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築260年の屋敷を舞台に、讃岐の郷土料理を発信する。「郷屋敷」滝野憲一さん

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おいしんぐ!編集部

香川県・高松駅から車で東へ30分ほど。喧噪を離れた長閑な県道沿いにどっしりと構える会席・郷土料理の店「郷屋敷」。瓦屋根付きの大きな門をくぐり、手入れのゆき届いた前庭の石畳みを進む。玄関に辿り着き屋敷内へ足を踏み入れると、襖絵や調度品が設えられた内装の美しさに息を飲む。

この屋敷は、およそ260年前にここ牟礼の里へ移り住んだ当主の代から大切に受け継がれてきた建物で、国指定登録有形文化財にもなっている。四代目当主の時代には高松藩から行政や警察などの役割を担う「与力」の命を受け、以後は「与力屋敷」として周辺の人々から親しまれてきたという。

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時は流れて1982年。この屋敷で生まれ育った女将の「歴史ある素晴らしい屋敷を多くの人に伝え、楽しんでもらいたい」という思いから、料理店「郷屋敷」が開店した。この厨房で腕を振るい、讃岐地方の郷土料理や香川の食材のおいしさを伝えているのが、料理長・滝野憲一さんだ。自らが歴史や食材について深く学ぶことで、県外や海外へも讃岐の郷土料理を発信していく——その真摯な姿勢に、地元の生産者や農家からの信頼も厚い。旬のおいしさを散りばめた料理を並べていただきながら、ひと皿ひと皿に込めた思いを聞いた。

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外観 おいしんぐ!編集部

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260年の歴史を持ち、古くから「与力屋敷」として地元で愛されてきた屋敷。堂々たる造りに圧倒される。前庭、南庭、中庭、奥庭、裏庭と5つの美しい庭がある。夜にはライトアップにより幻想的な雰囲気に。

築260年の建物に負けない料理を

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料理長の滝野憲一さん。オリーブ牛や野菜農家など、地元の生産者のもとを度々訪れるという。「生産者さん一人一人に熱い思いがあるので、ぼくらはその思いを伝えなければ」。

——郷屋敷がうどんと郷土料理の店として開店した経緯を教えていただけますか?

滝野:この屋敷は、もともと今の女将が暮らしていた家でした。260年以上の歴史を持つ「与力屋敷」であり、国の有形文化財にも登録されていました。この美しい屋敷と庭園を多くの人に見て楽しんでもらえないかと考えた女将がご両親にお話をもちかけたところ、快諾いただいたようです。1982年にうどん店として開店し、その後うどんと会席料理の店となりました。香川県といえばやはりうどんですから、うちではコースの締めに、ご飯ものではなく手打ちのうどんを出しています。


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歴史を感じさせる建物ながら、店内は手入れがゆき届き、洗練された空間になっている。

——門構えから中庭、そして内部の設えや装飾に至るまで、素晴らしいお屋敷ですね。

滝野:庭にある石造りの灯籠は200年以上前のものですし、襖に描かれた絵は、昔ここを訪れた各地の著名な粋人、文化人の方々を持て成したお礼に描いたものとも言われています。ところどころ改築はしていますが、260年の歴史がしっかり残っています。

この建物が持っているパワーがものすごいので、私もほかの料亭に負けないとともに、建物に負けないという意識で料理を作っています。これからもずっとこの建物を守り続け、おもてなしの心や和の心を継承し続けていくことが、ここで料理をする意味だと思っています。

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——滝野料理長は、もともと香川のご出身ですか?

滝野:生まれは大阪ですが、18歳で料理の仕事を始めたのは香川です。だから、もうすっかり香川の人間ですね(笑)。香川には、関東・関西の職人さんの両方がいるんです。いろんな職人さんに教わりながら「関東料理ってこうなのか」「関西ってこうなのか」と、ずいぶん勉強させてもらいました。

——郷屋敷では何年ほどお料理を?

滝野:9年目になりました。最初、女将さんからいろいろな思いを聞いたときに、やはり会席料理だけでなく郷土料理は外せないと思いました。郷土料理って、どちらかというと色味が薄いですし、都内の職人さんが作るような見栄えのする料理ではないんですよね。でも、この歴史ある建物でやるからには、郷土料理しかないと。ここへ来る前に詳しい方と仕事をしていたので、ある程度は知識がありましたが、さらに勉強して「さぬき食文化博士」の資格も取りました。


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瀬戸内海の魚や香川県産の野菜など、季節の食材を使った和里子セット1500円(ランチメニュー)。うどんはおかわり自由。写真はレンコン・キス・インゲン豆の天ぷら、ハマチとサワラのお造り、小芋・タケノコ・フキ・鯛の真子・麩の煮物、サワラの押し寿司、瀬戸内海の魚コノシロを使った郷土料理てっぱい。

——郷土料理を作るには、和食の技術だけでなく、歴史や土地の知識も必要なのですね。

滝野:ぼくもこの道30年を超えましたが、やっと「ここから」という感じです。今は料理を作るだけでなく、料理人や生産者たちと意見交換をしたり、公民館などで講義をしたりと、香川の郷土料理を伝える側としての活動にも力を入れています。昨年はJAL国内線機内食の監修のお話もいただき、少しずつですが外へ発信できているのかなと。

——滝野さんが郷土料理を伝えていく上で大事にされていることは何ですか?

滝野:郷土料理とはいえ、昔の人が食べていた料理そのものを伝えることはできません。なぜなら時代が変わり、食材も変わっているからです。料理は今、科学の分野にも近づいていますし。ぼくがやっているのは、伝統として残すべきものは残すこと、そして今の時代に合うようにアレンジすべきものはアレンジすることですね。


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——ただ昔のものを守ればいい、ということではないのですね。

滝野:やはり、食材自体が変わってきていますから。例えば今のトマトって、やたらとおいしいでしょう。昔は必ずしも甘くておいしくはありませんでした。そういうトマトをどうやって工夫して食べてもらうか。それを考えるのが本来の料理だと思うんです。

でも、時代が進み、おいしくなければ売れないということで生産者の方がいろいろ改良を重ねながら今に辿り着いたわけです。一人でできることではありませんし、そこには相当な努力があったと思います。そうした経緯も視野に入れたうえで、「じゃあ今なら何ができるか?」を考えなければなりません。

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——滝野さんが郷屋敷に入られてから9年で、変化を感じる部分はありますか?

滝野:今の時代、お店の料理は「おいしい」が当たり前になりましたよね。特にここは260年の歴史ある建物ですから、お客様も全員が、失敗の料理はないだろうと思って来られます。今、おいしいが前提だからこそ、その上で何ができるかが、より重要になっていると思います。人間が作っているものなので、常に100%のものを出せるかは難しいです。ぼくら料理人はもちろん、生産者さんとも力を合わせて努力していかなければなりません。

讃岐の郷土料理と食材を「発信」するために

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——香川県の食の魅力は、どんなところにあるのでしょうか?

滝野:香川は、食材のバリエーションが四季を通して豊富です。どの季節においても他の場所では食べられない、見かけない食材があるんです。瀬戸内海の小魚が豊富に獲れるので、小魚料理も発達していますね。例えば「押し抜き寿司」というサワラを使った郷土料理があります。昔、香川へ嫁いだ嫁が里帰りする際にサワラを持って帰り、里で寿司にしたものを持ち帰るという文化もあったようです。

食文化は、土地や気候と深く結びついているものなんですね。雨が少なくて暖かい気候の土地だからこそ、小麦がよく育ち、讃岐でうどんが盛んになりました。また瀬戸内海周辺が地中海の気候に似ていたおかげで、おいしいオリーブが育つようになりました。こうした郷土の食文化や歴史を、ぼくは料理を通して伝えていきたいと思っています。

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讃岐の郷土料理や瀬戸内の山海の幸をふんだんに使った、季節限定のスペシャルメニュー1300円。2019年にJAL国内線ファーストクラスの機内食を監修した際のメニューを再現したもので、内容は1月ごとに変更する。3月は讃岐の粒味噌を使い甘じょっぱく仕上げたサワラの西京焼きや、郷土料理しょうゆ豆の天ぷらなどをワンプレートに。米は香川県産おいでまい。肉うどんつき。


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——近年はオリーブ牛やさぬきサーモンなど、新たな香川ブランドの食材も注目され始めていますね。

滝野:オリーブ牛などはもともと、オリーブ生産者の方が、オリーブの出がらしや葉などの端材を活用できないかと考えたところから始まりました。でも、牛や魚も生き物ですから、渋い味のするオリーブかすはなかなか食べてもらえず苦労したようです。

ただ、そうした生産者の苦労や気持ちを、ぼくらはまだまだ伝えられていないなと感じています。幸い、香川県のPRによってオリーブ牛という名前は知られてきています。県としても、うどんだけじゃない香川を打ち出す努力をしていますから、そこにもっと料理人たちが加わって、力を合わせていかなければと。


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オリーブ牛のぶっかけうどん1300円。手打ちのうどんとオリーブ牛の旨味をたっぷりと味わえるひと皿。オリーブ牛は臭みがなく、あっさりとした脂で重すぎない食べごたえが特徴。脂の特徴を伝えるため、あえて脂身を使用している。

——「郷屋敷」ではオリーブ牛を使った料理を通年いただくことができますが、県内の料理人のみなさんにももっと使ってもらいたいという思いもありますか?

滝野:そうですね。でもそのためには、食べてくれる人が増えていかないと。県外そして海外の人にも、もっとオリーブ牛のおいしさを知ってもらう必要があると思っています。ぼくも香川の料理人の一人として、都内の人たちとタッグを組みながら、いい食材を広めていけるように少しずつですが動いています。

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やわらかく、旨味がぎゅっと詰まったオリーブ牛のステーキ。ソースはワインベースで、わさび大根おろしが添えられている。

——外に発信する努力もされているのですね。

滝野:もちろん、ここでの仕事が前提になるので、まだまだではありますが…。和食の知識だけでは肉を使うのは難しいので、今はフレンチも学んでいるところです。そのもののいいところを表現するという点で、フレンチは深いですね。醤油を使わずに味を出すのですから、すごいことです。当然ぼくの料理では和食に転換しますが、フレンチの技法や見せ方はすごく勉強になっています。今の時代、和食だけで満足していたのではだめですね。広く世界に目を向けないと。

——郷土の味を表現し伝えていくために、伝統技術だけでなく他ジャンルの技術も取り入れていく…まさにこれからの時代の料理ですね。

滝野:そういう時代がもう来ていますよね。都内などはそうだと思いますが、香川県では、まだまだなので、努力していかなければと思っています。

 

では、最後に…。
滝野さんにとって、 「おいしい」とは何でしょうか―—?

おいしんぐ!編集部

滝野:おいしいとは、記憶に残るもの。時間の一瞬一瞬を料理に変えて、お客さんの記憶に残すのがぼくらの仕事だと思っています。お祝いや法要の席はもちろん、ここでランチしたということだけでも、その一瞬一瞬のおいしさや幸せを残すのがぼくらの使命。楽しかったとか嬉しかったとか、またここを思い出してくれるような記憶が残せたら最高ですよね。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/祭貴義道

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