江戸味噌に江戸開城まで…いま、江戸料理がおもしろい。

江戸と令和—— 二つの時代を「おいしい」で繋ぐ。食事 太華・海原 大さん

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江戸と令和—— 二つの時代を「おいしい」で繋ぐ。食事 太華・海原 大さん

おいしんぐ!編集部

「江戸料理」と聞いて、どんな味を思い浮かべるだろうか? まだ醤油や砂糖が高価だった時代、江戸に暮らしていた庶民は、どんな食事を楽しんでいたのだろうか。

現代においては知る人の少ない「江戸料理」の世界に魅せられたご主人、海原大(かいばら・ひろし)さんが2016年に開店したのが、東京港区・芝にある『食事 太華(たいか)』。江戸時代の文献資料などを専門家とともに読み解き、当時あったものに近い材料を使って再現した、江戸の庶民料理を楽しむことができる。

まだ値が高く流通していなかった砂糖や醤油は極力加えず、味付けには出汁や江戸味噌を使い、食材の味を活かして仕上げていく。さぞシンプルで薄味なのかと思いきや、どの料理も、味の深みと手の込んだ仕上げに驚かずにはいられない。芝海老を使った極上の海老しんじょうや新鮮でやわらかな猪肉の鍋料理は、食通をもうならせる絶品だ。

一皿一皿のおいしさ、未知の料理に出合える新鮮さ、そして200~400年前に生きた人々と、料理を通してつながる楽しさ…。東京の中心地から、他ではできない食体験を発信している海原さんに、江戸料理の魅力と奥深さを教えてもらった。

外観 おいしんぐ!編集部
東京タワーを間近に望むオフィス街の一角に、静かに佇む『太華』。


内観 おいしんぐ!編集部

内観 おいしんぐ!編集部

カウンター4席、テーブル席8席の空間。「おかず番付」を見ながら、江戸っ子たちが好んだ味を想像するのも楽しい。

 

目からウロコが落ちた、出汁の味


江戸時代と令和時代を「おいしい」で繋ぐ若き主人、海原大さん。 おいしんぐ!編集部

——まず、率直にお聞きします。海原さんは、なぜ「江戸料理」を作っていらっしゃるのでしょうか?

海原:この世界に入って数年は、イタリアンのお店にいたんです。ちょうど、郷土料理が着目されるようになってきた時期でした。イタリアにさまざまな郷土料理がある。これを和食で考えるとどうなるんだろう? とそのときに考えていたんです。

——イタリア郷土料理からの発想とは、面白いですね。

海原:そもそもイタリア料理自体、アルバイトで始めたんですが、おもしろくてのめり込んでしまって……。いつか自分の店を持ちたいと考えたときに、和食で仕込んでおいてもらったほうがいいだろうと思って、25歳のときに転向しました。


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——そこから江戸料理に興味を?

海原:僕は東京の品川出身なので、東京の郷土料理に興味を持ちました。でも調べてみると、いわゆる甘辛い系の東京の味というのが、個人的にあまり好きじゃなかったんですね。とくに、あの甘さが。

——すき焼きや鰻などは、甘い味付けですね。

海原:そうなんです。そんな時、尊敬している料理人のインタビューを読みました。「江戸料理は甘辛いイメージがあるが、当時の感覚で考えると砂糖は高価であったため、日常的に使わなかっただろう」というような内容の記事でした。

料理ではふつう、砂糖をいっぱい入れると、バランスをとるため必然的に醤油もいっぱい入るんです。ですが、当時高価な砂糖は庶民には使えなかった。ということは、必然的に醤油も少なくなるはずなんです。だから、今のイメージよりももっと味が薄かったんじゃないか? もっと素材の味を活かしたようなものだったんじゃないか?と。


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猪の江戸味噌煮:猪コース12,000円~の中の一品。猪鍋と同様、広島県・安芸高田市の猟師、古門正文さん(https://oising.jp/interview-hunter-furumon/)から直送される新鮮で良質な猪肉を使用。江戸味噌の甘みと猪肉の脂が絡み合い、口の中でさらに旨味が増幅する。


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——私たちがもっている一般的なイメージと、大きく違ってきますね。

海原:その記事を読んだ後に江戸料理に目が向いて、江戸料理の『なべ家』さん(※1935年創業、福田浩氏による江戸料理の名店。東京・大塚で80年間営業。2018年閉店)を見つけ、葱鮪鍋(ねぎまなべ)をいただいたんですけど……それがとてもおいしかったんです。漠然としたイメージなんですけど、関東らしい、きりっとした味わいを感じたんですよね。

女将さんにお話を伺うと、鍋料理のメインであるお出汁に、昆布を使っていなかった。一般的に、江戸では昆布で出汁をとらなかったと言うんです。僕は当時、和食のお店で修行をしていたので「昆布で出汁をとらない」なんて、考えられないことでした。そこで、目からウロコが落ちたんですね。ぼくは味の好み的にも、この方向だな、と。

——それは決定的な出会いでしたね。今から何年前のことですか?

海原:13年前、28歳のときですね。自分がずっと思っていた「東京の郷土料理」というものに、自分に嘘のない状態で取り組んでいけるっていう気持ちになりました。


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——そうした思いを持ちながら、葉山の『日影茶屋』、白金の『心米(ここまい)』などの名店で修行を積み、念願の『太華』を2016年に開店されるわけですね。芝という場所を選んだのはなぜですか。

海原:修業時代によく食べ歩きをしていたんです。そんな中で、26歳のときに新橋の割烹料理屋で食べた海老しんじょうがものすごくおいしくて、かなり衝撃を受けまして…それから10年間、頭から離れないほどだったんです。自分の店でも、海老しんじょうは絶対にやりたいと思っていました。

また、修業時代から芝海老を使う親方が多かったので、触れる機会も多くて、芝海老がどんどん好きになってしまい…。僕の地元もこのあたりですし、地元の料理への思いも当然ありますし、「芝海老料理をやるなら芝だろう!」ということで(笑)。


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海老しんじょう:コース料理の一品に入る看板メニュー。鰹のみから取ったキレのある出汁と、すり身をあえて揚げずに仕上げるスタイルが特徴。口に含むと香りが一気にふわっと広がる。

——たしか、昔このあたりは漁場だったんですよね。

海原:江戸時代には、現在の第一京浜にあたるラインが街道で、そこから東側は海浜になっていました。そこに、芝海老や白ギス、時期によってはハゼがいたらしいです。小魚がよく採れるということで「雑魚場(ざこば)」と呼ばれ、水揚げ場や市なんかもあったようですよ。

 

文献資料から、当時の味を想像する


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——江戸時代というと今から200~400年も前の時代ですよね。当時の料理を再現するのは、難しいことなのでは?

海原:裏付けが乏しいので、難しいです。ですから最初はこの店も「江戸料理」とは掲げずに、芝海老料理をメインにして、控えめにやっていたんです。が、開店して半年ほどのある日、ふらりと訪れた一人のお客さんが、店内に置いてあった『なべ家』の福田さんの本に反応したんです。そして急に「江戸料理、お好きなんですか?」と尋ねられまして。「ええ、好きですけど…」と。

——面白そうな展開です。

海原:その方は出版社の方で、『江戸料理読本』(※松下幸子著、ちくま学芸文庫)という、江戸時代の料理本を再現したレシピを紹介する本を担当されていました。この本の解説を書いていたのが福田さんだったんです。

話を聞いてみると、50年前ぐらいに発足した、江戸時代の料理本を解読する会があるとのことでした。江戸料理研究の第一人者である川上行蔵先生が監修に立ち、歴史学者の先生たちや有名料亭の料理人が集まっていて…。そして当時まだ30代だった福田さんも、その会に入っていたんです。


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——50年も前に…。すごいプロジェクトですね。

海原:そんな流れで知り合うことのできた食文化史研究家の方の紹介もあって、「当時はコハダを天ぷらにして食べていたらしい。ちょっと作ってみてくれないか?」みたいな話が僕のところへくるようになりました。面白そうなので、僕も話を聞きながらあれこれと作ってみて、ここでコハダの天ぷらを食べる会をやったりしましたよ。おいしかったから、今はうちのメニューにも入っているんですけど。

——偶然の出会いから、そんなことに。

海原:江戸料理を作る人もそれほどいないから、ちょうどよかったんですね。そんな感じで「今度、あれをやってみない?」と注文をもらって、それに僕が応えるかたちで、4年経つうちにデータが溜まってきた感じです。


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——具体的に、どのような感じで料理を再現していくんですか?

海原:先生方が本の中で書かれているのですが、再現は「しようがない」という結論です。材料の栄養価も味も調味料も、江戸と今では違うので、完全に同じものは再現しようがない。それに気づいたときに、ふっ切れました(笑)。あとは、いま集められる材料で、どれだけお客さんに楽しんでもらえるか。そこだけを考えてやろうと。

文献に残っているイラストを見たり、先生に文字を解読していただいたものをヒントに、僕がレシピとして作ったりしています。福田さんのアイデアで、最近この「おかず番付」をここに置いていまして…。


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——壁にかかっている、これですか?

海原:江戸の庶民が食べていたおかずが、相撲の番付のように並んでいる資料です。右に書いてあるのは人気の精進料理。めざし、むきみ、きりぼし…これは切り干し大根を貝の出汁で煮たものですね。左は動物系です。しばえびから炒り、たたみいわし…こういうところに出ているのを、お店でもメニューとして出せるようにしたいんです。

 

江戸っ子たちが親しんだ味噌

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——今回出していただいた猪鍋(牡丹鍋)と猪肉に使われている、江戸味噌のことを教えてください。

海原:江戸時代の庶民が食べていた味噌です。3年位前から、芝浦の「日の出味噌」さんが再現し始めてくれて、それを使っています。

——味には、どんな特徴がありますか?

海原:通常の味噌に比べて、麹がかなり多いんです。なぜかというと、徳川幕府ができて、街が作られるとともに、江戸の人口が急激に増えていったんですね。味噌の供給が通常では追いつかないから、仕込み始めてからなるべく早くできあがる味噌を作るため、麹をたくさん混ぜたんです。麹が多いので、味は甘いです。

猪鍋という料理は、醤油の醸造所が千葉の辺りにできるずっと前の時代から、川柳や俳句の中で歌われているらしいんです。醤油は高いだろうから、おそらくその時代の味付けは味噌だったんじゃないか、と。だから江戸味噌が使われた可能性は大いに考えられるよね、って。


おいしんぐ!編集部

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猪鍋:猪鍋コース(10,000円~)のメイン。江戸味噌ならではのすっきりとしながらも深みのあるやさしい味わいが後をひく。ゴボウ、ネギ、三つ葉のシャキシャキとした歯ごたえが、猪肉のやわらかさをさらに引き立てる。


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——そうやって推察していくわけですね。面白いです!

海原:面白いと言っていただけて、嬉しいです。事実はわかりませんが、僕のお店では、そういう話も含めてお客さまに楽しんでいただける料理を出せたらと思っています。

——猪鍋も味噌煮も、現代の「味噌味」としてイメージするものとまったく違いました。甘くてやさしく、すっきりとした味わいでおいしかったです。味噌がこんなに合うとは…と驚きました。

海原:ご飯、味噌汁、漬け物。この3つが日本料理の基本なんですね。昔はおかず=味噌汁だったわけで、どんな材料も、まずは味噌汁にしてしまうんです。だからまず前提として、合うんですよね。

——いま『太華』さんで使っている材料や調味料は、江戸時代に庶民が手に入れることができたであろうものに合わせているんですか?

海原:はい。あまり外れたことはしたくないので、なるべく当時あったものを使っています。猪鍋にはゴボウやネギ、三つ葉を入れていますが、江東区にある「深川江戸資料館」の展示でも、八百屋の店先にゴボウやネギ、ゼンマイがあるんですよ。京大根なども個人的には大好きなのですが、使わないようにしています。


おいしんぐ!編集部

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——砂糖や醤油が庶民の間で一般的になるのは、いつ頃からなのでしょうか。

海原:19世紀になると供給が整ってきて、物価も下がってくるんですね。そうすると、みんなが使い出すんです。鰻の蒲焼き、天丼、そばが出てきて、江戸の食事情も次の段階に移ります。流山にみりんを作るところが、千葉に醤油を作るところが出てきて、江戸の味はみりん醤油系になっていきます。

蕎麦屋も最初は味噌を使って、味噌をこしながらつゆを作っていたそうですが、
醤油とみりんが出てくると、そばつゆを作るのが一気に簡単になるんです。これは、革命だったんじゃないですかね。砂糖も、どんどん安く手に入るようになっていきます。

——なるほど。海原さんはお料理によって砂糖を使うこともありますか?

海原:いいえ。砂糖に関しては、別ベクトルの考えがありまして、使っていません。実はイタリア料理をやっているときから「和食はどうしてこんなに甘いんだ?」と思っていたんです。イタリアンでは砂糖をまったく使いません。料理に砂糖を使うのはどうなんだろう? とずっと考えていまして。

調べていくと『なべ家』の福田さんをはじめ著名な料理人の方々も、砂糖を使わない方がたくさんいらっしゃいました。好きな料理人や憧れの先輩が何人もそうした意見なので、僕も自分の考えに従って、使っていません。

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芝の地酒「江戸開城」1合1,000円~。偶然にも『太華』と時を同じく、3年ほど前から地元・芝にある港醸造が作っている東京発の日本酒。

 

江戸の人々の「工夫する力」

おいしんぐ!編集部

——当時のレシピを再現しながら、江戸の人々のどんなところが見えてきますか?

海原:今と違って、徹底的に「あるものを食べる」のが江戸の人たちですね(笑)。そこにあるものを、どれだけおいしく食べるか。それを工夫する力はすごいです。限りあるもののなかで、工夫して人生を楽しもうとする気概みたいなものを感じます。

——現在は「足りないなら他から取り寄せればいい」とまず考えてしまいますね。学ぶところは多そうですよね。

海原:ええ。「この調理法でこれを食べていたんだ!」みたいなものも、いっぱいありますから(笑)。レシピの数も、拾いきれないぐらいありますよ。とにかく、工夫の結果なんだなと思います。


おいしんぐ!編集部

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——まだまだ楽しいですね。今後は、どんなビジョンをお持ちですか?

海原:この「おかず番付」に載っているような料理がずらっと並んでいて、気軽に食べていただけるような、ちょっと間口の広い店をやりたいなと思っています。京都のおばんざい屋の、東京バージョンですね。

雰囲気的には浅草のどじょう屋や森下の馬肉屋みたいに雑多な感じで、お酒も飲めて。やっぱり江戸料理は肉だと思うので、締めに馬鍋でも猪鍋でも、葱鮪鍋でも、そういうメインになるものを食べてもらって。そういうイメージが、少しだけ、見えてきたところですね。

——最高ですね! 楽しみにしています。

海原:ありがとうございます。開店から4年、石橋を叩きながらやってきたみたいなところはありますが、少しずつ、いろんな料理を食べていただけるようになってきたので、最近は躊躇しないで「江戸料理出してます!」と打ち出していこうかなと。

 

では、最後に…。
海原さんにとって、 「おいしい」とは何でしょうか―—?


おいしんぐ!編集部

海原:「楽しさ」じゃないですかね。お店でも家でも、食べる側の人が「おいしい」ときは、楽しいですよ。そうじゃないときもあるのが、料理の難しいところですけれど(笑)。

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