まだ見ぬ“牛肉のポテンシャル”を信じて――

創業108年の老舗「日山」が挑む、現代和牛料理 <Vol.1>「WAGYU日山」シェフ・小西智也さん

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創業108年の老舗「日山」が挑む、現代和牛料理 <Vol.1>「WAGYU日山」シェフ・小西智也さん

おいしんぐ!編集部

1912年創業、以後東京・人形町で100年以上にわたり牛肉の卸売、精肉小売、すき焼き割烹の店を展開している「日山」。「すき焼割烹日山」では10年連続でミシュランの1つ星を獲得するなど、最高級の和牛を届ける老舗の名店として知られてきた。そんな「日山」が2020年のいま、まったく新しい業態の店舗「WAGYU日山」を構え、次世代に向けた挑戦をスタートしている。

人形町のメインストリートから角を曲がり、隠れ家風の入り口から店内へ。細い廊下を進み受付に到着すると、折り目正しい装いに身を包んだ支配人が席へと案内してくれる。席数はカウンター6席のみ。広い鉄板付きのカウンターの向こう側に立つのは、フレンチの世界で経験を積んできた若きシェフだ。ここではひと晩でたった6人だけが、素晴らしい和牛料理とサービスを堪能しながら、特別な夜を過ごすことができるのだ。

シェフの小西智也さん支配人兼ソムリエの大橋哲藏さんが「WAGYU日山」を舞台に挑戦しているのは「現代和牛料理」。鉄板焼や肉割烹、和食やフレンチといったジャンルを超え、国内各地の上質な和牛を使った独創的な料理で、和牛本来のおいしさや新しい楽しみ方を伝えることを目指している。また、上質かつ繊細な和牛の特徴に合わせたワインや日本酒とのペアリングも、この店ならではの大きな魅力となっている。

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伝統ある老舗「日山」が、和牛を使った新しい業態にチャレンジする――その決断に踏み切ったのが、若き社長・村上宗郎さんだ。新店舗開店の背景には、生産や流通、そしてA5ランクをはじめとしたイメージの問題もあり、日本にも世界にも「和牛の本当のおいしさ」を知らない人が多いという現実がある。「和牛のポテンシャルはまだまだこんなものじゃない」と確信しているからこその、大きな挑戦でもある。

生産者たちが愛情を込めて育てた和牛、ジャンルにとらわれない料理スタイル、世界中から選び抜かれたワイン、6人だけで堪能できる極上の空間とおもてなし…。「WAGYU日山」で得られる体験とは、いったいどんなものなのか。

<Vol.1>ではシェフの小西智也さんに、いま考えていることについて、詳しく語っていただいた。

外観 おいしんぐ!編集部


外観 おいしんぐ!編集部
外観 おいしんぐ!編集部

フレンチから和牛の世界への転身

おいしんぐ!編集部
シェフの小西智也さん。34歳という若さながら、フランスの星付きレストランをはじめ数々の名店で修行を積んできた。

——小西さんが「WAGYU日山」に入った経緯を教えてください。

小西:ここに入るまでは、フランス料理のシェフだったんです。料理の世界で働き出してから14年、パリや郊外のレストランを含めて8店舗ほどで働きました。フランス料理は前菜、魚、肉、野菜とそれぞれの部署があり大人数で料理を作り上げていくのですが、「将来はもうちょっとコンパクトな仕事をやりたいな」と思っていたんです。

そんなときに「日山」の話をいただき、鉄板焼き×和牛という、自分の知らない世界に惹かれたんですよね。フランス料理ではヒレ、ロース、モモという限られた部位を使うぐらいでしたが、いま日本のいい焼肉屋さんでもキャビアやトリュフといったフランス料理の食材を一緒に出していたりしますし、昔よりも幅が広くなっています。フランス料理をやってきたぼくが、和牛を使ってどんな表現をしていけるのか、楽しみだなと思ったんです。

内観 おいしんぐ!編集部


内観 おいしんぐ!編集部
おいしんぐ!編集部

——フランス料理から和牛料理の店へと環境が変わって、いかがですか?

小西:ここではすべて自分次第だなと。フランス料理のようにチームで料理する面白さとは別の、全部ひとりで作ってお客さんと接するという面白さを感じています。

まずお客さんと対面でお話しすること自体がぼくにとっては新鮮で、「さっきの料理の説明は、もうちょっと違う言い方をしたほうが伝わりやすかったかな」とか、毎日が勉強です。もしかすると最初の頃は説明がだいぶたどたどしかったかもしれません(笑)。料理名をただ伝えるのではなく「こういう料理なんです」っていうアプローチをするように心がけています。

——炭火を使ってお肉を焼くところを間近でじっくり見られるのも、客側としては嬉しいポイントです。

小西:ぼくにとって炭は「オーブンの代わり」というイメージなんです。たとえばシャトーブリアンの場合、鉄板で焼くときは火が当たっている部分しか熱がいかないので、まず焼き色を付けて、その後に炭の予熱でゆっくりと熱を回し入れていくんです。オーブンだって状態も毎日違うんです。たとえば米沢牛と北海道産黒毛和牛ではサシの入り方も違いますから、そうした肉の質を見ながら、毎日、毎回、火入れの加減も変えています。ライブ感があって面白いですね。


おいしんぐ!編集部
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——小西さんがお肉を焼く姿を拝見していると、ほんとうにじっくりと、優しい眼差しで、丁寧に火を入れられていますよね。

小西:ぼくが炭で火を入れる時間がたとえば40分ぐらいだったとしても、牛が育つ時間でいえばほんの一瞬なんですよね。それこそ28ヶ月、32ヶ月という時間をかけて育ってきているわけですから。牛肉や野菜をはじめ、いろんな食材を料理する上で、その良さをどれだけ引き出せるかというのは大事にしていますね。

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米沢牛の内モモを限りなく生に近い状態で火を入れ、細かく刻んでタルタル仕立てに。上に乗ったキャビアには燻製をかけ香りをつけ、より熟成した旨みを引き題している。卵は高知の地鶏「土佐ジロー」を使用。和梨を使ってアレンジしたラビゴットソース、ブラックオリーブパウダー、スモークパプリカをきかせたチュイルを添えている。最初はそれぞれの味を、そして最後にはすべて混ぜてタルタルにして楽しむのがおすすめ。

「食べたことがない!」を目指したい

おいしんぐ!編集部

——料理をする上で、小西さんが大事にしているポイントはどこでしょうか?

小西:食材の味を100%、いや120%引き出すことです。新しい料理を作るときには、いままでいろんなシェフと仕事をしてきた経験や、得てきたものを思い出しながら、自分なりにどう勝負するか…それを常に考えています。

——いままでの経験で、心に残っていることはありますか?

小西:ぼくがフランスに行ったときの最初のお店を紹介してくれた、フランスの食文化に詳しいマネージャーの方がいらっしゃるのですが、その方に、ぼくが24歳のときに「食事って何だと思う?」と聞かれたんですよ。「ええと…エネルギーみたいな感じですかね?」と答えたら「いや、違うんだよ。食事っていうのは喜びであり、その喜びが『また明日も頑張ろう』という力になっていくんだよ」と教えていただいたんです。


おいしんぐ!編集部
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——素敵なエピソードですね。

小西:それから時が経って、30歳ぐらいのときにもう一度お会いする機会があり、同じ質問をされたんです。「食事って何だと思う?」と。24歳で教えていただいたことが、その後もずっと心に刻まれていましたから、2度目は「食事とは、喜びだと思います」と答えました。そうしたら、「そうだ。そういう料理人になっていきなさい」と。厳しい方だったんですけど、いろいろなことを教わりましたね。本当に料理の仕事は、人に喜びを提供できるありがたい仕事だなと思っています。

——小西さんがいま「挑戦しているな」と感じることがあれば教えてください。

小西:「フランス料理×和牛」というかたちで「食べたことがない!」というところを目指したいなと思っています。たとえばこの前もシビレ(胸腺)という部位を紹介してもらったのですが、ポン酢とネギだけを合わせてちょっと食べてみたら、それだけで十分においしかったんです。でも、この店で出すならばこのままではなく、なにかアレンジをしたいなと。そこで、ポン酢をベースに、柑橘、オリーブオイル、平貝と合わせたセビーチェにしてみました。

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山形牛のタン元:最も喉仏に近い側のタンで、柔らかさが特徴。山形牛特有のサクッとした食感があるため、その食感を楽しめるように切り方にも工夫をしている。静岡、御殿場のワサビは希少な真妻種。愛知県の新銀杏と一緒にいただく秋らしい一品。

——面白いですね!

小西:挑戦でいえば、食材の使い方もそうですね。たとえば、いまだったら梨。コースの最後に、切った梨を出すだけでも十分おいしいのですが、ぼくは梨もひとつの調味料として「こういうふうに合わせると面白い」という提案をしたいんです。季節の素材を大切に、既存のものを組み合わせたりアレンジしたりしながら、新しい味を作っていきたいですね。

でもやっぱり、どれもこれも一回では完成できませんね。こういうのを作りたいなと思いながら作ってみて、それを一度壊して、また組み立てて…。そうやって、自分の中でGOできたものをお客さんにお出しして、その上でどんな反応を得られるか。その挑戦の繰り返しです。

おいしんぐ!編集部


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その日の肉の状態を見極めながら、愛情を込めて火を入れていく小西さん。炭は高知の土佐備長炭を使用。

——まさに新しい「現代和牛料理」への挑戦ですね。

小西:鉄板料理、フランス料理、肉割烹のどれとも違いますよね。6人限定の席でもありますし、ジャンルをくくることなく、フランス料理をやっていた料理人とソムリエが作り出すこの空間での料理を楽しんでいただくのがベストだと思っています。

おいしんぐ!編集部


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米沢牛のシャトーブリアン:従来の鉄板焼とは違う形で牛肉を楽しめるように考案した“縛り焼き”のスタイルで提供。厚めに切ったシャトーブリアンを縛ることで、繊維を緩ませることなく、肉汁や旨味を閉じ込めながら火を入れていくことができる。付け合せは、「おいしい」の声をたくさん聞かせた坊っちゃんかぼちゃのピューレ、長野の平茸、岩手県産の天然舞茸。

——これからの「WAGYU日山」を、どんなお店にしていきたいですか?

小西:この空間だから、この食材だから、このスタッフだから…そういう理由でお客さんが足を運んでくれるような店でありたいです。たとえば記念日や仲間内での会食の時に、ここを選んでもらえるようになりたいですね。そして、来ていただいたお客様には毎回満足してもらいたいですし、次に来たときには必ず、前回を超えるおいしさをお届けしたいです。

 

では、最後に…。
小西さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

おいしんぐ!編集部

小西:おいしいとは、味覚で感じる感情的なものだと思います。絵を見て「きれいだ」とか、いい音楽を聴いて「いい歌だな」とか、いい映画を見て感動するのと同じように、口の中で「これ、おいしいな」と感じるひとつの感情的なものですね。おいしい食事をしている時間って、喜びだと思うんです。それから、おいしいときって人は笑うんです。自分もおいしければ笑いますし、お客さんを見ているとそう思います。

——この空間だからこそお客さんの笑顔を作り出せるし、その笑顔を見ることができそうですね。

小西:ええ、ここで働く特権ですね。直接「おいしい」と言ってもらえるのはとても幸せです。実は、ぼくの後ろに置いてあるかぼちゃは単なる秋の飾りじゃなくて、実際に明日のお肉の付け合せに使うものなんですよ。あえてここに置いて、今晩いらっしゃったお客さんからの「おいしい」っていう声をいっぱい聞かせるんです(笑)。そうすると、もっとおいしくなるんですよ。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我美芽

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