山菜を育てているような気持ちでいることが大切。

手つかずの自然が残る五箇山で、春を告げる雪解けの山菜を探しに。 上田明美さん

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手つかずの自然が残る五箇山で、春を告げる雪解けの山菜を探しに。 上田明美さん

おいしんぐ!編集部

フキノトウ、コゴミ、タラの芽、ゼンマイ、葉ワサビ、コシアブラ、ギョウジャニンニク(行者)…。長い冬を越し、日ごとに温かさを増す富山県南砺市(なんとし)利賀村(とがむら)の山道では、分厚い雪の下で寒さに耐え続けてきた山菜たちが、次々と葉や新芽を出し始めていた。

富山駅から車を走らせること約1時間30分。利賀村は富山県南西部、越中五箇山の一部に位置する人口500人ほどの村だ。標高1000mの山々に囲まれ、村の面積の97%は森林だという。

この付近で採れる山菜を使ったおいしい家庭料理を作っているのが、上田明美さんだ。利賀村へ嫁いで35年。建築業のご主人をサポートするかたわら、山菜採りの知識と料理の腕前が評判を呼び、現在は宿泊施設「まれびとの家」や地域のイベントなどで山菜のおいしさと魅力を人々に伝えている

4月下旬のよく晴れた朝、上田さんの山菜採りに同行させていただいた。ぬかるんだ足下や傾斜のきつい山道も、慣れた足取りでひょいひょいと軽やかに進んでいく。鎌を素早く動かしたかと思えば、あっという間に、手には山菜の束が。「葉ワサビはしょうゆ漬けにするといいのよ」「アザミは粕汁に入れてもおいしいの」と、顔をほころばせながら教えてくれる。

人の手が加えられていない山の中で、自然に育つ山菜の魅力。山に分け入り、じかに手で触れることで、お店で山菜料理をいただくだけでは味わえない感動と、自然の恵みに対するありがたさを改めて実感させられる。このインタビューを読めば、レストランや食卓に並ぶ山菜がきっと何倍にもおいしく感じられるはずだ。

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おいしんぐ!編集部


おいしんぐ!編集部
おいしんぐ!編集部

4月下旬。雪解けした山道には、さまざまな山菜が顔を出していた。

 

雪解けの利賀村で、山菜採りを体験

おいしんぐ!編集部
標高1000m以上の山々に囲まれた利賀村。上田さん夫妻はここで、伝統的な合掌造りの家に暮らしている。

——上田さんは普段、このあたりで山菜を採っているんですか?

上田:はい。家から車で2~3分ほどの、うちの山の道沿いで採れるんです。桜の時期だとまだ早くて、桜が終わって山の木が1日1日と緑色になってくる頃が山菜のシーズン。「ああ、あのあたりが緑になっているということはコゴミがそろそろ出てきているな。そのうち、コシアブラが出て来るぞ…」みたいな感じで、この年になっても、わくわくするの。


おいしんぐ!編集部
おいしんぐ!編集部

——うらやましいかぎりです! さっそくですが、山菜採りの基本を教えていただけますか?

上田:必ず手袋をすることと、足下に気をつけること。ぬかるんでいるので長靴がいいですね。夢中になってくると目当ての山菜しか目に入らなくなって、周りの木の枝で目を突いてしまうことがあります。十分気をつけるようにしてください。

そして、山菜は人間が育てているものではありませんから、全部を採らないこと。一度に全部採ってしまうと翌年に生えてきません。私は必ず1~2本を残して取るようにしていますし、お客様にもお伝えしています。山菜を育てているような気持ちでいることが大切なのかなと。私もここへお嫁にきたときに、近所の年配のおじさんに教えていただいて、それをずっと守っています。


おいしんぐ!編集部
おいしんぐ!編集部

——我々のように外からお邪魔する場合には、上田さんのような地元のガイドさんに付き添っていただき、教えてもらいながら楽しむことが必須ですね。

上田:ではさっそく採っていきましょう! そこに出ているのはギョウジャニンニク。冬眠から目覚めた熊が食べる草です。肉と一緒に炒めるとおいしいですよ。見かけがよく似た毒草もあるので、注意してくださいね。茎の根本のほうが赤く、切ったときにニンニクの香りがしたら本物のギョウジャニンニクです。


ギョウジャニンニク おいしんぐ!編集部
ギョウジャニンニク おいしんぐ!編集部

上田:こっちはクレソンと葉ワサビ。葉ワサビはさっとゆがいてしょうゆ漬けや粕漬けにして食べます。葉っぱがつやつやして、葵の紋みたいなかたちをしていてきれいですよね。クレソンは苦いから、私はあまり好きじゃないんだけど…(笑)。

クレソンと葉ワサビ おいしんぐ!編集部


クレソン おいしんぐ!編集部
クレソン おいしんぐ!編集部


葉ワサビ おいしんぐ!編集部
葉ワサビ おいしんぐ!編集部


ワサビ菜の花 おいしんぐ!編集部

——こんなふうに、道端に生えているんですね。クレソンもフレッシュでおいしいです!

上田:ワサビ菜のお花も咲いていますね。白くてきれいな花でしょう。この花も食べられるんですよ。茹でたり、天ぷらにしたりして楽しみます。

これはヨモギです。この時期、あまり大きくならないうちに新芽を摘んで、草餅にします。香りが強いので、天ぷらにするときはほかの野菜を揚げてから、一番最後にやるようにと教わりました。


ヨモギ おいしんぐ!編集部
ヨモギ おいしんぐ!編集部

上田:アザミは刺があるので取るときには気をつけて。この辺りでは、湯がいて粕汁に浮かせて食べることが多いです。香りがとてもよくて、この粕汁を食べると「今年も春がきたな」と感じるんです。


アザミ おいしんぐ!編集部

——春を告げるアザミの粕汁…最高ですね!

上田:コゴミもたくさん出てきましたね。ぽきんと折れますから、1本1本、反対側に倒して折ってください。茎にねばりがあって、おいしいですよ。さっと湯がいてパスタにまぜてもいいし、シンプルに胡麻ドレッシングをかけるだけでも十分おいしいです。


コゴミ おいしんぐ!編集部
コゴミ おいしんぐ!編集部


コゴミ おいしんぐ!編集部

——地面に並んでいる、この木はなんですか?

上田:これはシイタケを植えてある原木です。もう少ししたら出てくると思いますよ。炒めものにすると、香りがたっておいしいの。


原木 おいしんぐ!編集部
原木 おいしんぐ!編集部


原木 おいしんぐ!編集部
原木 おいしんぐ!編集部

上田:そこに、タラの芽もありますね。枝に刺がいっぱいあるので、必ずゴムの手袋をしてください。これも全部摘んでしまうことがないように、中心を残して採るようにしています。


タラの芽 おいしんぐ!編集部
タラの芽 おいしんぐ!編集部

上田:あそこの茂みにあるのはコシアブラです。木が白いのが特徴だから、目が慣れてくるとわかるようになりますよ。ちょっとまだ小さめだけれど、明日か明後日ぐらいにちょうど食べごろになりそう。木がしなやかに曲がるので、片手で倒しながら先端についた芽を取ります。


コシアブラ おいしんぐ!編集部
コシアブラ おいしんぐ!編集部

——タラの芽やコシアブラがこんなふうに枝先に付いているんですね。自然の中で育つ姿を見られるのが、本当に楽しいです。

上田:ゼンマイには、男ゼンマイと女ゼンマイがあるんですよ。シダがモコモコと丸まって、ぷっくりしているのが男ゼンマイ。料理に使うのは薄っぺらい女ゼンマイ。これも絶やしてしまうことがないように、男と女を1本ずつ残して採るようにしています。


ゼンマイ おいしんぐ!編集部
ゼンマイ おいしんぐ!編集部


ゼンマイ おいしんぐ!編集部
ゼンマイ おいしんぐ!編集部

上田:いまちょうど、フキノトウも出てきています。黄色い花が咲くのが雄花、白っぽい花が雌花。つぼみのかたちも違うんですよ。


フキノトウ おいしんぐ!編集部
フキノトウ おいしんぐ!編集部

——案内していただき、ありがとうございました。たくさんの種類が採れましたね。

上田:毎年だいたい3月までは雪が残っているんですけど、今年は雪解けが早くて、桜の開花も10日ぐらい早かったんです。今日も、こんなにたくさん見つかると思っていなかったけれど、けっこう採れましたよね。

山菜は冬の間に雪の下で栄養分を蓄えていて、雪が解けると自然に生えてきます。利賀はとくに雪深い地域だから、山菜も雪の下でたくさん栄養分を蓄えながらガマンしているんです。栄養を溜めこんで溜め込んで、雪が溶けたら一気に伸びる。だからこの辺りの山菜はとくにやわらかいと聞いていますし、私も実際そうだなあと感じています。

 

山菜が、気持ちをポジティブにさせてくれる

おいしんぐ!編集部

——上田さんは利賀村に何年暮らしているのですか?

上田:私は出身が石川県で、ここへ嫁いできて35年ほどです。山奥だとは聞いていたけど、初めて来たときに崖っぷちをくねくね回って行くような場所だったからびっくりして…。もしもこういう場所だと知っていたら、お嫁には来なかったかもしれない(笑)。

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おいしんぐ!編集部
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——山菜との出会いはいつだったのですか?

上田:ここへ来る前から山菜採りは好きなほうでした。でも、実家のほうで見ていたのはワラビかゼンマイぐらいで、こんなに立派なウドとかは見たことがなかったですね。山菜なんて、山で採れるただの草だと思っていましたから。まあ実際、草なんですけれど(笑)。

もう亡くなってしまった主人のお父さんがよく、大量のキノシタ(モミジガサ)を抱えて帰ってきていたんですよ。私も最初は「また草なんか持ってきて」と不謹慎にも思っていました。キノシタを湯がく時にアルミの鍋に灰汁がついちゃって、それを落とすのがいやでいやで…。

でも、ある年に春になって最初に採れたキノシタを食べたとき、初めのひと口で「なんておいしいんだろう」と思ったんです。さっと湯がいて酢をかけただけ。でも最高においしいんですよ。いまは春が来るとキノシタが食べたくて仕方がなくなるくらい好きになりました。


おいしんぐ!編集部
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——暮らしているからこそ感じるおいしさがあるのですね。

上田:いま、普通の野菜は季節に関係なくいつでも食べられるようになっているけど、自然に生えてくる山菜には、必ず旬があります。だから食べる人も、よけいにおいしく感じるんじゃないですかね。

——上田さんにとって、山菜とはどんな存在ですか?

上田:一番楽しい気分になるものであり、ポジティブな気持ちにさせてくれるものですね。山菜があるからこそ、いまもこうしてみなさんと話すことができるし、東京では山菜料理を作るお仕事もさせてもらっている。こんなことをさせてもらって申しわけないくらい、ありがたいなと思っています。

山菜は、栄枯古来からの土壌が侵されていない環境で育つもの。木の葉が落ちて腐葉土になって、それを栄養にして出てくる。山菜って、本当の意味での有機野菜なんだと思います。だからこそ、私も自信をもってお客さんに出せるし、採るときは大事にしなくちゃならないなと思っています。

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この日に採れた山菜。フキノトウ、コシアブラ、タラの芽、コゴミ、ギョウジャニンニク、ウド、キノシタ、ノビル、アザミ、葉ワサビ、ゼンマイ、クレソン、ヨモギ、カンゾウなど。

 

利賀村に住んで、心がきれいになった

おいしんぐ!編集部

——上田さんから見て、利賀村はどんな場所ですか?

上田:カッコいいことを言いたいわけじゃないけど、私は利賀村へ来て心がきれいになったと思うんです。たとえば私が家を留守にしている間に、雨が降ったりすることもあるじゃないですか。でもね、一度も洗濯物が濡れたことがないの。すぐ近くに住んでいるおばちゃんが、自分の家の洗濯物を入れるよりも先に取り込んでくれて、しかも家の中には入らず、玄関にそっと置いて行ってくれるのね。そこの思いやりが、すごくありがたいなと。

おいしんぐ!編集部

——それは、素敵なエピソードですね。

上田:いま私がこうしてもらえているのも、上田家のご先祖さまが、地区の人にそれだけのことをやっていたからなんですよね。だからこそ、私もそれを返さなきゃと思うんです。そういう意味で、心がきれいになったと思うし、人に優しくできるようになったのかなと。

——そうして上田さんが、今度は他の地域から来た観光客をおもてなしする…。素晴らしい連鎖だと思います。

上田:人に来ていただくことを、負担だと思ったことはありません。お客さんが来たら「よう遠いところに来てくださった」、「さあ食べてかれ、食べてかれ」と言うのが利賀の人なんです。お嫁にきたばかりのときは、旦那の父が、家に来たお客さんに冷蔵庫にあるもの全部を出しちゃって。「私らが食べるものがないじゃない」と最初は思ったけど、自分もそうしてもらったりしながら、そういう地域なんだなとわかってきたんです。

おいしんぐ!編集部

——お客様を大切にする文化が根付いているんですね。

上田:山の人って、ほかに楽しみがないから、集まることが楽しみなんです。昔は冠婚葬祭も家でやっていて、たとえば、ある家でお葬式をするとなったら、ご近所の嫁たちは否が応でも3日なり手伝いにいかなきゃいけない。でも、そういう場で山菜の煮物の作り方を目で覚えることができるんです。年配のお嫁さんにああせい、こうせいと言われながらいろんなことを覚えていくし、自分の家の料理方法との違いを知って、それを身につけられるんです。

でも今は結婚式も葬式も式場でやるようになって、それがなくなりました。たしかに楽にはなりましたが、昔の伝承料理っていうのが廃れているんです。日本のどの地域でもそうじゃないかな。今はコロナで余計に集まれなくなったし、祭りもできないから、人間関係が薄れていくのがちょっと寂しいですよね。

おいしんぐ!編集部
2020年秋にオープンした「まれびとの家」の運営はVUILD社。上田さんがここで作る夕食や朝食、山菜採りツアーなども楽しめる。

——上田さんは現在、「まれびとの家」でのお料理を作るお仕事もされています。どんな経緯で、この場所ができたのでしょうか?

上田:実は本当に偶然なんです。以前、利賀村に拠点をもつ劇団SCOT(Suzuki Company of Toga・鈴木忠志主宰)の関連イベントに、私が「南砺七人衆」のひとりとして参加させてもらった際に、東京からイベント会場のデザインの仕事で来ていたのがVUILDという会社の秋吉さんでした。私の子どもと同じぐらいの若い方なんですが、彼がここの景色を見て「宿を作りたい」と言ったんですね。

私も「それはいいですね~」なんて話していたら、次の日に彼は図面を書いて持って来て。そのうち模型まで作ってしまって、「まれびとの家」の設計でグッドデザイン金賞を受賞したんです。それで、あれよあれよという間に実現して…(笑)。2020年の10月にオープンして以来、おかげさまでずっとお客様が途切れずに来てくださっています。


おいしんぐ!編集部
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富山駅から車で1時間ほど。高速道路を降りて以降は防護柵のないカーブの山道を通るため、夜道や雪道の運転は避けたい。
「まれびとの家」の設計・施工・運営はVUILDが担当。伝統的な合掌造りの家をモチーフに、地域の木材をデジタル加工して使用。さらに短期滞在型シェア別荘という機能をもたせたプロジェクトで、2020年度グッドデザイン金賞を受賞した。

おいしんぐ!編集部

——まさに、大自然に囲まれて、他にはない経験ができる宿ですよね。外観も内装もとても素敵です。今後、どんなお客さんに来てもらいたいですか?

上田:土地柄もあって、どんなに徹底して掃除しても虫が出てしまったりとか、私たちとしても心苦しい点もあるのですが、だからこそ、この自然を見て「いいところだな」と思ってくださる方に来ていただけたらうれしいですね。

 

では、最後に…。
上田さんにとって「おいしい」とは——?

おいしんぐ!編集部

上田:自分がおいしいと思って作ったものを、お客さんがおいしいと言ってくれたときの喜び。それに尽きるんじゃないでしょうか。

利賀村では、姉妹都市の東京都武蔵野市セカンドスクールを5年ほど前から受け入れていて、毎年子どもたちが7泊8日でうちに泊まりに来るんですよ。そのときに私が作る料理は山菜や野菜ばっかりで、山菜なんて子どもがおいしく食べてくれるのかな…と最初は不安もあったんですね。

でも、ちょっと工夫して出すだけで、みんな喜んで食べてくれるし、3杯も4杯もご飯をおかわりしてくれるんです。みなさんが「おいしい」と言ってくれるのがすごくうれしいし、山菜料理を作ってきてよかったなと思う瞬間ですね。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我 美芽

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