港区・芝を舞台に、 いま新たな挑戦が始まる。

時を超えて蘇る江戸前料理。「江戸前 芝浜」海原大さん

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時を超えて蘇る江戸前料理。「江戸前 芝浜」海原大さん

おいしんぐ!編集部

江戸の人々が食べていた庶民料理を研究し、独自のアレンジも加えながら令和の世に蘇らせているマニアックな料理人、海原大さん。現存する資料を専門家とともに読み解きながら、当時使われていたであろう野菜や魚介、調味料などを使ってさまざまな料理を再現。さらに自身が東京都品川区出身であることから、芝海老などかつて芝の地や海で獲れた食材を積極的に使うこともコンセプトに掲げてきた。

2016年に「食事 太華」を開店させてから約5年。その料理に魅了された常連客や、噂を聞きつけて訪れる新しいお客さんたちの希望にもっと応えたい――。そんな思いとコロナ禍という状況が重なり、店の移転を決断した海原さん。2021年6月に「江戸前 芝浜」という屋号で新たにスタートを切った。

店内の広さは2倍ほどになり、調理場やテーブル席にゆとりができただけでなく、趣のある7席のカウンター席も設置された。このカウンターには日本酒の深い知識を持つ女将が立ち、「江戸開城」をはじめとした東京の銘酒をいただけるという。またテーブル席では江戸のお惣菜を再現した前菜「江戸盛り」や、当時の芝で獲れた芝海老と白鱚(きす)を使った鍋物「芝煮」などで構成される絶品のコース料理を堪能できる。

リニューアルオープンから間もない7月某日。新しいフェーズに突入した海原さんに、これからの展開について話をうかがった。前回のインタビューと合わせて、ぜひお読みいただきたい。

外観 おいしんぐ!編集部
東京タワーからも近い、港区芝に佇む「江戸前 芝浜」。都営地下鉄三田線「芝公園」駅から徒歩4分ほど。


内観 おいしんぐ!編集部
内観 おいしんぐ!編集部

 

江戸料理をさらに突き詰めるために

おいしんぐ!編集部
「まずはシンプルに江戸前料理を楽しんでほしい」と語る海原さん。

——移転オープン、おめでとうございます。前のお店「太華」から近い場所ではありますが、まずはなぜこの場所でリニューアルオープンされたのか、というところから教えてください。

海原:広い場所に引っ越したいという気持ちがずっとあったんです。前の店では席の広さが死活問題になってきていましたし、自分の中で徐々に固まってきた「江戸前料理」というコンセプトに対して、お客さんの希望に答えきれていないなと感じていました。

そんな時、ちょうどこの物件のお話をいただきました。ここはもともと10年以上続いていた中華料理屋だったのですが、コロナ禍により惜しまれながらも閉店となってしまったんです。内装をひと目見て、すぐに気に入りました。僕のイメージにも合ったし、この内装を活かして、やりたいことができそうだなと。

——どんなところが、イメージに合ったのでしょうか?

海原:江戸前料理、そしてこの辺りの芝という地名も店のコンセプトに掲げているのですが、ここの内装は土壁で、自然光が入り、海辺にあるお店のイメージに合うなと思いました。

内観 おいしんぐ!編集部
前店と比べて厨房も拡大。これからここで、どんな新しい料理が生まれるのか楽しみだ。


おいしんぐ!編集部
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——店の屋号を「食事 太華」から「江戸前 芝浜」に変えたのは?

海原:以前から江戸の食文化について教えていただいている料理人の先生がおりまして、その方に移転について相談に乗ってもらっていたんです。そのときに「名前も変えては?」「江戸前料理とつけたほうがいい」とアドバイスをいただきました。

あれこれ考えていた時に、その方と、新しく店に迎え入れた女将のふたりともが「芝浜」がいいんじゃないかと言ってくれたんです。芝浜というと落語の演目のイメージがありますが、自分自身も店のコンセプトにとても合っているなと思いました。この場所が昔は浜辺だった、ここで芝海老が獲れていた……そんな海辺の店のイメージを、店名から想像してもらえたらいいなと。

おいしんぐ!編集部

——海原さんは江戸時代の文献などから当時の料理を研究し、再現されています。「江戸前」とつけることで、より大事にしているコンセプトが伝わりやすくなりましたね。

海原:ええ。実はその料理人の方に「芝浜」という店の看板を書いてくださいとお願いしたんですが、出来上がったものは「江戸前 芝浜」となっていまして……(笑)。予想外でしたが、その響きが気に入ったので、これでいこうと思いました。


おいしんぐ!編集部
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——以前のお話では「江戸」というテーマをどの程度出していくか迷われていた時期もあったようでしたが、これからは「江戸」を全面に出していく感じでしょうか?

海原:「食事 太華」を5年間やる中で、「場所としての江戸前料理をやっていきたい」と方向が固まってきました。だんだんと応援してくれる人が増えてきて、お客さんからの要望も増えてきたので、それに応えたいという気持ちが大きくなってきたのがひとつです。

もうひとつ、移転にあたって教えを受けている先生に「江戸前料理とはなにか」と思い切って尋ねてみたんです。そうしたら単純明快な言葉ををいただきまして、なんだか自分の中のモヤモヤがふっとんだんですね。その方が言ったのは「芝海老と穴子を使っていれば、江戸前料理だよ」(笑)。


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——「江戸前料理とはこうでなければならない」と難しく考えすぎなくてもいい、ということですね。

海原:はい。だから僕も細かいことは気にせず、やりたいことをどんどんやっていこうと。

 

現代の味覚に合わせ、蘇らせた江戸前料理の味

おいしんぐ!編集部

——料理に関して、何か変化させた点はありますか?

海原:調理場が広くなって、よりやりやすくなりましたね。これまではアラカルトメニューもあり、あれもこれも出していたようなところがありましたが、よりスムーズに提供できるように、コース料理一本に絞りました。


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コース料理の前菜、「江戸盛り」。卵焼きは芝海老の出汁を入れて焼き、ひと口ナスの南蛮煮は、小ナスを酒、醤油、唐辛子で煮たもの。三種和えは白ウリ、ミョウガ、こんにゃくを煎り酒で浸すレシピ。アサリのくさ和えではネギを使い、味噌で味付けしている。

——前菜の「江戸盛り」について教えてください。ネーミングもとてもいいですよね。

海原:最初に華やかなひと皿があったらいいんじゃないか、という女将のアイデアから生まれたものです。季節の野菜などを使っていまして、いわば江戸のお惣菜ですね。今日作ったのは、芝海老の出汁の卵焼き、白ウリ、ミョウガ、こんにゃくの三種和え、ひと口ナスの南蛮煮、アサリのくさ和え。ネギ、ニラ、ニンニクなどは当時「くさもの」と呼ばれていたんだそうですよ。


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江戸時代、天ぷら屋のお品書きにも書かれていたという小肌(こはだ)の天ぷら。「江東区の深川江戸資料館にもこはだの天ぷらのサンプルが展示してあるんですよ」と海原さん。

——続いて出していただいたのが「小肌の天ぷら」です。とてもおいしかったのですが、こちらも江戸時代の人たちが食べていたメニューなのでしょうか。

海原:以前、江戸食文化の研究者が当時の文献を調べているときに、天ぷら屋のお品書きの中に「こはだ」の字を見つけまして。「実際に食べられていたんじゃないか?」ということで、食べてみたいと頼まれ、実際に僕が作ってみたんです。お店でもお出ししたところ評判がよくてメニューに加えることにしました。もう4年近く出している、店の定番になりましたね。

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芝海老、白鱚を使った鍋料理。遮光栽培した白い三つ葉を合わせている。「芝海老と白鱚は芝肴(しばざかな)と呼ばれ、昭和30年頃まではこの辺りでも普通に出ていたと聞いています」。

——前の店からずっと大事にしてきた料理のひとつなのですね。そして最後に出していただいたのが鍋料理「芝煮(しばに)」です。初めて聞いた料理名ですが……。

海原:最初に見つけたのは調理用語辞典の中でした。「芝煮」と書いてあって、自分でもずっと気になっていたんですね。店をやるにあたって芝海老しんじょうと芝煮はぜひやりたいなとずっと考えていたんですけど、芝煮のほうはどうもいまひとつ納得いく形にならず、5年ほどが経ってしまいました。

今回、移転といういいタイミングで、納得いくかたちをひとつ見つけることができました。今後はこれを大いに打ち出していこうかなと思っています。僕自身、芝海老も鱚(きす)も好きですし、芝煮は自分が心から好きな料理なんです。

おいしんぐ!編集部

——芝海老と鱚は年間を通して食べられるんですか?

海原:江戸時代に芝浜で獲れた代表なものが芝海老、そしてもうひとつは鱚でした。どうやら年中獲れたようですよ。10月以降は鮪を使った葱鮪鍋が当店の売りなので、それが登場するまでの半年間ほどは、コースを締める最後の一品として芝煮を出していく予定です。

 

江戸前料理と東京の酒、国産の洋酒

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——リニューアルにあたって店内が広くなり、カウンター席もできましたね。店作りについてはどのような意図があったのでしょうか?

海原:コロナ禍により、お一人さまや親しい2人組のお客さまの需要が増えたように感じていました。でも前の店ではその需要になかなか応えられませんでした。新しいお店では、十分に広さのとれるカウンターを絶対に作りたいなという思いがありました。


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——バーカウンターとしても使えるということで、ますます楽しみが広がりますね。壁にさまざまな銘柄が書かれた札がかっこよく並んでいますが、取り扱っているお酒の特徴を教えていただけますか?

海原:江戸前料理ということで、東京の酒蔵に目を向けてみました。移転するあいだに休みをとって、蔵を回ってきたんです。実際にその場の空気に触れ、お酒を飲んできました。ここにあるものは、味がとにかく納得できると思ったものばかりです。

現在は9つの蔵のお酒を揃えています。芝で江戸末期に開業した東京港醸造の「江戸開城」や1590年に開業し東京で一番古いとされる豊島屋酒造「十右衛門」。それから拝島にある石川酒蔵「多満自慢」「八重菊」、福生市の田村酒造場「嘉泉」、あきる野市の中村酒造「千代鶴」「奥多摩」、秋川の野崎酒造「喜正」、八王子の小澤酒造場「桑乃都」「八王子城」、府中の野口酒造店「国府鶴」、青梅市の小澤酒造「澤乃井」などですね。


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——東京の人でも知らないお酒が多いかもしれません。地方から遊びに来た人も、東京の人も、ここで東京発のおいしい日本酒に出会えるというのは嬉しい体験ですね。

海原:飲んでみると味も本当においしいですよ。うちの料理に合いますし、気に入っています。いくつか他県で造られているものもありますが、それ以外については、東京の水の良さを共通点として感じました。

——新しく、女将を迎え入れたとのことですが?

海原:ご縁があって、来ていただくことになりました。だからこそ今後はお酒に力を入れていけたらなと思っています。東京の日本酒を厳選して揃えていることもそうですし、今後は国産のワイン、ウイスキーといった「国産の洋酒」も新しくやりたいんです。日本食に合うワインがどんどんできてきているなと改めて思うので。

——今後の展開も楽しみですね。どんなお店にしていきたいとお考えですか?

海原:長い目標はありますが、まずはシンプルに江戸前料理をより多くの人に楽しんでいただけたらと思っています!

おいしんぐ!編集部

企画・構成/金沢大基 文/古俣千尋 写真/倉橋マキ

おいしんぐ!YouTubeチャンネルのインタビュー動画

おいしんぐ!のYouTubeチャンネルでは、海原大さんのインタビュー動画を見ることができます。
お店の雰囲気や料理、海原大さんが気になる方はチェックしてみてください。

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