獲れたてのシロエビのおいしさを届けたい。

富山の自然が生むご馳走、甘く新鮮なシロエビを世界へ。とやま市漁業協同組合 組合長・漁師 道井秀樹さん

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富山の自然が生むご馳走、甘く新鮮なシロエビを世界へ。とやま市漁業協同組合 組合長・漁師  道井秀樹さん

おいしんぐ!編集部

6時40分。春先とはいえまだ冷え込む早朝の富山湾の岩瀬漁港に、一艘の漁船が戻ってきた。積まれているのは大量のシロエビだ。うっすらとサーモンピンク色に透けた身がキラキラと輝く様子は、まさに「富山湾の宝石」の呼び名にふさわしい。
岩瀬漁港は、富山湾にある漁港の中でもシロエビの水揚げが最も多い。一昨年は400トン、昨年は300トンも獲れたという。港に着くやいなや、漁師たちがカゴいっぱいのシロエビを全速力で運び込む。そして目にも留まらぬ速さで一匹一匹を選別し、息つく間もなく加工場の冷凍庫へ向かう輸送車に積み込んでいく。

糖度が高いため、自らの酵素で身を傷めてしまうといわれるシロエビ。その鮮度を保ち、劣化を防ぐことで、獲れたてのシロエビのおいしさを届けたい――漁港で働く人々のスピーディな動きから、そんな思いが伝わってきた。

シロエビは、ホタルイカ、ブリとともに富山県の三大海産物として知られ、現在は魚介の中でも希少価値の高い高級食材として出回っている。ここ富山湾でしか獲れないといわれるのはなぜなのか? 高級食材たる理由はどこにあるのか? そして、シロエビをはじめとする富山の魚がおいしい秘密は…?

活気あふれる早朝の漁港で、とやま市漁業協同組合の組合長であり漁師歴37年の道井秀樹さんと、今回は元組合長の網谷繁彦さんにも話を聞いた。そこには、恵まれた自然環境を活かしながら、おいしさを届けるために努力をし続ける地元の人たちの奮闘ぶりがあった。

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本当に鮮度のいいシロエビは、桜色をしている。糖度が高く、甘エビよりも甘みがある。岩瀬のシロエビは6~7㎝ほどとサイズが大きめなのも特徴。

 

V字を描く海の谷底が、シロエビの棲息地帯

おいしんぐ!編集部
漁港で働く人たちの平均年齢は40歳。歩合給なのでベテランも若手も関係なく、獲れた分だけ収益がある。網をかけるときは殺気立つほどの緊張感があるという。

——今日は朝早くからありがとうございます。こちらの漁港は、魚っぽい臭いをほとんど感じませんね。

網谷:臭いが少ないのは、富山の水がきれいだからだと思います。ここは山も近いし河川が多いので、山からの雪解け水や雨水がどんどん海に流れ込む場所なんです。だから富山湾の海水は、塩分濃度が低いんですよ。私は「甘い海水」と言っているんですが。

——海水が甘いとは、おもしろい表現です!

網谷:山から水が流れるときに、泥が富山湾の底質に溜まります。そこへ一年に数回、日本海に低気圧が発達した際に起こる「よりまわり波」という大きな波長をもつ波がくることで、溜まった泥が拡散されるんです。そうすると海水中に豊富な酸素が入り、底質が耕されてきれいになり、プランクトンが発生します。それをシロエビがエサとして食べにくる…これが富山湾のメカニズムなんです。

さらに富山湾の海底にはV字峡に近いような谷があって、そこがシロエビの漁場になっているんです。谷の浅いところはだいたい水深20mぐらいなのに対し、深いところは一気に250m~300m。水深200mから下は日本海固有の深層水があり、水温は2~3度と、日本の中でもかなり水温が低いところなんですよ。


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元組合長で、現在は富山県の漁業委員で活躍中の網谷繁彦さん

——シロエビは富山湾の特殊な地形と独特の気候がもたらしてくれる恵みというわけですね。

網谷:ええ。富山湾にはこの谷が、全部で4カ所あるんです。いずれも、河川からのきれいな水が流れてくるエリアです。中でも、富山県の河川の約半分ぐらいの水量があるのが、神通川(じんつうがわ)の河口域。水量が多いので、シロエビ漁に最も適しています。

しかも神通川の河口域までは、ここから1kmぐらいの近さ。春先は5kmぐらいのところまで船を出すこともありますが、いずれにしても港からすごく近いんです。夏なら漁場から冷凍庫まで30分ほどの近さですよ。

 

シロエビを掬い上げる、全長約200mの巨大な網

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生まれも育ちも岩瀬。漁師歴37年の道井秀樹さんは現在、組合長も務めている。

——海の谷底のような深い場所に棲んでいるシロエビを、どのように獲るのでしょうか?

道井:ものすごく巨大な網を使って獲ります。漁船にコンパクトに乗せるために細い糸を使って作るんです。それだけに、投網するのに技術が要る、他にはなかなかない漁法ですね。普通の漁ではただ網を下ろせばいいんですが、この網は手で丁寧に繰り出していく必要があります。トローリングみたいに船を移動させながら網を張ることもできません。


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道井:袖網というのですが、形はスーパーのレジ袋の持ち手がものすごく長いものを想像してもらえばわかりやすいかな。持ち手の部分(=袖)がだいたい120mぐらいあって、シロエビが入る袋の部分(=胴)が60~80mぐらい。全部で全長で約200mぐらいですね。水圧もあるので、ゆっくり、ゆっくり、網を下降させます。時期にもよるけれど、春先は水深300m近くまで下げてから上げていくので、多少時間もかかります。

——他の魚介類とは獲り方もまったく違うのですね。

道井:糸が繊細なので、下手をすると網の大破損に繋がります。網の修理場も近くにあるのですが、それこそ100~200mぐらいの網を、編み物をするように手作業で直さないとならないので、大変なんですよ。

甘エビは底を這うように棲息していますが、シロエビはオキアミのように海中を泳ぐエビなんです。遊泳スピードもすごく速くて、泳ぎ達者ですよ。魚介類からすれば金メダルレベルです(笑)。だから、いま見えているからといって仕掛けにいっても、逃げられちゃうことはよくありますね。

おいしんぐ!編集部

——そんなに速いのですか!

道井:だから獲れるか獲れないかは、運です。毎日同じことをしていても、ドキドキして飽きないですよ。飽きないどころか胃潰瘍になりそう(笑)。網を下ろす一手で、みんなの生活かかっていますから。

——大変な思いをして水揚げしたシロエビを、どのように港まで運ぶのでしょうか?

船上衛生管理システムを使って、衛生と新鮮さを保ちながら漁港まで運んでいます。船内で作っている殺菌冷海水を散布しながら、雑菌を洗い流すんです。漁港についたらまた洗って、加工場に運ぶんですが、衛生管理には気を遣っていますね。ぼくらも自信をもっておすすめするには、安心・安全面をしっかり対策していないとだめですから。


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現在、岩瀬漁港でシロエビ漁をしている漁船は6せき。廃業や高齢化にともなって減少したという。この日、道井さんの船は朝4時半からと9時からの2回、白エビ漁に出ていた。

漁船には2トンほどの殺菌冷海水を循環できる船上衛生管理システムを搭載している。船上で殺菌冷海水をかけながらシロエビの生息環境に近い状態をキープし、漁場へと運ぶことができる。

 

おいしさと鮮度を守る、高い冷凍技術

おいしんぐ!編集部

——シロエビはここ数年で高級食材として注目されてきていますが、どういった背景があるのでしょうか?

道井:シロエビは糖度が高くて、甘エビより甘いんですよ。ただし糖度が高いために自分の酵素で自分を腐らせる速度も早いんです。身も脆弱なんですね。だから、昔の冷蔵冷凍技術では、まったく太刀打ちできなかったんです。

網谷:だから地元以外にはほとんど出回りませんでした。以前は冬の保存食として、乾燥して発送したりするぐらいでしたから。


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4~11月がシロエビ漁。3~5月がホタルイカ漁のシーズンとなる。

——糖度が高いから傷みやすい…フルーツと一緒ですね。

道井:ええ、そうです。いまは冷凍技術の進化によって、全国に届けることができるようになりました。傷みやすいですから、刺身の場合も必ず一度冷凍します。鮮度保持や衛生管理もできるし、身と殻の収縮差を利用して殻も剥きやすくなるんです。

網谷:一度冷凍すれば、工場で衛生的に剥くことができるし、冷凍したものを少しずつ出しながら1年を通して流通させることができます。細胞が壊れないように冷凍することで、一年中味も変わりません。解凍すれば、いま揚がったばかりのような色になりますよ。

おいしんぐ!編集部

——なるほど。冷凍技術の進化が関係していたのですね。

道井:ただし、手間はかかります。ちょうどシロエビの腰の部分でポキンと2つに分かれるんですが、繊細なエビなので剥くのはほとんどが手作業になります。機械だと味が損なわれたり、色味が悪くなる問題もあるので。その分だけ人件費もかかるので、値段も高くなってしまうというところがあるんです。

網谷:初めの頃はまったく売れない時期もありましたが、少しずつおいしさが知られるようになって、高級食材としてブランド化もできてきました。いまは全体の80%が生食の剥き身で流通しています。


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冷凍食材こそ「超A級」の時代へ

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——今年も4月1日からシロエビ漁が開始されたとのことですが、いまのところはどんな感じでしょう?

道井:まだ、それほどは獲れていないですね。大群で動いているときもあれば、そうでもないときもあるから。今後、雪解け水や梅雨時の雨水が川から流れてくれば、豊富なプランクトンが海水に流れ込んで、それをエビたちが食べにくるはずです。獲れ具合は年によってばらばらですよ。大不漁の年もありましたし。

——ホタルイカがたくさん獲れる年はシロエビも大漁だとか、そういった法則のようなものもあるのでしょうか?

道井:経験則もありますし、そういうことがまったくないとは言い切れないけれど、魚はそれぞれに特性があり、食べるものも違うから、さまざまな要因が考えられて、一概には言えないんですよね。農産物なら季節に応じて少し調整も効くかもしれませんが、海の中ではぼくらは何もできませんから。結局、我々も自然に生かされているんです。

それに、獲ってきたものを無駄にして捨てるわけにはいかないですからね。だからこそ、先ほどお話した冷凍技術などを駆使して、流通させなくてはいけないと思っています。

おいしんぐ!編集部

——なるほど。そういうことなんですね。

道井:消費者のみなさんのなかで「冷凍ものはB級」という意識があるかもしれませんが、ぼくは、これからの時代は逆だと思うんです。生ものがウイルスや細菌に侵されるリスクも考えれば、安心だし安全。高度な技術で一度冷凍をすれば、鮮魚のような状態で解凍することもできます。

そういったものを目指して、これからも国内消費はもちろん海外にも進出していけたらいいなと思っています。いま、まさに水産庁とともにがんばっています。これは我々だけじゃなくて日本中みんなそうだと思います。


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——こういう時代だからこそ、食べ手側も意識を変えていく必要がありますね。

道井:「冷凍ものはB級どころか、超A級なんだ」というところを知ってもらえれば嬉しいです。やっぱり、高い冷凍技術を使うにはコストがかかるので…。欧米ではそういうことが価格に反映されたりしていますが、日本はまだ「安ければいい」という意識がありますよね。新しくて目の前で獲れたものを食べるのが当たり前だと思っているから…。でも、それが当たり前じゃない時代が来ていると思うんです。

おいしんぐ!編集部

——生産者さんの相応の努力が、価格に反映されてしかるべきですよね。

網谷:本来日本人の食というのは、普段は質素に地元のものを食べて、たまに地元で手に入らない良いものを食べたいときには高いお金を出してでも食べる、というようなものだったと思うんです。

でも最近の日本の食って、安ければいいという風潮が高まってきていて、飲食店やお店でも安いものが売れる時代になってきましたよね。昔は食べるためにみんな働いていたんだけど、いまの日本人で食べるためだけに働いている人って、ほとんどいないですよね。食にお金をかけずに暮らすことができますから。

我々生産者も、その点で困っている部分はあります。農産物でもそうですが、魚介類はこの何十年間でほとんど値段の変動がない。やもすると、30年前よりも値段が下がっています。最近は、将来のために日本の食の自給率を少しでも上げようとテコ入れをしているようですが、このあたりの問題が改善されていくといいですよね。

おいしんぐ!編集部

——今後、こちらの漁港ではどのような展開を考えていらっしゃいますか?

網谷:いまは、インドの人たちにシロエビを食べてもらうプロジェクトを仕掛けているところなんです。1ヶ月に200kgぐらいのシロエビをインドに航空便で送って届けるという形はできてきました。いまはコロナウイルスの影響で中座してしまっていますが、また再開できるといいなと思っています。

——なぜ、インドなのでしょう?

網谷:日本から近い東南アジアでは日本食がずいぶん進んでいて、そういう地域では量よりも質が求められるようなレベルまできているのですが、インドに関しては、まだ日本の鮮魚がまったく入っていない未開の状態なんです。だから、冷凍ではない、日本の鮮魚をインドに入れようと。「富山湾の魚をインドへ!」という思いで、取り組んでいます。


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日本三大深海港の一つで、魚種の豊富さは日本でトップクラスを誇る富山湾。能登半島の東に位置し、端から端までの距離が100kmほどエリアに河川からの新鮮な水が注ぐ。

富山湾の漁港の中でも、シロエビの水揚げが最も多い岩瀬漁港。富山駅から車で北へ20分ほどの場所にある。

 

では、最後に…。
網谷さんにとって「おいしい」とは——?

おいしんぐ!編集部
料理も得意で、網谷さんの作るシロエビペペロンチーノパスタやシロエビ焼きそばがおいしいと評判。

網谷:おいしいというのは、自分が味わうということではなくて、人に喜んでもらうことなんじゃないですかね。食べてもらって「おいしかった!」そのひとことをいただけたなら、いかなる犠牲も苦にならないです。魚を獲ったときでも「この魚を、誰に食べてもらったら一番喜ぶかな」「包みを開けたときに、どういう顔をするかな」とか。それを思い浮かべることが多いですね。自分のためじゃなく、食べてもらう人のために、努力を惜しまないこと。それが「おいしい」なのかなという気がします。

おいしんぐ!編集部
「シロエビは麺類によく合います。特に夏場、シロエビのダシで食べるそうめんは最高ですよ」

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽



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