伝統を受け継ぎながらも、時代に合わせて変わり続ける。

地元の酒米「オオセト」と共に歩む綾菊の奮闘。 綾菊酒造 代表取締役・岸本健治さん

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おいしんぐ!編集部

香川県綾歌郡綾川町。すぐ近くには清流・綾川が流れ、背後にそびえるのは雄大な讃岐山脈。周囲に水田の広がる長閑な町の一角にあるのが、創業1790年の綾菊酒造だ。

築100年を超える立派な瓦屋根付きの蔵は、米を蒸し麹を育てるなど醸造工程の重要な拠点としていまも大切に使われて続けている。1970年には広島から腕利きの杜氏・国重弘明さんを招き、全国の日本酒コンクールで受賞を重ねる名酒を次々と造り出してきた。

一方、敷地内にはここ数年の間に倉庫を改築して造ったという、新型の冷蔵貯蔵室や冷凍庫が備わっている。設備投資を惜しまず温度管理や衛生管理を徹底することで、安全でおいしい酒造りを行っているのだ。3年前からは酒米を育てる水田に、水温や降雨量などを自動データ化して管理できるシステムも導入。ICT(情報通信技術)を使って、地元農家と一緒に酒米作りの研究にも力を注いでいる。

「昔からの歴史と伝統を守りながら、新しいことに絶えず挑戦していきたい」。そう語る岸本健治社長の言葉がそのまま、綾菊の蔵の姿に表れているかのようだ。

香川県産米「オオセト」への並々ならぬ思い。よりおいしい酒米を目指し、地元農家と試行錯誤を重ねながら進めている米作り。そして香川の日本酒を知ってもらうための、県外や海外への発信。時代の動きに合わせて変わり続ける綾菊酒造の試みを、じっくりと聞かせていただいた。

外観 おいしんぐ!編集部


外観 おいしんぐ!編集部
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100年以上の歴史をもつ蔵。建物は香川県の有形文化財に指定されている。

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讃岐山脈からの伏流水が、おいしい酒を生む。

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綾菊酒造では讃岐山脈からの伏流水を使って酒造りを行っている。その大事な水を蔵内でお祀りしている。

——蔵を見学させていただき、歴史ある建物の中に最新設備が充実していることに驚きました。

岸本:蔵は古いものだと100年の歴史がありますからね。県の登録有形文化財にも指定されているんですよ。メンテナンスは大変だけれど、やっぱりずっと続いてきた伝統を大事にしたいという思いがありますので。

——川が流れ、遠くには山が見えて、とてもいい場所にありますね。

岸本:この場所に酒蔵が造られた理由は、水なんですよ。ご存知のとおり香川は雨が少なく、昔から断水がおきたりと、水に苦しんできた県なんです。そんな中でここには、徳島と香川の間にある阿讃山脈(讃岐山脈)からの伏流水が、すぐ横にある綾川という川に流れていて、きれいな水がとれるんです。

この水を調べると、硬度が50~60mg/lの軟水なんです。非常にやわらかくて、とくに鉄分が少なく、水道水の1/10ぐらい。これが酒造りに適しているんです。酒造りは、米と水が命ですから。昔からずっと使用している大事な水なので、蔵内でもお祀りをしているんですよ。


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——お酒を造るためのお米も、香川県産のものを使っていらっしゃいますよね。

岸本:綾菊は昔から香川県産米を使って造ることをポリシーにやってきました。一部県外のものも使っていますけれど、ほとんどが地元の米です。とくにオオセトという米をとても大事にしています。

——オオセトのお話、詳しくお聞きしたいです。その前に、まずは岸本さんが綾菊の社長に就かれた経緯を教えてください。

岸本:綾菊酒造はご縁があって、大阪が本社で酒類事業を展開している飯田グループが、2014年に継承させていただきました。私は奈良出身で、以前は住まいも仕事も大阪でしたが、2014年5月より綾菊酒造の責任者をさせていただく事になりました。

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巨大な甑(こしき)で、最大800kgの米を蒸す。

——そのようないきさつがあったのですね。

岸本:当時の綾菊は設備投資ができていない状態でしたので、まずは酒造りのための設備を整えていくところからのスタートでした。

こちらへ来た当初は大変でしたね。地元の新聞などにも載りますから、地元の方々からも「よそ者が来た」というように見られてしまいますし。それでも真面目に、地元のためにやるべきことをやっていけば、みなさんがきっとわかってくださる、それが信頼につながると信じてやってきました。いまでは、地元のみなさんが本当に応援してくださいますし、我々もいつも助けていただいています。

 

綾川町山田産のオオセトを復活させたい。

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左:代表取締役の岸本健治さんと、国重弘明さんの愛弟子として技術を継承し、綾菊の酒造りを担う杜氏の宮家秀一さん。

——綾菊さんが大事にしてきた香川の米、オオセトについて教えていただけますか?

岸本:「オオセト」は香川県を中心に栽培されているお米で、瀬戸内地方に広く適する品種であることから「オオセト」と命名されました。「オオセト」の潜在能力は非常に高く、米の性質を熟知した上で使いこなせば「山田錦」や「雄町」とは違った魅力を持つ日本酒を醸します。

私たちがただ単に香川県産だけでなくオオセトでの酒造りにこだわるのは、綾菊の名誉杜氏・国重弘明さんが過去に研究を重ねて地元米オオセトでの綾菊の酒造りを確立した歴史があり、綾菊として非常に強い思いのあるお米だからです。国重さんは杜氏の里として知られる東広島市安芸津町出身で、現代の名工で黄綬褒章も受賞されている方です。綾菊では1970年から45年の長きに渡り杜氏を務めていただきました。


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甑で蒸した米を冷まし、エアシューターで上層階に送る工程。昔は肩に担ぎ人力で2階に運んでおり重労働だった。現在は、手で触ることなく衛生的に米を移動できるエアシューターを使用。


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——そんな“レジェンド”の杜氏、国重さんでもオオセトでの酒造りは難しかったのですね。

岸本:オオセトは非常に扱いが難しいお米です。当初は吟醸酒や大吟醸酒をうまく造れませんでしたが、国重さんが10年もの歳月を掛け、研究に研究を重ねて地元米オオセトでの綾菊の酒造りを確立しました。現在は現杜氏の宮家くんに引き継いで、その味を守っています。

綾菊の所在する綾川町山田地区は、大正天皇のご即位にあたり天皇ご即位式典の大嘗祭に供奉する新穀を栽培する主基斎田に選定された米処です。この綾川町山田地区は土壌肥沃で寒暖の差が大きく米作りには最適な場所であり、昔からこの地区の米は「山田米」と呼ばれており、その名声は県の内外に高く、往時は久しく藩主の御料米にもなっていました。

この地域では平成16年ごろまで「オオセト」がたくさん栽培され、綾菊酒造もその地元で獲れたお米を使用して日本酒を醸造していました。しかし、需要の減少などから「オオセト」の作付面積は減少し、地元のJAの米集荷施設で「オオセト」の受入を止めたことなどから、綾川町で「オオセト」は栽培されなくなりました。

そこで綾菊酒造は2017年度より地元の農業法人グリーンフィールド様と連携し、この綾川町山田地区で「オオセト」の栽培を復活する事にしました。

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——酒造メーカーがお米の栽培を復活させるとは、一大プロジェクトですね。綾菊のみなさんも、田植えや稲刈りを行うんですか?

岸本:綾菊の酒「国重」を特約販売する「国重会」というグループのメンバーや地元の飲食店のみなさんと一緒に、毎年やっています。6月には田植え、10月に稲刈り、そして4月は完成したお酒を楽しむ会(笑)。残念ながら昨年はコロナの影響でできませんでしたが。

——飲食店のみなさんも、一緒に育てたお米で造った日本酒を自分の店で提供できるのは嬉しいでしょうね。お米栽培で難しい部分はありますか?

岸本:酒造りに適したお米を作るのは、本当に難しいですね。低タンパクで、割れたり欠けたりすることなく、ちゃんと粒がそろっていて大きいものが理想です。そのためには米の乾燥方法など、いろいろと手間暇をかけなければなりません。いまもまだ、農家のみなさんにはご無理をお願いしながら、試行錯誤が続いています。

 

データを蓄積するため、水田に計測システムを導入。

写真提供: 綾菊酒造

——地元農家さんともいい関係を築いていらっしゃるのでしょうね。

岸本:農家さんとは一蓮托生だと思っています。ただ農家さん任せにするのではなく、私たちもできる限りの情報提供をしながら、一緒に作っていきたい。そこで2018年からは、田んぼの中に水温や水位などを自動計測できる水田センサーと、温度や湿度、降雨量や日照時間などのデータが取れるシステムを導入したんです。

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醗酵をコントロールする温度調整が可能な高性能タンク。


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——お米の水田にも設備投資をされたのですね。

岸本:データは10分単位で情報が更新され、携帯電話でどこでも確認ができます。徐々にデータも蓄積されてきました。そこから導き出せることが必ずあると思いますで、それを有効に活かしながら、農家の方と一緒に今後の米造りにつなげていきたいですね。

やはり経験と勘だけでは限界があります。きちんとしたデータをもとに対策を練っていくことが大切です。少しでも農家の方のお役に立てればと思っています。


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タンクの中で20日ほど発酵させ、もろみを造る。この日はさぬきよいまいの本醸造、オオセトの山廃純米を仕込み中。

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——素晴らしいお考えだと思います。

岸本:私たちも、種子から米が出来上がるまでの経過を一緒に見ながら、農家の方と絶えず話し合っていくことが大切だと思っています。今年よりも来年はもっといいものを作りたい。そのためにどうすればいいかというのは、そこから生まれるのではないかと思います。

農家の方が良いお米を作ってくれて、設備やデータがきちんと機能し、受け継がれてきた技術を活かして酒造りを行う、…この3つすべてがそろったときに、ほんとうにおいしい酒になるんじゃないかなと思っています。

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ここ数年は冬も温暖になってきたため、もろみを搾る上槽の工程を、内部が常に低温に保たれた「冷房上層室」で行っている。「この工程はとても重要なので、投資を惜しまずに設備を整えました」と岸本さん。


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——お話をお聞きしていて、伝統を守りつつも新しいことに挑戦していく姿勢が強く伝わってきました。

岸本:残さなきゃいけないことと、変えなきゃいけないことは、どっちもあると思うんですよね。いまは気温も上がってきていますし、気候も変わってきていますから、昔と同じような方法ではうまくいかない場合もあります。農作物の作り方も難しくなってきているように思います。

酒造りの仕事もそうです。体力的にキツくて大変なことも多いけれど、やりかたを変える事は出来ないか? と考えて、変えていけることもありますから。


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外からの雑菌や異物が混入しないよう、密閉したクリーンルームで酒を瓶に充填する。充填やラベル貼りは機械を使って効率化しているが、検品や検査は人の目でしっかりと行われる。


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冷蔵貯蔵室。定温でじっくり熟成させる。

——綾菊は岸本さんが来た7年前から、大きく変わったでしょうね。

岸本:変わったと思います。それが正しいのかは、正直わかりません。我々としては「いい酒を造るために、何をしなければならないか」。ただそれだけを考えてやってきたことなので。

機械だけを新しくすればいいわけでもなくて、それをいかにうまく使いこなすのかも大事ですし。一度に大きく変えてもうまくいかないから、徐々に変えてきたんですけれど、あっという間に7年が経ってしまった感じですね(笑)。

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もとは倉庫だったスペースを、約2万本を収納できる冷蔵製品保管庫に改築。1年にわたり5℃に保たれている。


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冷蔵製品保管庫の奥には、マイナス5℃の冷凍庫も完備。ここで生酒や生原酒を冷凍管理する。

 

年の準備期間を経て、いよいよ県外・海外へ。

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綾菊、国重、焼酎、果実酒など綾菊酒造が誇る酒がずらりと並ぶ「蔵の店」。全国への配送も可能。


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——今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか?

岸本:きちんとした設備が整い、安定した酒造りができるようになるまでは、しっかり準備をしていこうと思っていました。

結局5年ぐらいかかりましたけれど、ようやくいま、県外や海外に出ていく準備ができてきました。今後はやっぱり、みなさんにオオセトの酒をもっと知ってほしいですね。またオリーブ酵母で造った酒や、いま新開発している商品もあるので、それらが起爆剤になってくれればいいなと思っています。

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左より、多く出回らない限定品「純米吟醸しぼりたて無濾過生原酒 國重」、綾菊の定番「純米吟醸酒 國重」、オオセト100%使用の「特別純米酒 國重」、おいでまい100%使用の「綾菊純米原酒 おいでまい」、オリーブ酵母で造った「綾菊 さぬきオリーブ純米酒」。


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——東京で綾菊さんの日本酒を見かけなかったのは、そうした意図もあったからなのですね。そして、新開発している商品も気になります!

岸本:現在、開発中ですので詳しいお話はまだ出来ませんが、世界各国の乾杯の場所で「綾菊のお酒で乾杯!」してもらえるような新しいタイプの日本酒にチャレンジしています。日々試行錯誤を繰り返しておりますが1日も早く皆様にお披露目出来るよう頑張ります。

——それは楽しみです。世界への進出にも期待が膨らみますね。

岸本:香川のこと、綾川町山田のことを、我々が発信源となって少しでも知ってもらえたらいいなと思っているので。


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日本で初めて、杜氏の名前がついたお酒「國重」。
かりん、ゆず、梅酒などの果実酒も造っている。かりんは、まんのう町産のものを100%使用。

——地元のことを思ってこその、県外や海外への展開なのですね。このあたりのことは、川鶴酒造の川人社長ともお話されたりするのでしょうか?

岸本:そうですね。川人さんも熱いですし、「香川と一緒に」という思いが強い方ですからね。香川の日本酒は6社しかないので、ときに協力して情報交換しながら、お互いに技術を磨き合うような関係になっていると思います。香川全体のレベルも上がると、認められやすいですしね。

 

では、最後に…。
岸本さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

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岸本:おいしいとは、お客様からのお声だと思います。おいしいと思うのはお客様であって、ぼくがどんなにおいしいと思っても、あんまりおいしくないと言う方もいらっしゃるはずですから。「おいしかった」って言っていただくことが、私は一番嬉しいです。

お客さんが「おいしい」「また飲みたい」とおっしゃって、満足してくださること…それが「おいしい」なのだと思います。そのお声を頂戴するために、なにをやっていくか。それが私たちの仕事ですね。


おいしんぐ!編集部
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高松空港から車で約15分、高松駅からは約40分。香川旅行の思い出作りに、酒蔵見学に立ち寄ってみてはいかがだろう。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/倉橋マキ

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