お金じゃ買えないものを残せたら――

大人にも子どもにも愛される、思い出のつまったエビフライ 「キッチン・オリオン」オーナーシェフ・田中雅博さん

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大人にも子どもにも愛される、思い出のつまったエビフライ 「キッチン・オリオン」オーナーシェフ・田中雅博さん

おいしんぐ!編集部

香川県丸亀市に、街で人気の洋食レストランがある。丸亀市出身のオーナーシェフ田中雅博さんが2017年にオープンした「キッチン・オリオン」だ。名物は、大きく食べごたえあるエビフライや、100%国産牛豚肉を使って作るハンバーグ。どれもボリューム満点で低価格ながら塩気を抑えたやさしい味わいで、子どもからお年寄りまでが食べやすいため、家族連れで訪れる客も多い。

店内に一歩入ると流れる温かな雰囲気、手書きのメニュー、笑顔で出迎えてくれるスタッフたち……。シェフやスタッフとお客さんの距離が近く、誰もがリラックスして食事を楽しめる場所なのだということがよくわかる。店内の黒板を使って常連客から希望を聞き、季節ごとのリクエストメニューなども作っているという。

田中さんが「キッチン・オリオン」を開店した理由のひとつが、小さいころに地元の洋食レストランで家族と食べたエビフライの味なのだとか。どんな経緯でこの店が誕生したのか。そしてどんな思いとともに田中さんは厨房に立っているのか。開店前の時間をいただき、じっくりと話を聞いた。

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子どもからお年寄りまで訪れる、家庭的な雰囲気の洋食レストラン「キッチン・オリオン」。赤い看板が目印。


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明るい雰囲気の店内。手前には一人でもふらっと訪れやすいカウンター席、奥には家族連れでゆったりできるテーブル席がある。

少年時代に大好きだったエビフライ

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お客さんと話すのが楽しいと語るオーナーシェフの田中雅博さん。

——「キッチン・オリオン」は2017年に開店とのことですが、それまで田中さんはどこでお仕事をしていたのですか?

田中:岡山に本社がある全国フランチャイズのレストランで働いていました。採用は香川でしたが、兵庫、神奈川と転勤し4年前までは静岡の富士宮店のキッチンにいたんです。メニューでもハンバーグやエビフライが人気でしたね。朝から晩までエビの皮をむいて、体じゅうエビフライの香りがするぐらいまでやっていましたよ(笑)。3年前、結婚を期に香川へ戻ってきて、独立しました。

——エビの香りが染みつくまでとは、すごいですね。

田中:やっぱり洋食でエビフライって王道なんですよね。自分の店を出すことになって、最初はハンバーグとオムライスの2本立てでいこうかなと思っていたんですけど、いざいろんなメニューを出してみると、実際に一番反響があったのがエビフライでした。うちの人気トップ3のうちの2つにエビが入っていますね。1位が名物デミオムふわ&エビフライ、2位がハンバーグ&エビフライ、3位がチキン南蛮です。

——どれもおいしそうです。味はもちろんですが、このエビフライのビジュアルの迫力もたっぷりで、食欲をそそられます。

田中:気づいたら、頭付きのエビフライがインスタグラム上でもアップされるようになってしまって(笑)。


おいしんぐ!編集部

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——インスタ上でも盛り上がっていますよね。田中さんが作るエビフライの特徴を教えてください。

田中:まずは、頭つきであることが、珍しいかもしれません。それから、エビはきちんと処理しないと変に曲がったり、逆にまっすぐになりすぎたりするので、きれいなカーブを描くように、仕込みからしっかりやっています。今でも毎日50から60ぐらいは、皮をむいていると思います。味付けについても、以前の店ではワインをメインで出していたので、それに合わせておしゃれな味、大人向けの味付けだったのですが、ぼくは子どもでも食べやすい味付けにしています。

——子どもでも食べやすいというのはいいですね。

田中:そもそも、ぼく自身が小さいころから和・洋・中のなかでも洋食が好きだったんです。もう閉店してしまったんですけど、香川でジャンボエビを出していた店があったんですよ。昔、お父さんの給料日やお母さんの誕生日とかで「今日なに食べたい?」と聞かれたときにはだいたいその店に行って、エビフライを食べていたんです。


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——本当にお好きだったんですね。素敵なエピソードです。田中さんは、食材はどのように選んでいますか?

田中:エビと肉の一部は外国産ですが、野菜はほぼ香川産です。実は実家が兼業農家をやっていまして、お米や玉ねぎ、大根などを作っています。もちろん全種類はそろわないので、足りないものは産直で仕入れていますね。

——料理を作る上で心がけていることはなんですか?

田中:自分の店でお客さんと顔合わせる距離でできているからこそ、変なものは作れないですし、その人その人に合わせてとまではいけないかもしれないですけれど、心をこめて、気持ちをこめて、作るようにしていますね。

週に1、2回でも食べられるような料理を目指しているので、塩加減も薄いほうだと思います。オムライスもケチャップだけで塩を入れていませんし、デミグラスソースも味調整ぐらいしか使いません。

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15cmのブラックタイガーエビを使用した、名物デミオムふわ&エビフライ(サラダ&スープ付き)1150円。毎週でも食べたくなる優しい味わいで、ボリュームたっぷりなのも嬉しい。数量限定で出す全長30cmのジャンボエビフライも人気メニュー。

お金では買えないものを、残したい

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——田中さんが料理人を目指した理由は何だったのでしょうか?

田中:25歳のときからこの道に入ったのですが、その前は農機具の営業マンをしていました。そもそも、いわゆる就職氷河期時代だったので、とにかくどこかに応募しないとひとつも受からないような状況だったんです。それで、自分のやりたいことは二の次で選んでしまったんですよね。就職して3年ぐらい働いて、「これでよかったのかな?」と。

そんなときに、学生時代のバイトが楽しかったなとか、子どものときに食べたジャンボエビが好きだったなとか、そういうことを思い出したんですよね。食べるのも、作るのも、お客さんと接するのも好きだなと思ったんです。

——料理はもともとお好きだったんですか?

田中:自分が食べるくらいの料理ですけれど。テレビで見た料理がおいしそうだったから真似して作ってみたり。新しいお店ができたら食べに行ってみて、ぼくだったらこうしたいな、ああしたいなとか考えたりしていましたね。


おいしんぐ!編集部

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——そして転職して、料理の道に入られたのですね。

田中:細かく言うと、その後に別の仕事も少ししていました。当時の仕事をしながらも、いろんな求人情報やチラシを見つつ、どこで働くのがいいのだろうと探していたんですね。それを見ていて「この就職情報本を作っている出版社に就職すれば、営業の仕事も生かせるし、情報掲載している店の人たちともつながれるし、お給料をもらいながらいいお店を探せるんじゃないかな?」と思いまして。

——すごくいいアイデアですね! なかなか思いつきませんよね。

田中:いきなり面接だけで入ってしまって失敗したら嫌なので(笑)。一歩下がったところから客観的に、どういう人か、どういう会社かを見極められるなと。それで、岡山に本社のある会社に就職しまして、そこに7年ほど勤めて、料理や経営のノウハウを勉強させてもらいました。

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——今後は、お店をどのようにしていきたいですか?

田中:ぼくは来年40歳になるのですが、50歳になったら飲食店はやめて、51歳から自由なことをしたいなと思っています。ぼくの父もいま事業をしているのですが、仕事の合間に母とバイクに二人乗りして自由に旅をしたりしていて……。ぼくが静岡にいたときにも、バイクで静岡へ来ましたからね。「おまえに会いに来た」とか言いながら、目当ては大きなサーキット場だったみたいです。ターミネーターみたいなサングラスをかけて(笑)。

——かっこいいお父様ですね。

田中:そんな父を見ているので、ぼくも今、50歳を超えたら奥さんとバイクでどこか行こうかなんて話しています。ローンを払い終えて、ある程度自分の中で飲食店のキリがついたらやめようかなと。そうやって決めていることで、全力でがんばれるというのもありますし。

——では2店舗目を出したいとか、お店を拡大したいということは……

田中:ないですね。燃え尽きたいです。儲けよりは、やりがいがあるほうが、自分の中で満足できると思うんです。もしかしたら52歳ぐらいになって、「やっぱりお店を出したい」って思うかもしれませんけど(笑)。それはそれで、身体が動けばいいのかなと。

——素敵なお考えだと思います。

田中:そして「あわよくば」ですけれど、ぼくが小さかったときのジャンボエビの思い出を超えるような人が、この店をきっかけに出てくれたら嬉しいな、なんて思っています。「キッチン・オリオンで食べたエビフライが好きで、いま商売やってます!」みたいな。

せっかく飲食店をやっているので、お金を稼ぐことも続けていくためには必要なんでしょうけど、それ以外につながるものというか、お金じゃ買えないものが残せるなら、やりがいがありますよね。

 

では、最後に…。
田中さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

おいしんぐ!編集部

田中:飲食店にとって、料理の味というのは大事なことだと思うけれど、「おいしい」よりも「楽しい」のほうが大事かなと、ぼくは思います。おいしいは、2番目以降の表現といいますか、料理を極めていくことよりは、自分自身だったり、スタッフの人間性を高めていくほうが大事だなと。人として自分を磨いていく作業が大切で、その先に「おいしい」があるんだと思います。

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/曽我美芽

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