料亭という枠を超えて、日本の食文化の楽しみを提供する

80年の歴史を持つ老舗から、 新時代の日本料理を発信する。「紀尾井町 福田家」<後編> 料理長・松下俊一さん

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おいしんぐ!編集部

1939年に東京・虎ノ門の地で割烹旅館として開業した「福田家(ふくだや)」。当時は川端康成や湯川秀樹、イサムノグチといった文化人の定宿だったという。先代である福田マチさんが開業にあたり指導を受けたのが、芸術家であり美食家として知られる北大路魯山人。料理、空間、季節感、もてなしの心に至るまで、福田家には魯山人の美意識が隅々まで行き渡っている。

1945年、空襲での全焼から現在の紀尾井町に移り、翌年に再開。69年には別館「ふくでん」を開業。95年には料亭として「福田家」(本店)を開業し、2016年に別館の場所に本店を移す改装を経て、「紀尾井町 福田家」として現在に至る。

魯山人の手による陶芸・書などの作品を間近で見ることができる店内は、さながらミュージアムのよう。また料理長が腕によりをかけて作る季節の料理が、魯山人の器に盛られて提供されることも。料理はもちろん、器や調度品、生け花や庭の景色、そして温かな接客……すべてにおいて徹底された最高級のもてなしを受けられる紀尾井町の隠れ家として、国内外の要人やセレブリティからも愛されてきた。

80年以上の歴史を持つこの「福田家」がいま、新たな動きを見せつつある。時をほぼ同じくして12年ほど前にこの店に入り、4年前から社長を務める福田貴之さんと、料理長を務める松下俊一さんが、伝統的な日本料理をいかにアレンジして現在の人々に楽しんでもらえるか、その試行錯誤を重ねている。

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料亭という枠を超えて、日本の食文化の楽しみを提供するレストランという現在に適した立ち位置を。昔ながらの伝統料理を提供するだけではなく、新しい時代にふさわしいチャレンジを。そして、時代を超えすべての日本人に備わっているであろう“季節を感じる心”を楽しんでもらうための時間と空間を……。これからの「福田家」を担うふたりに、前編は社長の福田さん、今回の後編は料理長である松下さんに、熱い思いを語ってもらった。

福田家で学んだ、すべてのことに対する気遣い

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さらなる「おいしい」を目指し、料理の腕だけでなく知識と教養も磨いていきたいと話す松下俊一料理長。

——松下料理長は、福田家にいらして何年目ですか?

松下:勤め始めてから12年ですね。料理長になってからは5年目になります。

——それまではどちらのお店にいらっしゃったのですか?

松下:19歳でこの世界に入り、銀座のふぐ料理屋や箱根の日本料理店、錦糸町東武ホテルのレストランを経てここへ入りました。前の親方(福田家の前料理長)には以前からお世話になっていて、箱根や東武ホテルでの仕事を紹介してくれたのも親方でした。最終的に福田家に呼んでいただき、10年ほど一緒に働きました。


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——福田家に入ったときの印象はいかがでしたか?

松下:今でこそ食に対してお金を使うことは珍しくないですが、私が来た当時は、食事に2~3万円を出す人はそうそういない時代でした。そんな中で福田家はかなり高級な料理を普通に出していたので、憧れの店でしたね。高級店の調理場にもいまのように簡単に就職できる時代ではなく、選ばれた人しか入れませんでしたから、「どんな料理を出しているんだろう」と。本当に未知の世界でした。

——入ってから、どんなことを学ばれましたか?

松下:ひとつひとつの仕事の細かさ、そしてお客さんに対する気遣いですね。とにかく、何に対しても気がつくこと、気を遣うことは覚えましたね。親方の仕事をそばで見ながら、調理も盛りつけも繊細になりました。

——たとえば食材に対しても気を遣うということでしょうか?

松下:はい、すべてです。魚を下ろしたときに、ちょっとでも血が混じっていたりしたら、もう使えないので即交換です。それだけお客さんにいいものを出したいという思いが強いんだなと。

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割山椒(わりざんしょ)の向付(むこうづけ)胡桃和え:京都産大黒シメジ、ニンジン、シャインマスカット、柿を使った、秋を感じる和えもの。山椒の実が3つに割れた形の器「割山椒」に盛りつけた一皿。魯山人の作品と料理とが互いを引き立て合う。


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年に6~7回ほど替えるというお膳。繊細なタッチで描かれた菊からも、秋の気配を感じられる。

——松下さんが料理長になってから、変えたことはあるのでしょうか?

松下:前の親方は伝統を重んじ、それまでの料理を継承して作っていたのですが、いまの時代は、それだけではお客さんが離れてしまうと思うんです。ですので私は、伝統的においしいものは大事に残しつつ、なるべく自分なりに食べにいったり、本を見たりしてアレンジしたり、違うものにもチャレンジしたいと思ってやっています。

たとえば「お刺身には醤油」というのが伝統でしたが、アレンジでオリーブオイルやバルサミコのソースを加えてみたりとか。そうしたことは積極的にやっていますね。以前、おいしんぐ!さんとご一緒させていただいた鹿肉の会にしてみても、昔だったらきっとやっていなかったと思います。でも、チャレンジしてみたら面白かったです。

——反対に、いまは主流ではない昔の食文化を取り入れることもありますか?

松下:そうですね。たとえば鰹のお刺身は、醤油としょうがでいただくのが主流ですが、古くはカラシで食べられていたみたいです。そういうことを知ったら、何でも試してみますね。私も実際にカラシで食べてみたらおいしいかったので、お料理でお出ししたことがあります。


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明石鯛の松皮造り:湯をかけ、皮と身とを一緒に味わえるように調理しているため、皮と身の間にあるおいしい脂の部分をじっくりと楽しめる。ラディッシュと菊花のけん(あしらい)、車海老、花穂じそを添えて「鉄釉金彩木葉皿」に盛りつけ。醤油は鰹節と昆布を加えて調合した深みのある味わい。


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——長い伝統をもつ福田家さんが新しいチャレンジや提案をしていることは、とても素敵だと思います。

松下:とにかくお客さんに来ていただいて、喜んでいただくのが私たちの仕事だと思っているので。そのためにはと逆算していくと、果たして昔のままのやり方で料理を続けていていいのか? もしかしたらお客さんが飽きてしまうんじゃないか? と思ってしまうんですよね。そのあたりは社長ともコミュニケーションを取りながら常に考えています。

生産者の顔が見える食材を

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——福田家さんのコース料理は、どのぐらいで内容が変わるのですか?

松下:月に一度、変わります。その時期においしいものを出すことが大切なので、採れたてをいかにお客さまに楽しんでいただくか、いろいろ取り組んでいます。また、食べておいしいだけでなく、店に入ってから席につくまでの間だったり、器や盛りつけからも季節を感じて食べていただくことも大事にしています。これも調味料のうちだと思っていますので。

——食材については、どのような基準で選んでいますか?

松下:材料や調味料は、国産の良いものを選んで使いたいと思っています。生産者から採集方法や製法の説明を聞き、味を見た上で、おいしいと自分で納得したものを使うようにしています。

たとえばオリーブオイルは香川産のものを使っているのですが、直接オリーブを手摘みしている話を聞いて「そこまでしなければ、こういう味は出ないよな」と思ったので、選ばせてもらいました。

カラスミも、淡路島近くの小さな島に直接行って、仕入れ先を決めました。この人たちだったらいい素材を提供してくれるなと確信できたので。秋田の農家さんからは、春のじゅんさいや秋の舞茸、冬にかけてはセリなどを送ってもらっています。やっぱりいい生産者さんが作っているものは、市場に並んでいるものとは違うんです。


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——まさに生産者の顔が見えている状態なのですね。魚類はどうでしょうか?

松下:なるべく頻繁に豊洲に足を運ぶようにしています。神経締めについても、店に運んできてから締めるのでは、運んでくる間にストレスやダメージを受けてしまうので、豊洲で信頼している方に締めてもらっています。天草のハモも、現地で神経締めにしてもらってから運んでいますね。食材はただ新鮮であればいいのではなく、その後の処理についても大事にしています。

——素晴らしいですね。塩や味噌についてはどうですか?

松下:塩は私の出身でもある長野産の、山で取れる塩を使っています。海水の温泉が出る地域があり、その温泉水を蒸発させて作っているミネラル豊富で甘い塩があるんです。お味噌も長野の味噌屋さんから手作りのものを取り寄せていますが、市販の信州味噌とはやはり味がまったく違いますね。

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秋茄子の胡麻味噌焼き:秋茄子をくり抜き、中に帆立、才巻海老、ポテト麩、枝豆を入れて味噌と合わせ、オーブンで焼いた一品。白味噌に卵黄を入れて練り込んだ自家製の玉味噌に、同じく自家製の胡麻ペーストを合わせている。藍色の格子模様が美しい「格子皿染付組松葉」に、茄子の色がマッチする。


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——ご出身地である長野への思いもあるのでしょうか?

松下:やはり生まれ育った場所ですし、思い入れもありますね。家の周りに何もなくて、米も野菜も自給自足でまかなっていたので、昔から自然のおいしいものを食べていました。その味はいまも覚えています。海のものはあまりないのですが、山のもの……たとえば長野ではお漬物を生で食べますから、味噌やぬか床などは無農薬で安心できるおいしいものが作られています。お米も天日干しをしているので、乾燥機は使っていません。

料理長になって、ある程度自由に食材を使えるようになったので、国産のおいしい食材を探しながら、少しずつ揃えている最中です。できるものなら自分で農家もやりたいぐらいなのですが、それは無理なので(笑)。なるべく足を運んでいいものを選ぶようにしています。

——料理長みずからがここまで現地に足を運んで選んでいるとは想像していませんでした。

松下:そうしないと料理を作ってもおもしろくないじゃないですか。もちろん時間や範囲が限られてはいるのですが、新しいおいしいものを探すことは、常にチャレンジしていたいですね。


写真提供:紀尾井町 福田家

写真提供:紀尾井町 福田家

——今後については、どんなことを考えていますか?

松下:お客さんにたくさん足を運んでもらえるお店にしたいですね。料理、そして店全体で魅力を感じてもらわなければ「また来たい」と思われないんじゃないかなと。お料理だけじゃなく、ほかのものも磨いていかなければと思います。

——料理長として、磨いていきたいという点は?

松下:やはり、知識と教養です。時間があれば本を読む、人とあって話を聞く。それをやらなければ、もっともっと上にいけないので。

また、カウンターのお店のように自分たちがお客さんの前に出ることはないので、お料理だけですべてを伝え切れているかどうかは常に意識しています。そのために調理場は一丸となっていますが、もっと福田家全員で一丸となってやっていきたいですね。

——コース料理の最後には、料理長みずからが席までご挨拶に来てくださいますよね。

松下:最後のご飯ものをお出しするときに、お客様のお話のお邪魔にならない限りは直接ご挨拶をするようにしています。お一人お一人とお話させていただき、少しでも思いをお伝えできたらと。そして、これからリピーターになってくださるお客さまが、もっと増えたら嬉しいなと思っています。

 

では、最後に…。
松下さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

おいしんぐ!編集部

松下:私の「おいしい」の感覚でいうと、小さいころに家で食べた自然の野菜や水を思い出します。本当に自然豊かな所で育ったので、水道がなくいまだに井戸水、天然水です。昔はプロパンガスもなく、お風呂でも薪を使っていました。修学旅行で初めて東京に来て、水道水が飲めませんでしたから(笑)。いまも店で、天ぷらの衣などには天然水を使っています。揚げたときの「カラッと感」がまったく違うんですよ。あとは母の料理もおいしかったので、その印象も強いかもしれません。

——松下さんの「おいしい」は、小さいころの体験がベースになっているのですね。

松下:そうですね。私はお客さまに「このおいしさを伝えたい」という押しつけのようなことは考えていないんです。そうではなく、自然に「おいしいな」と思っていただけるのが一番ですね。

料理を召し上がって「秋を感じますね」とか「これこれこうだからおいしいです」と言っていただけたりすると、とても嬉しいですね。外国人のお客様からは「春らしいですね」「秋ですね」という表現や感想はあまり聞いたことがないので、季節感というのは日本人がDNAの中にもともと持っている感覚なのかもしれません。

おいしんぐ!編集部

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/倉橋マキ

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——おいしい体験は、毎日をもっと楽しくする——と信じて。