都会の店には絶対に負けない――

富山を舞台に徹底した仕込みと技で勝負する。「日本料理 山崎」山崎浩治さん

北陸
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おいしんぐ!編集部

富山駅から車で約10分、大通りから1本裏手に入った角地に建つ「日本料理 山崎」。北陸地方で初の刊行となった『ミシュランガイド富山・石川版2016』で唯一の三ツ星を獲得し、「ミシュランガイド北陸2021特別版」では二ツ星を獲得したことも記憶に新しい。人気、実力ともにいまの富山の食レベルを大きく引き上げている存在でもある。

玄関を上がり案内されるのは、白木のカウンター席が設えられた和の空間。脚を伸ばしてゆったりと寛げる掘り炬燵式の座席に着けば、カウンターの向こうには、真剣な眼差しでコースの一品一品を仕上げていく店主・山崎浩治さんの姿が。ここで店主との会話を楽しみながら、旬の素材をふんだんに使ったコース料理と、富山のおいしい日本酒をいただくことができる。

「山崎」の魅力は、度重なる困難にも屈せずに日本料理ひと筋で腕を磨いてきたストイックな山崎さんの人柄と技の数々、そして、手間暇を惜しまない丁寧な仕込みだ。例えば富山湾特産のホタルイカは一杯一杯、脚を外さずに肝のみを抜いて開くという徹底した仕事ぶりで、食通たちをうならせる。

朝早くから深夜までの長時間を仕込みに使っているため、今回のインタビューの開始時刻は22時。店の外で最後のお客さんの後ろ姿が見えなくなるまで、店のスタッフ全員が揃ってお見送りをした後となった。富山市で生まれ育ち、弱冠15歳で料理人になることを決め、以来一度も後ろを振り返ることなく料理の道を進んできた山崎さん。その半生と料理には、並々ならぬ情熱と気概が満ちていた。

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外観 おいしんぐ!編集部


外観 おいしんぐ!編集部
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富山駅からタクシーで約10分ほど。店のロゴマークとしても映える家紋は、山崎家の「抱き柊」。

こいつらになんか、絶対に負けんからな

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日本料理の懐の深さに魅せられたと語る山崎さん。子どもの頃に抱いた夢を叶え、自分の店を持った後も、さらなる高みを目指して日々精進を重ねている。

——料理人の道を志したのは、いつからでしたか?

山崎:小さい頃からですね。食べるのも作るのも好きな子どもで、小学1年生ぐらいからインスタントラーメンに野菜を入れたり、ラーメン屋さんの湯きりを真似したりしていました。友達の家に遊びに行ったときもハムエッグやチャーハンを作ったり、「歯が痛い」と言っている妹に歯磨き粉入りの卵焼きを作って食べさせたこともありました(笑)。そして、30歳になったら独立しようという目標は中学生のときに決めました。


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山崎さんとの会話も楽しい、白木のカウンター席。座椅子が置かれた畳の床は、掘り炬燵のように足元が下がった造りで、存分に寛げる。カウンター6席のほか、20席ほどの間仕切り可能な座敷席もある。

——中学生のときに、すでにそんな目標を…!

山崎:中学卒業前に、進路を考える機会があったんです。料理をしたかったけど、天ぷらは油を多く使うから身体に悪いと聞いたのと、フレンチは単語覚えるのが無理そうだなと…(笑)。寿司か和食だったら和食かなということで、富山駅前の「日本料理 松や」で修行を始めました。
 
入ったばかりのときは、全然使いものにならなかったし、みんなに相手にもされませんでしたね。駅前で見かける高校生たちをうらやましいなと思ったこともありました。でも、中学の時にわりと荒れていた1歳上の先輩が、中卒で上京して美容師になったのを知って、カッコいいなと思ったんです。ぼくも、まずは東京へ出たいと思いました。


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ホタルイカは脚を外さずに肝のみを抜いて開くという、途方もなく時間のかかる細かな仕事がなされている。


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カウンター越しに、目の前で料理の仕上げを楽しめる。「イカは炭の上で、塩胡椒をして油を塗るとぐっとおいしくなるんです。春のギョウジャニンニクと肝醤油もまた合うんですよ」と山崎さん。

——それは何歳ぐらいのときでしたか?

山崎:東京に出たのは20か21歳ですね。ただ、「日本料理で有名な『つきぢ田村』と互角の料亭だ」という店を紹介されて行ったのですが、イメージとまったく違うところで…(笑)。料理も自分としてはしっくりきませんでしたし、働く環境もとにかく厳しかったです。

誰もぼくに教えてくれないし、始業時間も知らせてくれないから、起きたら自分しかいないこともありました。「完全になめられているな。こいつらになんか、絶対負けんからな」と、味方も誰もいなくて、そういう気持ちばっかりでしたね。

——辛かったでしょうね。料理の道を諦めようと思ったりはしませんでしたか?

山崎:料理の道自体をやめようとは、まったく思いませんでした。ただ、環境が嫌で店をやめたいのか、それとも料理の方向性が本当に合わなくてやめたいのか…その格闘がきつかったですね。


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——その後はどうされたのでしょうか?

山崎:そのうち、大阪の「日本料理 かが万」で働いていた富山時代の後輩が、電話をくれたんです。いま「かが万」で料理人を募集してますよ、と。面接に行ったら、ただ「いつからくる?」「5月からいきます」「わかった」…それだけでした。そしてそのまま店長クラスの人がカウンターに案内してくれて、料理を食べさせてくれたんです。そのときに「なんておいしいんだろう」と思ったんですよね。

正直、それまでのぼくは「日本料理とか懐石料理よりは焼き肉のほうがよっぽどおいしいのに」と思っていたレベルでした。このときに初めて「日本料理ってこんなにおいしいのか」と。「懐に石と書いて懐石料理」とか、知識として知ってはいたことも、本当の意味はわかっていなかったんです。大阪に行って、すべての意味がわかりました。


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ホタルイカの焼き物肝醤油掛け。滑川産の上等なホタルイカを、春を感じるギョウジャニンニクと合わせて炭火で炙り、花山椒を添えた一品。

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ホタルイカとのペアリングは、富山市・桝田酒蔵店「満寿泉『寿』令和3年Platina」純米大吟醸。

 

料理人にとって一番大事なもの

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——「かが万」に入ってからはいかがでしたか?

山崎:もう10~20年以上もおやっさんについていっている人たちがごろごろいて、びっくりしました。全員で50人ぐらいのスタッフがいて、店長会議、中堅会議とか、いろんな層があることにも驚きました。

毎日、仕込みの最中におやっさんがカウンターに来て「あれ作れ」「これ作れ」と指示を出すんです。2週間に1度は、おやっさんとおかみさん、店長クラスの人たちの前で試食会もありました。そこで合格しないとお店では料理を出せません。すべてをチェックされて、器を変えたほうがいいとか、サイズを変えようとかを話して。そこでは5~6年ほど働きましたね。


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日に日に温かさを増す季節に合わせ、見た目からも涼を楽しめる盛り付けに。

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——高いレベルの職場だったのですね。

山崎:そのころは大阪の「吉兆」さんや滋賀の「招福樓」さんを追い抜け、追い越せという感じで、みんな一生懸命でした。おせち料理を何百個と作るときも、1つ1つに入念なチェックと修正を入れるような細かさでした。

——山崎さんが「かが万」で得たのは、どんなことでしたか?

山崎:よく、おやっさんとお客さんの会話を聞いていたんです。おやっさんが「吉兆さんや京都の千花さんで料理を習いましたよ」と話しているのを聞いたら、すぐ「千花さんってどこやろな」と調べて、食べに行って。

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——会話から盗んで覚えていたのですね。

山崎:当時、自分は「いまは白紙の人間だ」と思っていたんです。大阪に来て初めて日本料理の良さがわかったぐらいのレベルの、物の見方もわかっていない状態だと。だから変な癖がつけるのはよそうと、当時有名だった京都の「桜田」と「千花」、滋賀の「招福樓」、大阪「吉兆」の4店だけに絞って勉強しました。

かが万のおやっさんが言っていたのは「本当にここの店がいいと思ったら、1回や2回行ったって、本当に特徴なんかわからない。だから通え」と。だからぼくも「桜田」には必ず毎月通っていました。


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白海老と長芋の煮こごり花山葵。4月から漁が解禁となる白海老を主役にした一皿。富山湾で獲れた車鯛の昆布締めの上に白海老と長芋のにこごりを乗せ、梅肉と花山葵を添えている。

——まだ20代という若さで、すばらしい判断と行動ですね。

山崎:それぞれのお店で「料理人にとって、何が一番大事か?」という質問を聞いて回ったんです。いろいろな答えがありました。「千花」のおやっさんは「情熱が大事だ」。「桜田」さんでは「掃除もできんやつは料理なんかできない」。「吉兆」さんは「招くっていうことが大事だ」と。

——一流の料理人さんのお言葉、それぞれに重みがあります。

山崎:「かが万」のおやっさんにも聞いてみたいと思いました。ちょうど、「かが万」では週に1度レポート提出の機会があったので、ぼくは自分の名前は書かずに「おやっさんは、何が一番大事だと思いますか?」とだけ書いて、箱に入れたんです。

そうしたらおやっさんに呼び出されて、言われたのが「一番大事なのは、人間だ」と。「掃除も大事、招くことも大事、情熱も大事。でも全部ひっくるめた人間が一番大事だ」という答えだったんです。そのときの言葉は、いまでもよく覚えています。

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白海老と合わせたのは、富山市・富美菊酒蔵「羽根屋 富の香」純米吟醸生原酒。

 

退路を断ち、勢いだけで始めた店

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——その後、独立してお店を立ち上げられるのでしょうか?

山崎:父が糖尿の合併症になって相当危なかったこともあり、とにかくすぐに店を出したいと思ったんです。それで1996年、30歳のときに、ここを始めました。

——では、中学生のときに掲げていた目標を達成したのですね。

山崎:そうですね。いま座敷席にかけている掛け軸なんかも、そんなに大層なものじゃないですけど、24歳ぐらいから買い揃えていました。

料理長を経験したこともないから、そのときはもう勢いだけですよ。最初は小さい場所で始めて、地道にお金を貯めながらゆくゆくは料理屋を出す人もいますが、自分は最初から大きい借金をしてこういう店を構えてしまおうと思いました。大変なほうを選びました。もう逃げ道がないですし。

——退路を断ったわけですね。30歳でその決断はすごいです。他の道に行きたいなとか、やっぱり料理の道をやめようとか思ったことは?

山崎:一切考えたことがないです。


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昼のコースは11,000円~、夜のコースは19,800円~で要予約。日本酒は富山県のものを中心に厳選してそろえている。ほかお弁当メニューもある。

——オープン当初の反響はいかがでしたか?

山崎:最初は、自分の卒業アルバムを見ながら案内状を送るぐらいしかしなかったので、10月22日のオープンから11月ぐらいまでは完全に暇でした。休憩はとらず、夜中2時まで営業していたけど、誰も来ない状態で。

あるとき気の利いたお客さんが来て気に入ってもらって「名刺ちょうだい」と言われて…そのうち12月半ばぐらいから急に予約殺到したんです。来てくれたお客さんの口コミと、名刺をばらまいてくれたおかげかなと思っています。

——どんな思いでお店を始められたのですか?

山崎:自分が京都の店に通って感動したことを、富山のお客さんに味わわせてあげたいな、という思いですね。もちろん値段の違いはあるけれど、こういう店とこういう料理で、その感覚だけでも…と。

ただ、少し後悔もしました。ターゲットをもっと絞らないといけなかったし、座敷席も接待で使えるような造りではなかったので。最初ミシュランに載ったときは、まだ4000~5000円の価格設定の店だったんです。最初からいまのような状態にしておけばよかったです。お客さんが何組も入ってしまって、バタバタでしたから。

——そこからは価格設定を含め、変化をしているのでしょうか?

山崎:そうですね。だんだんと少しずつ、時代の流れと一緒に変わってきた感じです。お客さんから言われることを気にしながら、ですね。いまはこういう状況で、お客さんも3組以上はとらずにやらせてもらっています。カウンターだけに集中して一斉スタートができるので。ここはここなりの良さを出して行こうかなと。まだまだ店内は直したいところがいっぱいありますが(笑)。

 

富山の人に喜んでもらえる店でありたい

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——いま、お客さんは県内の方と県外の方、どのぐらいの割合でしょうか?

山崎:半々ぐらいです。

——富山の食材の魅力として、どんなところを感じていますか?

山崎:自分は、そこまで富山だけにこだわっていないですね。淡路や明石の魚を使っていたときのほうが豊富でしたし、富山は富山の良さがあるなという感じです。もちろん、素材は極力富山のものを使うようにはしていますが、もし富山産のものがあまりよくなくて、石川や新潟のほうがよければ、いいほうを使ってお客さんに出したいです。

器でも、富山の作家さんで自分が気に入った作品があれば使いたいなと思います。ですが、富山の作家ものばかりを使って店をしようとは思っていないです。でないと、何のためにこれまで器の勉強をしてきたかわかりません。自分が見ていいなと思ったなら使います。たとえ魯山人の本物だったとしても、いいなと思わなければ買いません。


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——お考えがよくわかります。ところで「日本料理 山崎」が出てきたことで、富山県の食のレベルがひとつ上がったようにも思えますが、ご自身ではどう思われていますか?

山崎:まったく気にしていないです。ただ、昔から同業者の人たちが「富山にいたんじゃだめだな、京都にでも行ってこい」とか「京都はすごいぞ、いろんなやつがいっぱいおるし、素材もいいし」みたいなことをよく言っていたんですよ。

なぜそんなことを言うのか、ぼくには意味がわかりませんでした。同じ人間なのに、どんな理由で京都の人間が特別で、富山の人間がだめなのか。そんなバカなことは絶対にありえない。料理を作る人間がしっかりしていれば、京都だろうが富山だろうが一緒だ、と反発していました。それはずっと自分自身に言い聞かせてやってきましたね。「いつか都会の店と張り合ってやるからな!」って、心の中で、ずっと。


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山菜の炊き込みご飯。富山県氷見産の筍と、八尾や魚津、上石などで採れる山菜をたっぷりと使用。この日の山菜は魚津のコゴミ、タラノメ、ワラビ。味に深みを出すため、ひじきを入れているのが山崎さん流。

——このお店はまさに、そのことを証明する存在ですね。今後はここをどのように展開していきたいですか?

山崎:富山の人も、県外の人も、海外の人も来てくれればいいなと思っています。それから時代の流行りに乗るのではなく、自分の店として、自分にしかできないようなことをやっていくことですかね。

そしてこれからも、富山県の株を上げられるような店にしたいなとも思っています。ミシュランを取ったときに富山県の人たちがすごく喜んでくれたから、もっともっとお返ししたいなという思いもありますし、「富山にこんな店があってよかった」と言ってくれる人もいるから、その期待を裏切りたくないなと。


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土鍋で炊いた山菜ご飯を盛りつけるのは、京焼・乾山写春草向付。器からも春を感じられるのが嬉しい。

——それは富山の人にとっても嬉しいでしょうね。

山崎:一番になりたいとか、そういう思いはあまりないですね。オリンピックみたいに金メダルもらったから一区切りではないじゃないですか。三ツ星をもらって、その次の日にまずいものを出してしまったら…。「期待して来たのにこれかよ」と言われたらもう、それで終わりですから。

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ご飯ものながら、日本酒とも相性のいい一品。富山県南砺市・成政酒蔵「魂を醸す」玉栄特別純米を合わせて。

 

では、最後に…。
山崎さんにとって「おいしい」とは——?

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山崎:喜びにつながるものですね。おいしいと思ったときって、嬉しいし、元気になります。自分がいいなと思うものをお客さんに出して、さあどんな反応になるか。そのときに喜んでくれたら、おいしいが伝わったんだなと思います。

それから、贅沢なものとおいしいものはまったく違います。高級食材がすべてじゃない。白ごはんと味噌汁と漬け物でも、本当に素朴な卵焼きでも、十分おいしいです。

ぼくは、食材のいいところばかり追求するのではなく、腐りそうになっている野菜ものをおいしく炊いてまかないで食べたり、そっちを鍛えることをしないとだめだなと思っています。いいところを使ってお客さんに出すのもいいけれど、それ以外はゴミ箱に捨てるとか、そんなわけにいかないじゃないですか。そうでない部分もおいしく調理して出す腕を磨かなければいけませんね。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽

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