おいしいだけでなく、「美しい料理」を。

200年前の武家屋敷から生まれた、いまの時代に寄り添う場。 「家中舎」女将・三木佳代さん、プロデューサー・水口浩仁さん

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200年前の武家屋敷から生まれた、いまの時代に寄り添う場。 「家中舎」女将・三木佳代さん、プロデューサー・水口浩仁さん

おいしんぐ!編集部

香川県仲多度津郡多度津町に、古くは武家屋敷が軒を連ねていたという一角がある。「家中(かちゅう)」と呼ばれ、現在は閑静な住宅街となっているこの地で、古い武家屋敷を改築して2019年3月に誕生したのが、レストラン、結婚式場、宿泊施設、バーなどを備えた「家中舎」だ。

三日月と太陽の紋が描かれた提灯が下がる瓦屋根の門をくぐり、立派な屋敷の建つ中庭へと進む。靴を脱ぎ玄関を上がると、赤い壁に囲まれ、そこここに木の温もりを感じる落ち着いた空間が広がっている。席はテーブルと椅子の洋風スタイルで、バックミュージックに流れているのはジャズ。和と洋が心地よくミックスした、モダンな雰囲気の店内だ。

「ようこそ、いらっしゃいました」と弾むような明るい声で挨拶してくれたのが、この店のオーナーであり女将の三木佳代さん。見ると、手に花束を抱えている。「いま山で摘んできたのよ。とってもきれいでしょう」。にこやかな笑顔に迎えられ、こちらもふっと頬が緩む。

香川で結婚式プロデュースの仕事をしていたという三木さんが、江戸時代から続く武家屋敷を譲り受け、仲間とともに作った新しいスタイルの結婚式場。ここの存在を知ってもらうために不可欠だと考えたのが「おいしい」ものだった。そこで、仕事仲間のフォトグラファー水口浩仁さんがシェフを担当し、おいしさに美しさを加えた料理を手がけることになる――。さまざまな出会いと縁、希望と想いが織りなす「家中舎」のストーリーを聞いた。

外観 おいしんぐ!編集部


外観 おいしんぐ!編集部
外観 おいしんぐ!編集部

ハレの日にもふさわしい、見事な門構え。中庭には樹齢100年以上の夏みかんの木も。

いまの時代に合った結婚式場を作りたい

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古い武家屋敷を、人と人がつながる場所へと蘇らせたオーナーの三木佳代さん。店内の端々から、その熱い思いと細部へのこだわりが感じられる。

——まずは、この「家中舎」という素敵な空間が生まれたいきさつを教えてください。

三木:私はもともと結婚式の司会者をしていたんです。香川県内の大きな式場さんとは、すべてお取り引きさせていただいておりました。ただ、いまから10年ぐらい前でしょうか、結婚式の形式が昔ながらの大きな会場や邸宅を使ったものから変わるだろうなと感じたんですね。これからはもうちょっとコンパクトで、家族にスポットが当たるような式のあり方になっていくだろうなと。

それと同時に私の故郷である多度津町についても、海岸寺など、海がきれいで素敵な場所がたくさんあるのに、だんだんと寂れていく残念さを感じていました。周りの人たちといっしょに何とか町を力づけられないかな? と偉そうなことを考えまして(笑)。それで、町なかウエディングのプロデュースを始めたんです。町の神社で式を挙げて、カフェでお食事会をするような、小さなウエディングです。


内観 おいしんぐ!編集部
内観 おいしんぐ!編集部

レストランとしての営業のほか、結婚披露宴や宴会をおこなえるメイン会場「日月」。200年の歴史をもつ武家屋敷と、現代的なインテリアのセンスが融合している。

——司会のお仕事をされていたのですね。どうりでお声が素敵だなと…(笑)。そして現場で数々の結婚式を見ていたからこそ、今度はご自分でプロデュースをやってみようと思われたのですね。

三木:ええ。一緒に町おこし的なウエディングをやってきた仲間に衣装屋さん、美容師さんたちがいて、水口さんは撮影を担当するフォトグラファーでした。いまはここでシェフをやってくれています。

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クリエイティビティを厨房でいかんなく発揮する、家中舎のプロデューサーでありシェフの水口浩仁さん。

水口:三木さんとはかれこれ20年近く一緒にやってきていますよね。ぼくが思うには、式場での司会者やフォトグラファーの仕事って、全体の一部分でしかないんですよ。「もっとこうしたらいい式になるのに」とか「自分たちだったら、もうちょっと他のことができるのにな」と思うことも多かったんです。本当に自分たちのやりたいことをやるには、大きな式場に出入りをするんじゃなくて、自分たちの「箱」を持つしかないとは、前々から思っていましたね。

——お二人の思いが同じだったのですね。

三木:そんな活動をしていましたら、4年ほど前に多度津町の政策観光課さんから「近々取り壊されてしまう予定のお屋敷があるのですが、興味はありませんか?」というお話をいただいたんです。家主さんともお話をさせていただき、最終的にここをわたしが代表として買って、結婚式場もできるレストランに改修することになりました。そして2019年の3月14日にオープンしたんです。

水口:古民家って、天井が落ちていたり床が抜けていたりと、買ったとしても修理に1~2千万ぐらいかかることも多いんです。でも、ここは30年ぐらい空き家だったにも関わらず、オーナーさんがきちんとメンテナンスをしてくれていたので、とてもきれいだったんです。


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——すばらしい出会いでしたね。この辺りに武家屋敷はまだ残っているんですか?

三木:ここ以外には1軒だけです。昔はこの辺り一帯、武家屋敷が集合している町だったんです。当時からここは「ご家中さん」と呼ばれていて、多度津京極藩の藩主の人たちが住んでいたそうです。

この辺りで当時から町名が変わっていないのは、ここだけなんですって。いまも気位と誇りをもっている方々が多い、素敵な場所なんです。そんなこともあって、地元のみなさんに仲間に入れてもらいながらここを育てていこうと、「家中」の名前を使わせていただいたんです。

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——古民家を蘇らせるにあたり、どのようなことを考えられたのですか?

三木:第一に、結婚式や宴会を目的とする空間を作るということですね。この部屋も、もともとは田の字のように小さい4つの部屋に区切られていたのですが、その壁を取り払って宴会ができる大きなひと部屋にしました。

水口:披露宴ができるように仕切りや天井を取り払ったり、畳を変えたりしましたが、もとの家をうまく活かしながら改築ができたと思います。大工さんとも、せっかくの古民家なんだから、いま風に直すよりも古さは古さで活かしたほうが面白いよね、という話をしましたね。


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——壁の赤い色や調度品、中央に飾られた木もいいですね。

三木:内装については、私のこだわりが強いので、おしゃれな大工さんを香川で探し抜いて「金沢の茶屋町のようなベンガラ色に塗ってほしい」とか、いっぱいお願いをして仕上げてもらったんです(笑)。調度品は、家についていたものがほとんどですね。

部屋の真ん中にあるのは、はじけ梅(つる梅もどき)です。10月くらいになると花が咲き、一年中いろんな顔で楽しませてくれるんですよ。人数の少ない結婚式のときは、中央の柱を囲むように、ロの字型にテーブルと椅子を並べます。みなさんがそれぞれのお顔を見られるといいなって。

 

シェフ兼フォトグラファーが作る、美しい料理

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——次に、お料理のことも教えてください。どんなコンセプトで考えられているんですか?

三木:わたしたちが結婚式場を作るにあたって、「おいしいもの」がすごく重要だと考えたんです。ランチやディナーにお越しいただいた方に「あそこなら結婚式してもいいよね」って思ってもらうことができるから。広告宣伝にお金をかけるのではなく、SNSでみなさんが「おいしかった!」って伝えてくださるような店になることが、なによりも信用の積み重ねになるはずだと。

水口:ぼくも飲食をやるならば、他とは違うこと、変わったことをやらなければいけないと思いました。でも仲間内にできる人がいなくて…じゃあ自分でやろうと。

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季節のプレートに酢飯、焼き海苔、山芋のすり流し、十割蕎麦、薬味のついた昼膳「瀬戸の手織り たなごころ」2500円(税別)。手巻きで楽しんだり、丼に盛りつけて楽しんだりと、お好みでいただける。春(3月)のプレートは高知産車海老、ベビー金時にんじん、こごみの天ぷら、多度津のアスパラ、多度津の豆腐、さぬきオリーブ牛とオリーブ豚、金柑、いちごなど。

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——フォトグラファーである水口さんが、おいしいお料理を作るシェフでもあるとは、まさに他にないスタイルですよね。

水口:それまで料理の経験はなかったのですが、10年ほど前から茶道をやっているので、その延長で和食が作れるようになれば一石二鳥だなと(笑)。和食に敷居の高さは感じましたが、作法や季節感などお茶の世界と通じるものがあったので、自然に入れました。

三木:とはいえ、お客様にはきちんとしたものをお出ししなければいけない。ということで、シェフが京都へ日本料理の板前修業に出てくれることになりました。いまも毎月通って腕を磨いてくれています。わたしもお客さま目線で意見をたくさん言ってしまうので、シェフは大変だと思います(笑)。

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夜膳「茶懐石」のコース料理は5500円~10000円(税別)。春先のお造りは、すだちの加減酢でいただく鯛の昆布締め。

——水口さんがお料理を作る上で大事にしていることは何ですか?

水口:ぼくが作るのは、お酒を楽しむための「会席料理」ではなく「懐石料理」。字のとおり、修行僧が空腹を満たすために温かい石をお腹にのせていたというところからきています。低カロリーでヘルシーながら栄養バランスがいいことが特徴ですね。向付、椀、飯椀、汁碗が最初に出てくるのも懐石料理のスタイルです。

その上で、うちでは京都の茶懐石を基本としているので、鰹と利尻昆布からひいた「一番だし」が味付けのベース。調味料もお味噌、お醤油、お酢などを合わせながら一から作っています。

大事にしていることは、季節感です。お茶の世界では季節によってお茶碗から茶道具まですべて変わるのですが、家中舎の昼膳や夜膳でも、約ひと月ごとに旬の食材を選び、四季を感じる器に盛りつけています。

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里芋のきぬかつぎとサワラの西京焼。山の幸と海の幸を合わせたひと皿。


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海老しんじょうと菜の花を合わせた、春を感じる椀もの。

——昼膳、夜膳ともに、まず出てきたときの見た目の美しさに魅了されました。

三木:ここでどんなお料理をお届けするかを考えたとき、おいしさとともに美しさも大切にしたいと思ったんです。昔ながらのお料理も大切ですが、古くさくなってしまうと、お洒落なお店にはなれませんよね。味がいいのはもちろん、見た目も満足できる料理というのが、みなさんに喜んでもらえて、今の時代に合っているのではないかなと。

普通の料理人さんだと「この皿をいかにおいしくするか」を考えるけれども、フォトグラファーの目線で「いかに美しくするか」まで考えてくれているところも、個性になっているかなと思います。


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——面白いですね。水口さんはいまも写真のお仕事はされているんですよね?

水口:ええ、続けています。結婚式で撮影することもありますし、お店のホームページやチラシの撮影などもぼくがやっています。

よく、写真と料理を両方やっているなんて珍しいですねと言われるのですが、自分の中ではそれほど違和感がありません。素材を撮影して誌面にレイアウトすることと、素材を仕入れて煮たり焼いたりして盛りつけること。最終的に人が見てどう喜んでくれるのか…それを考える仕事としては同じなんですよね。

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メインの肉料理は、さぬきオリーブ牛のランプ。三豊の野菜とワイン塩を添えた一品。

 

家中舎で体験できる、屋敷や蔵の幅広い楽しみ

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セルフリノベーションで作ったという蔵BAR。蔵の中には居心地のいい空間が広がっている。

——ここにはレストランの他に、バーや宿泊施設も併設されているとか?

三木:そうなんです。結婚式をしてみたところ、お客様からは「こんなところは他になかなかない」というお声をいただけたので、もっと喜んでもらうために、隣りの武家屋敷を改修して宿を始めたり、昨年からは「蔵BAR」もオープンしました。

——見せていただくことはできますか?

三木:もちろんです、こちらへどうぞ。宿泊施設にしている武家屋敷は2階建てで、明治元年のものなんです。「薫風」という部屋は8畳と6畳の二間続きで、2~6名さまでお泊まりいただけます。もう一室の「離れ宗武庵」は10畳の茶室になっています。ここは2~4名さま用です。

——お庭の景色もきれいで落ち着きますね。なにより、武家屋敷という昔ながらの建物に宿泊できるとは、とても貴重な体験だと思います。

三木:昔の建物って、寒いんですよ。だから宿泊いただく方にも、寒いのを寒いままに感じてもらえればいいかなと(笑)。何もなしではあまりにも辛いので暖房は入れていますが、家の造りは当時のままにしています。


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——文字通り、昔の建物を体感できるわけですね。

三木:みなさん懐かしいとおっしゃるし、海外のお客さんもたくさんいらっしゃいます。とくに建築家の方々が興味を持たれるようで、わざわざ訪れてくださる国内外の建築家さんも多いです。


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——宿泊までできる武家屋敷はなかなかありませんから、貴重ですね。

三木:そして、こちらが「蔵BAR」です。お屋敷の敷地内にあった蔵を、半月ぐらいかけてみんなでセルフリノベーションしました。床を貼ったり、電気をつけたり、調度品を使ってバーカウンターを作ったり。地元の作家さんの作品も飾っているんですよ。

お酒は地元の日本酒などもお出しています。料理はシェフが作るオードブルからカレーやローストビーフ丼、乾きものまであります。宿泊者以外の方もご利用いただけます。現在は予約制で営業させていただいています。

 

何かの機会に思い出してもらえる場所でありたい

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コースの最後には、デザートとともにシェフ自らが立てるお抹茶をいただける。お茶碗からも季節感を楽しめる。

——家中舎のロゴマークにはどんな意味が込められているのですか?

三木:ロゴマークは月と太陽を、紋のようなデザインにしたものです。江戸時代は月の暦、いまは太陽の暦。何百年も誰かが大事に受け継いできたものを、今度はこの地でわたしたちが大事に受け継いでいきたい、という意味をこめてつけました。

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——「家中舎」をどのような場所にしたいとお考えですか?

三木:ハレの日でもケの日でも楽しんでもらえるような場所にしたいと思ってやっています。お弁当ひとつにしても「わあ!」と思っていただけるような見た目の美しさ。そして、味わってみてもう一回「わあ!」が出るようなおいしさ。それが積み重なって、ここで結婚式をしたいなと思っていただければとても嬉しいですね。

やっていて面白いなと感じるのが、結婚式をここで挙げてくださったご夫婦が、子どもが生まれて100日のお食い初めのお祝いをしに来てくださったり、今度はおじいちゃんの還暦祝いがあるからと食事に来てくださったり…結婚式から先もずっとつながってくださるんです。

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夜のコースを締めるデザートの志ぐれ。小豆を使った愛媛県大洲の郷土菓子で、羊羹とういろうの中間のような食感が楽しめる。

——普通は結婚式をしてもそれきりになってしまうことが多いですよね。その後の大切なライフイベントの度に、ここでの思い出を増やしていけるのは素晴らしいことですね。

三木:何かの機会に「家中舎で食事をしようかな」とか、「三木さんに会いに行こうかな」と思い出してもらえる場所でありたいですね。偉そうなことかもしれませんが、そうした場作りが、しいては他から人を呼んでこられる場所を作ることにもつながるんじゃないかなと。

 

では、最後に…。
三木さんにとって「おいしい」とは——?

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三木:おいしいものがあれば、人は幸せな気持ちを味わえると思います。おいしいものを食べて、「おいしい」が人の口伝えで広がっていくことが、積み重なってお店の信用にもつながっていきます。だからこそ、季節のおいしいものや地元のおいしいものを、これからもたくさんお届けしていきたいなと思います。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我美芽

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