス作家、木工作家たちが作る器や家具、アートや空間までもが含まれている。また地元で山を熟知している猟師、野菜や花を育てる農家、新鮮な魚を確かな目で選ぶ鮮魚店、富山の気候に合わせたワイン作りを行うワイナリーなど、たくさんの人と力を合わせながら“総力戦”で富山の魅力を発信しているという。

豪雪の冬を越え、山菜の季節が始まった4月某日。忙しい仕込み時間の合間を縫って、インタビューに応じてくれた谷口さん。「富山のことを知れば知るほど、ぼくの料理がおいしくなっていくはず」。そう語る姿が、今後も止まらない「レヴォ」の進化を確信させてくれた。

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外観 おいしんぐ!編集部
富山駅から車で1時間30分ほど、細くカーブの多い山道を通ってアクセスする。一度でも訪れれば、“不便”な立地にあるからこその魅力と感動に気づかされる。


外観 おいしんぐ!編集部
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山に囲まれ、澄んだ空気を味わえるこの場所には、もともと集落があったという。敷地にはレストランのほかサウナや、3部屋を擁する宿泊施設を併設。レストラン内にはWi-Fiが完備されている。

 

店名に掲げた「進化」の意味

おいしんぐ!編集部
常に進化を続けながらチーム富山を牽引する、「レヴォ」オーナーシェフの谷口英司さん。

——「レヴォ」が掲げている「前衛的地方料理の進化」とは、どのようなことを意味しているのでしょうか?

谷口:7年前、最初に「レヴォ」を立ち上げたときは、地方がいまほど注目されていなかったんです。地方料理といっても北海道なら海鮮丼、秋田だったらきりたんぽ、香川ならうどんみたいなご当地グルメぐらいしかなくて。ぼくはそうじゃなくて、富山なら富山のレストランの名前が真っ先に挙がるような地方料理のお店があったらな、と考えていたんです。

日本ではまだまだ、東京や大阪みたいな大都市にレストランが集中しています。たとえば日本料理は京都というイメージがあるのも、京都に圧倒的に和食屋さんが多くて、「京都=日本料理」を発進する力が大きいからだと思うんですよね。もっといろんな料理人がいろんな地方でレストランを作れば、これから日本の食がよくなるんじゃないかなと。


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窓からの美しい景色を見張らせる広々としたロビースペース。いたるところに富山県の作家たちによるアート作品が飾られ、さながら美術館のよう。

——たとえばフランスやイタリアなら、地方や田舎にも星付きレストランがありますけれど、日本では確かに少ないですね。

谷口:そうです。ぼくが修行に行っていたのはフランスの田舎町でしたけど、地方にいいお店があるのは普通のことでした。それはスペインでもデンマークでも同じです。スペインなんて、もともとはパエリア屋しかなくて外食率も世界ワースト1位ぐらいだったらしいですよ。それが、いまや世界の最新レストランがどんどんと出てきているでしょう。

日本の地方だって、まだまだ発展途上の点はたくさんあるけれど、常に進化していけばすばらしいレストランができるはずだと思うんです。店名の「レヴォ」はフランス語で「進化」という意味なんですけど、そういうコンセプトで名前をつけました。


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カウンター4席と、テーブル席3卓からなる店内。中央にあるオープンキッチンで、シェフたちが腕を振るう。このほか個室が2部屋ある。


個室 おいしんぐ!編集部
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窓からは岐阜県飛騨市との県境につながる石長山が見える。四季によってさまざまな表情を見せる窓からの景色が、料理のおいしさをさらに引き立てる。

 

利賀に暮らし、村の郷土料理を学ぶ

おいしんぐ!編集部

——2020年12月に笹津から利賀村へ店を移し、谷口さんは現在ここで暮らしながら料理をされています。利賀村の郷土料理についても勉強をされているんですよね?

谷口:はい、大事にしています。都会生まれだし、ここの郷土料理はほとんど知らなかったので、ぼくにとっては興味でしかありません。村のお母さんたちが昔から作っていた山菜料理って、すごく理に適っているんですよ。いまでこそ発酵食が流行っていますけど、そもそも発酵食がなぜ生まれたか?というところに、すごく意義があるわけです。

以前はなぜみんなが山菜を干したりするのか、不思議でしょうがなかったんです。新鮮なうちに食べたほうがいいのに、と思っていましたから。でもここへ来てやっとわかりました。冬になると、町へ降りられない。本当に食料がなくなるんです。そういう生活の知恵が、料理と隣り合わせになっている。発酵食も、そうやってできてきた料理だと思います。


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テーブルはすべて、富山県の木工家ユニットShimoo-designによる特注。木の温もりを感じさせつつもクールでスタイリッシュな印象を併せ持った調度品の数々が、「レヴォ」独特の空気感を作り出している。

——村に住んでみて、身体で実感されたのですね。

谷口:そういうのって、学ばないとだめなんですよね。今度は自分たちが、そういうことを伝えていかなければと思っています。

富山にきてもうすぐ11年になりますが、大阪から出てきたばかりの頃は、興味があっていろんな食材探しをしていました。もちろん、いい食材を探すことは料理人にとって不可欠ですが、それは東京にいようが大阪にいようが、車を飛ばして手に入れればいいだけの話なんです。そんなことをしているうちに、もうちょっと大切なことがあるんじゃないか? と。

——大切なこととは、なんでしょう?

谷口:日本料理とはなんぞや、というところですかね。もちろんぼくのベースはフランス料理なんですけど、日本人の料理というものを知らないと料理はできない。フランス人は、フランスの家庭料理を熟知しているからフランス料理が作れるんですよね。イタリア料理も同じです。でもぼくらが、ベースがフランス料理だからといってフランス料理のことだけを考えてしまうと、こういう地方では料理ができないんです。

やっぱり日本人なので、日本のあるべきもの、日本人が守ってきたもののことは、料理人として学ぶべきです。どんなジャンルの料理でも、日本でお店を出す以上はそうするべきだとぼくは思います。


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富山特産の大門そうめんを半生のアルデンテに仕上げ、黒部のヤギのチーズを使った温かいスープにつけていただく一品。上にかかったふきのとうのオイルが春を感じさせる。顔を近づけると香りがふわりと立ち上がる器は、釋永岳さんの作品。

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——その言葉を聞いて谷口さんのお料理をいただくと、とても説得力があります。

谷口:富山に来てすぐの頃は、自分がフランスなどで身につけたテクニックや知識を持っていれば必ずいいレストランが作れると思い込んでいました。完全に天狗になっていたんですよ。「富山の人にフランス料理を教えたる!」みたいなノリでしたから(笑)。それで本当に鼻をへし折られたというか、何も知らない自分が恥ずかしいという経験をしました。

いまは、ぼくが新しく富山のことを知れば知るほど、ぼくの料理がおいしくなっていく。完全に考え方がシフトしたところです。

——富山に来て、ご自身が変わったと思いますか?

谷口:360度変わりました。変わったというか、変えてもらったというほうが正しいかな。それぐらい富山に感謝しています。いろんな人が縁を繋いでくれたし、そのつながりがなければ店はできなかった。やっぱり東京じゃできないですよ、縮こまってしまいますから。


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ペアリングには「満寿泉 純米大吟醸SUPECIAL」。白ワイン樽で半年寝かせた日本酒。樽由来のバニラやバターの香りが、濃厚なヤギのチーズにマッチする。

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厳しい冬を乗り越えて得た逞しさ

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——利賀へ場所を移して新生「レヴォ」をオープンしたのが2020年12月。そこから4ヶ月間で感じていることは?

谷口:12月からは雪がしんどくて、本当に大変でした。正直、レストランをやっている場合じゃないぐらいの雪でしたから、ちょっとだけ後悔しましたよ(笑)。オープン時間が迫っているのに、仕込みも終わらないし除雪も終わらない。お客さんの車が雪道にはまってしまったり…いろんなことが起きて、ぼくだけじゃなくスタッフ全員が辛い思いをしました。

——富山の中でも豪雪地帯といわれていますから、相当だったでしょうね。

谷口:ですが逆に、そういう経験があったからこそ、ちょっとずつですけれど逞しくなっているような気がします。いままで自分たちでやらなかったことも、やらないと生きていけないから、知恵もついてきましたし。いまはまだですが、今後そういったところが表れてくると思います。おそらくぼくが作る料理も、もうちょっと逞しくなっているかなと。

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前菜「月ノ輪熊(春)」。冬眠から目覚めたばかりで赤身の多いクマ肉を、近くの山で採れたコゴミ、ギボウシ(ウルイ)、アマドコロ(山アスパラ)などの山菜と合わせている。ウニベースのソース、また冬眠から目覚めたクマの好物である野草ウコギとハチミツを組み合わせた透明のジュレをからませながらいただく。

——辛い冬を乗り越え、山で初めて迎える山菜の季節は、嬉しさもひとしおでしょうね。

谷口:そうですね。最近は暇さえあればみんなで山へ行って「何が生えてくるんだ?」ってやっています。そうやって徐々に成長していければいいなと。ただ、いまは食材がたくさんあるけど、あと半年でまた雪が降り出すから…また12月がくるのが怖いです(笑)。


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「レヴォ」からも近い南砺市内のワイナリー「ドメーヌ・ボー」が2020年にファーストリリースした赤ワイン「C’est si bon(セシボン)」。赤いベリーの果実ときめの細かいタンニンが特徴で、青草の香りが山菜ともよく合う。

——宿泊もできるオーベルジュにするというのは、最初から考えていたのですか?

谷口:はい。ぼく自身が、食事をしてすぐ帰るのがいやだから(笑)。いっぱいお酒を飲んで楽しい食事をしたら、そのまますぐ寝たいじゃないですか。あとは朝食ですね。地元のお母さんの朝食みたいなメニューを出しているんですけど、この村に泊まってもらって、そういう文化を感じてもらうのってすごく重要だと思うんです。

 

チームの総力戦で、富山を発信する

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——「レヴォ」では谷口さんを中心に、地元の生産者や作家たちのチームワークを強く感じます。お料理をいただく上でも、人の思いがたくさん詰まっていることが伝わりますし、お店のホームページにあれほど多くの人の顔を出している店は、そうそうありません。谷口さんが考える「チーム富山」について、教えていただけますか?

谷口:すごく大事にしている部分です。ぼくらは、いわば総力戦を展開しているんです。11年前に富山に来てすぐの頃は、下尾さん(Shimoo-design/「レヴォ」のテーブルなどを製作)や岳さん(釋永岳/「レヴォ」の器などを製作)も、もちろんぼくも、そこまで注目されてはいませんでした。でも、すばらしい職人さんたちですし、これから富山を発信しておもしろいことをしたい、階段を一緒に登って一緒に有名になりたいと思ったんです。


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——11年前から構想されていたんですね。

谷口:はい。地方でやっていくには、チームで一緒に階段を上っていくことが不可欠だと思うんです。でも、他ではあまり例がないですよね。なぜだかわかりますか?

——なぜなのでしょう?

谷口:たとえば、お皿。昔のぼく自身がそうだったんですが、料理人は自分が使っているお皿を他の人には教えたくないわけです。人と同じものを使いたくないから。自分でオーダーして自分専用のお皿を作ってもらっても、人には教えない。


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厚めの帆布を柿渋で手染めしたエプロンは、富山市にアトリエをもつP.T WORKS & DESIGNのもの。

——自分のお店を持つ料理人なら、そう考えるのは当然かもしれません。

谷口:そこにこだわっている人が多いと思います。でも、それだと作家さんが絶対に伸びません。20枚か30枚そこらを買って、その店のためだけに作品を作れと言っているようなものですからね。たとえば工場ならオリジナルのお皿をいくらでも注文できますが、作家さんはそうじゃない。一点一点、一生懸命いい作品を作っている。

だからこそ、ちゃんと多くの人に使ってほしいと思うんです。ぼくが使っているお皿や器は、ほかの料理人さんにもどんどん紹介しています。作家さんたちにも、ぜひいろんなお店に売ってくれと約束しているんです。

——秘密にするどころか、むしろ周りにシェアしていく、と。

谷口:だって、どれだけかっこいいお皿を使おうが、あとは料理人次第でしょう。同じお皿を他の誰かが使っていても、料理が違えば違うお皿に見えるんですよ。

もうひとつ、たいていは料理人からアイデアを出したり、こういう形の器が欲しいと注文したりするけれど、ぼくは一切注文しません。「お皿が欲しい。好き放題におもしろいもの作って!」って言います。だからみなさん勝手にいろんなもの作ってくれて(笑)。どんなものがきても、その作品に対してぼくが料理を作ります。信頼関係が築けているのでそれでいいんです。

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——そのとおりですね。谷口さんの自由なオーダーで、作家さんたちの実力がどんどん発揮されていくのでしょうね。

谷口:「レヴォ」に料理を食べに来てくれたお客さんが、ここでお皿を見て、その足で作家さんのお店に行ってくれる。それが嬉しいし、富山だからこそできることだと思っています。

ぼくらは同じ方向に向かっているからこそ、みんなで一気に富山を発信できるんです。中でも料理人は発進力が圧倒的にでかいので、他県から来た料理人さんが富山でお皿を買って使ってくれたら、どんどん広がっていきますよね。それでみんなで有名になっていく。これは「レヴォ」を立ち上げたときからずっと決めていたことです。

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富山湾で獲れたオコゼに、ウドと朝に山で摘んだばかりの葉山椒を添えたひと皿。柑橘と魚介の発酵エキス、魚とジビエのソースをつけながら楽しめる。

——「レヴォ」という魅力的なレストランが生まれている富山のすごさを、改めて感じます。

谷口:料理人同士も仲良しですよ。これももともとぼくが大事にしていることのひとつです。料理人って発進力があるので、トータルの力になれると強いです。

正直、うちに来てくれるお客さんの100人中100人においしいと言ってもらうのは、やっぱり困難なんですよ。それぞれの味覚や好みがありますし、楽しさの重きが違うので。たとえば90人が「おいしかった」、10人が「だめだった」とすると、もし富山のレストランがうちだけだったら、その10人はもう富山まで来てくれないですよね。


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富山県氷見市のワイナリー「セイズファーム」の「ルージュ2019」。カヴェルネソーヴィ二ヨン100%ながら、カヴェルネのイメージとは対極的に繊細でピュアな味わいで、魚料理との相性もいい。シェフが樽ごとにテイスティングをした中からひと樽選び「レヴォ」限定として仕入れた300本限定のワイン。

——そうかもしれません。

谷口:でも、東京や大阪から富山へ来て1食しか食べないということは少ないじゃないですか。その10人が次の日に「ふじ居」や「ひまわり食堂」へ行って120%満足したら、もう1回富山に行こうかなと思ってくれる。それなら自分たちにもまだチャンスがある。これはたぶんお店同士でお互いにそうだし、富山の料理人はみんな感じていると思います。だから「トータルで富山だ」という意識は大事なんです。

——素晴らしいお考えです。

谷口:このあたりは京都やスペイン、デンマークを参考にしています。「Noma(ノーマ)」1軒だけではだめで、近くにいろんなレストランができたからこそデンマークがすごいと言われるようになったので。いまの日本の中では、富山はトップクラスに元気だと思いますよ。

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メニューは昼夜ともに全10皿のコース。完全予約制で、ひとり22000円(サービス別)。

 

山を熟知する猟師との絆

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——肉料理にはこのあたりで獲れたジビエを使っていらっしゃいますね。近年、全国各地で猟師さんが減少していますが、そのあたりはどうお考えですか?

谷口:なぜ猟師になる人が少なくなったか。単純な理由だと思います。それは儲からないからです。山が好き、猟が好きな人はたくさんいるのに、専業では成り立たないからみんな兼業になってしまう。でも、やっぱり兼業じゃだめなんです。正直、週に1頭獲れたところで、ぼくらは勝負できない。毎日山に入り続け、山を熟知していないと毎日は獲れません。

うちの猟師は何十年も毎日山に入っているので、山の知識が段違いですし、圧倒的な腕です。イノシシ、クマ、シカなど年間を通して獲れたものはすべて買っています。

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17度に温度設定された、地下の貯蔵庫。シカやイノシシ、クマなど猟師から届いたジビエを保管している。10分ほど離れた場所には解体所もある。

——すべて、ですか!?

谷口:はい。専業でお金を稼げるということがわかれば、みんな猟師をやっていけると思うから。その方はご高齢なので、いまは若い子を自分の下につけて一緒に山を回っています。クマがどこにいるかとか、山のことを教えているんです。

ジビエを買い続けるためには、ある程度のキャパシティを持つお店にしなければなりません。6~7席のレストランでは、イノシシ1頭しか買えませんから。そういう意味でも、発進力を狭めてはいけないんです。


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——素晴らしい連携プレーですね。

谷口:ジビエは新鮮さが大切なので、猟師には「撃ったらすぐ持ってきてほしい」と言っていたんです。そうしたら「お前な、すぐとはいえ、500m先の獲物を撃つんやぞ」と言われて。500mなんてそれほど距離もないだろうと思っていたら「いま、お前は直線距離を想像したやろ。山には谷を越えた500mもあれば、山の向こう側にまわる500mもある。すごく大変なんやぞ」と。確かにそうだ…と、自分がすごく恥ずかしくなりましたね。

でも彼は、どんなに夜中になろうと一日たりとも遅れることなく、必ずその日のうちに獲物を引きずってきてくださるんです。そういう信頼関係ができてくると、レストランとしても最大の武器になります。

 

自分が死んでからも、店は続いていく

おいしんぐ!編集部

——今後、このお店自体をどんな存在にしていきたいですか?

谷口:ぼくはいま間違いなく、料理人史上一番借金していると思います。それはそれは圧倒的なので…。そんな借金をしながら、このレストランを作るときに考えたことがあるんです。

たぶんぼくが死んだり、料理をしなくなったら「レヴォ」はなくなる…みなさん、そう思われますよね。でも、レストランがそうであってはだめだとぼくは思うんですよ。日本って、せいぜい親子で店を引き継ぐぐらいじゃないですか。でもヨーロッパの星付きレストランって、シェフが変わってもレストラン自体は存続している。ぼくは、誰か優秀な人材が「レヴォ」をやってみたいなら、全然やってもらっていいと思っています。借金もそのまま渡します(笑)。

おいしんぐ!編集部

——シェフが変わってもずっと存続していくレストラン…日本では新しいかもしれませんね。

谷口:「富山のレストランといえば利賀村のレヴォ」というのを残していければいいなという思いで作りましたし、そういうふうにしていきたいです。いまは宿泊施設とサウナしかないですが、これからこの村に誰かが移住してきて、お土産屋さんをやってくれてもいいですし、ワイナリーを始めてくれてもいい。そういういろんな人たちが増えたらいいなと思っています。

 

では、最後に…。
谷口さんが考える「おいしい」とは——?

おいしんぐ!編集部

谷口:料理人はプロですから、料理がおいしいのは、当たり前だと思っているんです。日本全国、おいしい食材もたくさんあります。その上で、この利賀村まで来てもらって感じてもらう「おいしい」とは、総合力だと思います。ここへ来るまでの細い山道もそうだし、電話もつながりにくい不便さもある中で、作家さんたち、食材の生産者さんたち、そして料理をするぼくたちがひとつになって初めて「おいしい」と感じてもらえるようなものを、出していきたいと思っています。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽

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