「おいしい」を生み出す、器と料理のぶつかり合い。

常識を裏切り、見る者の想像を超える器を。 釋永岳さん

北陸
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おいしんぐ!編集部

土や木などの自然を想起させる色合いと、しっとりとした独特の質感を持つ丸い器。黒革かと見紛うような、ごく薄くシンプルなシャーレ皿。手に持つと驚くほど軽く、口をつければすいっと心地よく酒が呑める杯…。繊細ながらも大胆で、型破りだけれど定番の佇まいがある。常識を裏切り、見る者の想像を超える器を生み出しているのが、いま全国の料理人から注文が絶えないという、釋永岳さんだ。

富山で生まれ、東京藝術大学で彫刻を、京都の陶工学校で陶芸を学んだ後、実家の窯元で経験を積んだ。富山の銘酒「満寿泉」の蔵元・桝田隆一郎さんから誘われ、富山市東岩瀬町で自らの工房とギャラリーを構えたのは15年前。だが、はじめの5~6年はほとんど作品が売れなかったという。試行錯誤をしながら自分の器と向き合い続けた末、もともと好きだった彫刻の技法を取り入れた器などが生まれ、やっと人から認めてもらえるものができ始めた。

現在、岩瀬はもちろん日本各地のレストランで釋永さんの器が見かけられる。ブレイクのきっかけとなったのが、富山の食材を使い、富山の作家の器に盛り付けて新しい地方料理を発信しているレストラン「レヴォ」谷口英司シェフとの出会い。釋永さんが作り出す“誰も見たことのない器”に、谷口シェフが“誰も食べたことのない料理“で応える。お互いの個性を全力でぶつけ合った皿が評判を呼び、広まっていったのだ。

「料理を盛る器を作るためには、ものの味がわかっていることが大切です」と、釋永さんは話す。岩瀬のギャラリーにお邪魔し、魅力ある器の数々を前に、料理人と仕事をする楽しさや器作りについての考えを聞かせていただいた。

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外観 おいしんぐ!編集部


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釋永さんのギャラリー。富山市東岩瀬の古き良き町並みを再現したメインストリート沿いにある。

シェフの料理とのぶつかり合い

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1978年生まれの釋永岳さん。物腰がやわらかく、気さくで飾らない笑顔が印象的だった。

——利賀村のレストラン「レヴォ」で、釋永さんの器とともにおいしい料理を味わいました。小さな鉢に入った大門そうめんは、この形だからこそスープの香りが立ち上ってきて、本当においしかったです。

釋永:ぼくも先日食べました。世界一うまいそうめんですよね(笑)! 


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——この器は手に持った感じが、想像を超えて軽いですよね。触り心地もまるで木のような、それでいて金属的な雰囲気もありますし…不思議な魅力があります。

釋永:普通の陶器に、金属質に見える釉薬を調合してかけています。「ドラゴンボール」って名付けているシリーズです。

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谷口シェフのレストラン「レヴォ」でも使われている「mars bowl」。

——この中にそうめんを入れるという「レヴォ」の谷口シェフのアイディアも面白いですよね。

釋永:谷口シェフの面白いところは、「こういうものを作ってくれ」と一切言わないことなんです。「岳さん、カッコいいやつちょうだい!」だけ(笑)。ぼくのものを嫌だといったことは一度もありませんし、ぼくが持っていくものは全部買うというスタンスで。だからぼくの作るものと谷口さんの料理とのぶつかり合いですよね。料理で、いいふうに変化させてくれるのも楽しみなんです。

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ギャラリー内には、定番の作品から新作までが並ぶ。どれも強い個性を放つと同時に、毎日でも使いたくなる「定番」の佇まいを備えている。


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——釋永さんの器、とくにこの「アージュ」シリーズのお皿などは、東京のレストランなどでも使われていますよね。

釋永:いま、ぼくが作っているうちの95%ぐらいがシェフの器です。5%ぐらいが個人のお客様からのオーダーメイドです。ここに並んでいるのはほとんど定番のものですが、中でもぼくはこの「アージュ」シリーズで最初にみなさんに知っていただけたなと思っています。


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——「アージュ」はどのようなコンセプトなのでしょうか?

釋永:日本人ってなぜか、高台(こうだい/茶碗や椀などの底にある輪状の基台)を見ますよね。手に持ったら絶対に、裏返して後ろを見る。古典落語にもそういう話があるし、世代を問わず若い子たちでもやります。日本人のDNAなのかもしれない(笑)。これは「そんなに見るんだったら、高台を表にしてやるよ」っていう発想で作りました。つまり、デザインは高台そのままなんです。

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土や木を思わせ、荒々しさを感じる「age」シリーズ。エイジングにより濃淡が増していく。

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——裏を表に…! それが誰もやったことがない新しいことだった、と。

釋永:「アージュ」は英語のageをフランス語読みにしているんですが、age(エイジ)、つまりエイジングをしていく器なんです。使っていくにつれて、色の濃淡がはっきりと出てきます。谷口さんのお店では毎日毎日使われるわけですから、かなり変わってきているでしょうね。油が染み込んだりするし、しっとりしてきているかもしれません。

——釋永さんの作品を見ていると、どれも「しっとりとした」という表現が合いますね。

釋永:ぼくのって、ものがのらないと作品が伝わらないぐらい“どシンプル”なんです。料理や野菜でもなんでもいいんですけど、それをかっこよく見せられるものを考えたときに、独特のテクスチャーがあって、基本的にはピカピカした感じよりもしっとりした水っぽいようなもののほうが、料理が魅力的に映るなって思うんです。

——なるほど。そしてこちらのお皿は、レザーのように見える面白さがありますね。

釋永:「gen(玄)シリーズ」です。岩瀬へ来る前に、自分らしい彫刻作品を作るために釉薬を作っていたとき、自分ではじめて「かっこいいな」って思えた釉薬を使っています。長年ずっと温めてきて、このシリーズで出してみました。


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特殊な釉薬により、レザーのような質感を出した「gen」シリーズ。

 

「センスがない」と言ってくれた人

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——岩瀬に住んで、どのぐらいですか?

釋永:ここに来てからは15年です。

——どんなきっかけで、この町に?

釋永:ぼくはもともと、大学で彫刻を勉強していました。それなりにいい大学だと思うのですが、デザイン学科とか以外は、卒業しても就職先で苦労することもあります。

——たしか東京芸術大学をご卒業でしたよね。

釋永:はい。3年生のときに進路のことでいろいろ考えました。焼き物屋の息子だし、飯を食っていくには焼き物もできたほうが便利かなとか。焼き物とはいえ土で彫刻を作ればいいだけの話だから、2つの技法を持っていられるのはいいかもなとか。

それで、卒業後に京都の陶芸学校に入り直しました。カリキュラムをこなしてOKをもらえないと次に進めないような、とにかく厳しい学校で、卒業できずに辞めてしまう人もいました。そこをなんとか卒業し、23歳で富山の実家に戻りました。

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釋永:山から土を掘って不純物を取り除いて、ろくろの上に乗る前の陶土を作るような、完全なる下仕事を3年ほどやりました。そんなときに、父も親しかった桝田酒造店の桝田さんに「いま、町を作っているからさ。ちょっと見にきなよ」と声をかけられまして。実際に見に来たときに「ここでやってみたら?」って誘ってもらって、3ヶ月ぐらい悩んだ末に、岩瀬に来ることを決めました。

ただ、独立はしたものの、実質なにもできないし、飯も食える状態じゃなくて。妻が働きに出てくれて、ぼくは夜はパチンコ屋でバイトをしていました。

——そんな時期があったのですね。そこから、どんな変化があったのでしょうか。

釋永:ぼくを一番変えてくれたのは桝田さんでしたね。まず、ぼくにセンスがないということを教えてくれた人です。

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——センスがない、と!?

釋永:それまで、ぼくは大学の名前で判断されてしまう人生でした。「芸大を出ました」なんて、恥ずかしくて芸大出身者は自分から言わないんですよ。でもどこに行っても「あいつは芸大出たから調子に乗ってる」とか…焼き物の学校でも入学してから卒業するまで先生方に言われ続けましたし、ここへ来た当初も他の作家のみなさんに言われました。

でも桝田さんは「岳くんさ、芸大出たくせにほんとセンスないよ。何もわかってないよ」と。自分は何も知らないんだ、ということを教えていただきましたね。

——直接言われるというのは、精神的に辛いですよね。センスのいい悪いというのも正解が見えにくいですし…。

釋永:いや、ほんとにノイローゼの一歩手前ですよ(笑)。桝田さんの言っていることが英語よりも難しかったです。何を言われているかわからない、宇宙語にしか聞こえない。桝田さんにも、桝田さんのお父さんである会長にも、「この作品を売りに出すのはよくない。売るぐらいなら全部割って壊したほうがいい」って言われて。3ヶ月ぐらいかけて一生懸命作ったものを、毎回ひと窯ぶん割っていましたから。それを5年ぐらい続けました。

——5年もですか!

釋永:だからパチンコ屋で働いていたんです。妻にはいまだに借金を返せていません(笑)。

 

毎日のように酒を飲み、完成した杯

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——その状況から脱したターニングポイントがあったのでしょうか?

釋永:最初に「いいね」と言ってもらえたのは、この「呑みすぎる杯(さかずき)」シリーズです。それまでは桝田さんから「君は酒飲みなのに、おいしい杯が作れないよね」って言われ続けていて。もっと酒を飲めということで、毎日のように「満寿泉」のプラチナや熟成がうちに3~4本届くんですよ。


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日本酒をよりおいしく飲むために、ごく薄く軽量化した「呑みすぎる杯」。お酒を注ぐと光が反射し、中の酒が透けて見える。

——そんな高級なお酒が…。桝田さんも応援してくださっていたのでしょうね。

釋永:ぼくも酒好きなので、それを毎日のように飲んで…。究極は「酒だけをわしづかみにしていることが理想だ」というところに辿り着いたんです。

この杯、すごく軽いんですよ。形はどシンプルで、紙コップみたいにしました。これが「満寿泉」プラチナには一番おいしいと思ったんです。口造りが薄いので、すっと酒が口に入っちゃって、これで飲むとみんな大酔っぱらいです(笑)。

——ネーミングも面白いです。

釋永:もうひとつが先ほどの「アージュ」シリーズです。もう無理だ、やめようという感じまでいったときに、どうせならせめて自分の本当に好きなものを作ろうと思って、また彫刻を作り始めたんです。そんなときに、彫刻のテイストで作ってみたお皿がこれでした。

もともとは人に譲るつもりもなかったんですけど、うちにご飯を食べに来たモデリスト(洋服を作る人)の滝沢滋さんがお買い求めくださって。その後、ある雑誌の「私の一品」みたいな企画で載せてくださったんです。そこから問合せがちらほら見え始めました。

——もともとやっていた彫刻のテイストを活かしたお皿でもあったのですね。

釋永:そして決定的なきっかけになったのが、ちょうど同じ時期に富山県で開いた展示会を見て来た谷口シェフ。そのときはまだ他のレストランの雇われシェフだったんですけど、「今度新しいお店を出すんだけど、富山のもの以外は使いたくない。岳さんに器をお願いしたい。全部、好きなようにやってくれ」と。

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——谷口シェフは最初から潔いですね!

釋永:もうプレッシャーでしかなかったです(笑)。でも、ぼくも自分のビジョンとして、どういうふうに自分のものを使ってほしいかを考えたときに、プロの料理人と仕事をしたいとはずっと思っていたんです。谷口さんは使い始めてすぐ「岳さんのは、ものをのせたら映えるよね」と言ってくれました。ぼくの作るちょっと変な皿とか重くて使いにくいような皿もすんなりと受け入れてくれて、そして宣伝もしてくれて。

——人気レストランで使われること自体が大きな宣伝ですよね。

釋永:そうです。谷口さんの店に日本中からシェフたちが来て「こんな器は見たことない」と。そして「レヴォ」の帰りにここへ寄ってくれるんです。毎週のようにシェフが何人もきて、「このお皿を20枚お願いします」「ぼくも10枚」みたいな感じで…そこからはてんやわんや状態でした。

最初は「こんな茶色い器、みんなに気に入ってもらえるのかな?」と自信がなかったんですけど、「あ、やってることは間違っていなかったのかな」って。認めてもらえたな、と自信がつきました。ぼくはいまも、呑みすぎる杯とアージュのおかげで暮らしているといっても過言ではありません。

 

大切なのは、味をわかっているかどうか

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——辛い期間も長かったでしょうけれど、やっと抜け出せたのですね。

釋永:類似していたらだめ、2番煎じはだめ、ぼくがやる意味がなければだめなんですよね。ぼくの恩師である備前焼の金重有邦先生が「大切なのは、ちゃんと味をわかっているかどうかだよ」とおっしゃっていたんです。つまり大根ひとつでもなんでもいいけど、「うまい」っていう味を、ちゃんと理解しているか。じゃないと、うまい器をつくれるわけがない、と。

これは岩瀬へ来る前に言われた言葉なんですけど、これって桝田さんと同じことを言っていますよね。料理人の力を借りながら、食べること自体をデザインしなければいけないのがぼくたちだと思うんです。だからよく聞く「料理をのせて(視覚的に)完成です」という言葉、ぼくはきらいです。何がのっていて、どういう味をしているかがわからないと作れないですから。

ぼくも食べたり飲んだりするのが好きですけど、ただ何も考えずに食べるのはやめようと心がけています。もちろん、難しく考えすぎるのもよくないですが、何かを「感じる」ことは大切だなと。


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——器を作るためには、食べるものの味を理解していなければならない…。とても深い世界ですね。

釋永:「岳くん、いろんなことせんでいい。丸でええんじゃ」と言ってくれたのも金重先生です。だからぼくの器って、ほとんど丸の器ばっかりじゃないですか。

——はい。丸いからこそ、釋永さんの強い個性が引き立っているように感じます。

釋永:それまでは、ただの丸で自分を表現できるとは思っていなかったんです。だから菱形だったり、変な楕円形だったり、ぐっちゃぐちゃしたものをいっぱい作っていました。だって、ろくろで作れば誰が作っても丸じゃないですか。みんなそれが嫌で、ちょっと曲げて作ったりするんですけど…。本当にその言葉の意味をわかることができたのは、ここへ来てから5~6年後でしたね。

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現在考えている新作のひとつで、黒い土に青い釉薬を重ねた器。まっ暗闇の中の月の輪熊をイメージして作った。

——ところで釋永さんの肩書は陶芸家なのでしょうか、アーティストなのでしょうか。お話をしていて、どれも当てはまらない気がしました。単純に「釋永岳さん」だといいますか…。

釋永:あ、もうそんなかんじです。窯の名前もないですし。一応、表向きは作家・釋永岳なんですけど、もうそれも捨てようと思っています。いまは「GAKU」というブランドを作ろうと思って動いています。


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——では、今後はブランドを作っていきたいと?

釋永:はい。つまり、人を育てるということです。もちろん最終的にはすべてぼくの手を通り、ぼくのところで焼くんですけど、たくさんの数の注文が入る定番のものなどは、ある程度他の人に作ってもらってもいいのかなと。いまもお客さんにはオーダーから1~2年もお待たせしてしまっていて、それも心苦しくて。

まだ何年かはかかると思いますが、これからは少しずつブランド化して、ある程度は人を信じて任せる。そしてぼくは次の新しいものを生み出していく時間がほしいなって。いま、新しいものを作りたい欲が強いんです。

 

では、最後に…。
釋永さんにとって「おいしい」とは——?

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釋永:ぼくにとっての「おいしい」ですか? 考えたことないなあ。…あ、思いつきました! おいしいと思うときって、裏切られたときです。自分の想像を超えてきたときです。「うわ、やられた! うまい!」って。間違いなくそうですね。

——たくさんの料理人や生産者の方々にしてきた質問ですが、「裏切られたとき」と答えた方は初めてでした。

釋永:もうひとつ思いついたのが、サプライズです。大学生のとき、卒業制作の展示会でひどい作品を作ったんですよ。みんなは裸婦像とかを真面目に作っているのに、ぼくはめちゃくちゃでっかい般若のお面を作って「入り口の一番目立つ場所を使わせて」って頼んで、展示したんです。

何がしたかったかというと、人の心にどれだけ印象を残せるかっていう実験をしてみたくて。見に来たお客さんたちが「これが芸大なのね」みたいな感じで帰っていくなかで、「あの入り口にあった作品は、ないよね~」「あれはひどいよね~」って。ぼくが食堂でご飯を食べていたら、そんなことをみんなが話しているのが聞こえるんですよ。

そこでぼくはすかさず「すいません、作ったのはぼくです!」って(笑)。でも、もう、ぼくの勝ちなんです。もう話題になっているし、心に残っちゃっているので。

——そのお話を聞いてから釋永さんの器を見ると、どの器もまさにサプライズですよね。

釋永:ええ。焼き物屋だってみんなわかっているはずなのに、かなりの確率で「これって木ですか?」「コルクですか?」「革ですか?」って聞かれますよ。もう、ぼくの勝ち(笑)。サプライズも、いい意味の裏切りといえるかもしれませんね。そういう楽しみをこれからも作っていきたいですし、いまもずっと探し続けています。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽

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——おいしい体験は、毎日をもっと楽しくする——と信じて。