1日だって妥協はしない!いい魚を作るために

オリーブハマチに凝縮された緻密なデータとこだわり。「島野養魚」代表・嶋野文太さん

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オリーブハマチに凝縮された緻密なデータとこだわり。「島野養魚」代表・嶋野文太さん

おいしんぐ!編集部

高松駅から瀬戸内海を左手にして車で走ること約30分。四国最北端の庵治(あじ)半島にある庵治漁港は、日曜日になると季節の魚を使った揚げたての天ぷらやタコ飯を求める人で賑わう、活魚と鮮魚の市「活き活き日曜市」が開かれる港だ。ここから漁船に乗り込み、さらに10分程海に出るとオリーブハマチの第一人者・嶋野文太さんが営む養殖場がある。

香川県の県木・オリーブと、県魚・ハマチ…このふたつを掛け合わせたオリーブハマチが生まれたのは2008年。オリーブ植栽100周年、ハマチ養殖発祥80周年を迎えたことがきっかけだった。それまで茶カテキンやぶどうポリフェノールを餌に加えるなど、さまざまな実験を試みていたものの、成功する魚は生み出せず。しかし「オリーブとハマチを組み合わせてはどうか」という話があったとき、嶋野さんは「これはヒットする」と確信したという。

それから、天候、海水温、雨量…といったデータを毎日欠かさず取り、今では過去10年分のデータと見比べて先を読むことができるまでに…。この緻密なデータに加え、周囲に浮かぶ島の“山の色”も見ながらオリーブハマチの餌の量やタイミングを考えていく。

最盛期を迎える12月。「魚は賢い」、「この仕事は結果が早いのが面白い」と話す嶋野さんに、こだわり満載のオリーブハマチ育成方法について伺った。

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“フランス料理風”に育てる!? こだわり尽くしのオリーブハマチ

おいしんぐ!編集部

——オリーブハマチの養殖がどのように行われているのか、詳しく教えてください。

嶋野:毎年4月10日頃、水温が13度になったところで、中間魚を生け簀に投入します。5月に入ったら餌やりを始め、9月10日頃が初出荷です。餌にオリーブの葉の粉末を混ぜるのは出荷の18日前から。これを15日連続で続け、16日目から約3日間は餌止(えど)めします。そうしないと、出荷のトラックに積んだあと、餌を吐いて水が濁り、全滅しちゃうんですよ。厳密にはこの餌止めの期間も、水温と餌の配合に応じて変わってきます。

※中間魚とは・・・養殖に適した大きさと抵抗力をもつまで中間育成された稚仔魚のこと


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——ちなみにオリーブハマチの稚魚はどのように育てているのですか?

嶋野:卵を孵化させるまでは天然です。理由はコストが合わないから。マグロなど、天然ものがなかなかとれない高級魚であれば、人工孵化でもコストが合うけど、ハマチは天然ものが豊富だからコストが安くすむ。近畿大学が研究している、いい遺伝子を掛け合わせて作る「ゲノム鯛」のようなことを、ハマチでもやれたらいいんだけど、それもコストが合わないですね。

卵から生まれた稚魚はというと、1kg程の中間魚になるまでの1年間、宇和島や大分、高知などで育てる業者がいます。そこと契約して、育った中間魚を買い、自分のところでオリーブハマチに育てていきます。

——1つの生け簀には、大体何匹くらいのハマチがいるのでしょう?

嶋野:生け簀の大きさによるけど、庵治では約3,000本。引田(ひけた)に行くと、12,000本になりますね。ここの生け簀は縦10m×横10mで、深さは4.5mです。

※引田・・・香川県東かがわ市。世界で初めてハマチの養殖に成功した地としても知られる。


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オリーブの葉の粉末は緑色をした細かな粒子で抹茶のような香り。生餌にもかかわらず想像していた生臭さはほとんど感じられない。

——オリーブハマチにはどんな餌をあげているのでしょうか?

嶋野:冷凍イワシの生餌をミンチにして、そこにオリーブの葉の粉末と栄養剤を混ぜます。餌が小さいと好まないから、餌のサイズも調整しているんですよ。食いつきが悪くなってきたときは、餌を入れる速度を落としていって、1箇所当たり2時間程度は餌やりの時間がかかりますね。隣合わせた生け簀同士は特に影響し合うことはないけれど、潮の当たり方がそれぞれ違うため、餌のやり方も生け簀ごとに変えています。たまに絶妙な潮があって、夕方ひとりで餌やりに来ることもありますよ。今だったら1匹で1日35gくらい、15日でペットボトル1本分は太ります。

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(写真左)従業員の濱田茂樹さん。「嶋野さんは仕事にはめちゃめちゃ厳しいですけど、プライベートでは優しい方です」と語る。(写真右)従業員の亀井龍翔さんは19歳。「親方は計算や分析力に長けたすごい人。その下で自分も魚を育ててみたい」と笑顔で語ってくれた。

——船のホースから餌を飛ばして与えていますが、餌やり時の工夫はありますか?

嶋野:ゆっくり時間をかけて餌を入れてやること。あとは、円を描いて餌を食べる魚の回転を、何回くらいにするかも大切です。500回転でお腹いっぱいになったのと、1,000回転でお腹いっぱいになったのでは全然違うんですよ。

フランス料理はゆっくり出されるぶんお腹が満たされるのに対して、寿司は手早く出されるぶん、夜中になるとすぐお腹が減っちゃうでしょ? うちではフランス料理風に、ゆっくりゆっくり食べさせる。走りながらお腹減らして食べている状態ですね。
魚は出荷時の重さ=お金になるので、重さに1日1gの違いが出ると、200日餌をやったとして、最終的に200gの違いになる。それが×6万匹…となるわけだから、金額に換算すると何千万円もの差になるわけです。

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餌に食いつくオリーブハマチ。ビチビチという音が響き渡る光景は圧巻。魚は円形にぐるぐる回りながら餌を食べる習性がある。中央に集まるのが元気な魚で、端にいるのは元気のない魚。満腹になった魚は下へと潜り、入れ替わるように空腹な魚が上へ上がる。そのため餌やりの最後には、水面も穏やかに。

——オリーブハマチは島野養魚さんの他に、何軒あるのでしょう?

嶋野:10軒で、年間約27万匹を養殖しています。この湾だけで10〜11万匹の出荷量があり、うちはその内5〜6万匹を出荷しています。

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「(エンジンの)回転が遅い!」と従業員に声をかけた嶋野さん。船のエンジン音だけで、餌やりの状態がわかる。

 

餌をくれる船かどうかもオリーブハマチは分かっている

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——その中でも、島野養魚さんはどんな工夫をされているのでしょう?

嶋野:天候、海水温、雨量…といったデータを、毎日欠かさず取っています。データがあったらムラができないから。海水温が1度変わると、人でいうところの10度の変化になります。それも1週間〜10日で1度変化したならいいけれど、3日で1度ストンと下がると、魚体がなかなかついてこない。だから最大10年分くらいのデータを照らし合わせて、「今は平成何年のこの頃によく似ているな」とか、「でも餌のイワシの脂が違う」とか、そんな細かいところまで気付けなければいけません。

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例えば今日は19.2度、去年の同じ日が20.3度、平成30年の同じ日が19.3度でしょう? つまり今は去年よりも水温の下りが1度分早い。だからその変化にあわせて、データを見ながら餌の配合を変えてやるんです。でも今が平成30年に近いというだけであって、明後日はまた違うかもしれません。


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——ほかにはどんなことをデータ化されていますか?

嶋野:1匹当たり、何kg、何円相当の餌を食べているかも、全部記録しています。8ヶ月間の餌代が、これね。

——1億3千万円…!?

嶋野:一番食べる8、9月は、1日で70〜80万円の餌代がかかります。8月だけで2,700万円かかってるって、書いてあるでしょ? こっちのデータは従業員にも書かせるけれど、天候や水温のデータのほうは自分しか書き込まないです。字が変わるからね。この線も自分で引いているんですよ。生粋のA型気質だから、はみ出したらやり直し!(笑)

——データ以外に気を配っていることは?

嶋野:周囲に浮かぶ島の“山の色”も見てますね。一番向こうの島から始まっていく紅葉に、いち早く気づいてやらなきゃいけないんですよ。もっというと、紅葉の前に黄葉(おうよう)が始まるでしょ? その時期も魚が知らせてくれるの。餌の食い方が変わるからね。人が山を見て「紅葉が始まったな」と気づく10日前には、魚はもう「この日に山の色が変わるな」と知っていますよ。そのくらい、“魚は賢い”。


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——魚は賢い、ですか!

嶋野:賢いよ。港でこの船のエンジンがかかっただけで、「餌をくれる!」とわかるからね。もしこの船が壊れたからとよその船を借りてきても餌をやっても、最初は警戒して食わないです。それくらい、本当に繊細なことで餌食いは変わります。餌やりを中断すると、嫌がるしね。

——仕事の際に欠かせないアイテムはありますか?

嶋野:魚は人みたいに朝昼晩食べるわけではなく、潮に合わせて食いに来ます。潮が悪いと、1匹も浮いてこないんですね。だからいつも使っているのが、この手帳です。例えば今日の満潮時間を見てみると、インターネットと手帳では40分も違っていて、そのズレが毎日積み重なっていけば大きな違いになってしまう。
本来この手帳は、いかなご漁やしらす漁に行く18隻の船の親方だけが持っている専門書。うちの親父がその漁師だから持っているんだけど、養殖の人は普通もらえない代物です。

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——本当に些細なことが、魚の品質に関わってくるんですね。

嶋野:28年水産業をやっているけど、飽きるようで飽きんもんね。この生け簀では、魚が時計回りに回って餌を食べているでしょ? でも本当は、反時計回りのほうがいいの。

——どうしてですか?

嶋野:反時計回りだと、生け簀の中の“濁り”を、外に出すから。魚は餌を食べると同時に水も飲んでいて、その水をエラから出します。そのとき餌もちょっと出る、それが水を濁らせるわけ。時計回りだとその濁りを、円の中心に持って行くことになるんです。

でも反時計回りの場合、濁りを外に出すから、餌をもっと食べる。その回り方も、最初の餌付けでコントロールできるとか、夕方に餌をやればいいとか、左利きの人がやるとそうなるとか…いろんな方法があるんだけど。南半球は大体、反時計回りだね。けっこう、奥が深いでしょ?

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操縦室には、いくつものサングラスが。雨降り用、かんかん照り用、曇り用…という具合に、海の色を見るためにサングラスを変えている。

——初めて聞くことが多くて興味深いです。

嶋野:人や動物と違うから、難しいといえば難しいよね。動物なら同じ時間に餌をやっておけばストレスにならないけど、魚は潮に合わせなければいけないし。だから大事なのは、いかに観察するかということ。ちょっとした異変に気づけなければ、2日で死にだすからね。

 

やった仕事はすべて魚に出る。だから1日だって妥協はしない

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——この仕事のどんなところに魅力を感じていますか?

嶋野:結果が早いのが面白い。餌やりを始めてから初出荷までの4ヶ月で、自分の仕事の結果が出るからね。初出荷のときに、1匹当たり何kg、何円相当の餌を食べているか計算すると、1匹当たりの重さが3.8kgあるだろうとわかる。もしそれ以上の値が出たら、潮が良かったか、中間魚のときの元の状態が良かったということなんだけど。
でも3.8ある!と思って出荷して、3.7だと言われたら、もうその日は誰っとも話したくないね!(笑) すぐに帰って、昼寝する。

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——それだけ自信があるわけですね。

嶋野:だってどこが悪かったかわからんもん。1日も妥協してないけんね。あれだけデータを取っていて悪い結果になるんだったら、元が悪いとしか思えないですよ。自分の腕が失敗するとは思ってないから。

昔は潮がよくても、今日くらいは帰ろうと言って帰ったときもあったけど、今は一切ない。そういう妥協は、やっぱり全部魚に出てきますから。
そもそもその年の一番出荷(初出荷)というのは、一番いい潮で育てた一番力を入れた魚なわけです。もしそれが小さかったら、あとに出るものも全部小さいよ。逆に一番出荷が良ければ、あとも全部いいということになります。

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——現時点での今年の成果はいかがでしょう?

嶋野:今年は計算通りと計算以上。うちはオリーブハマチの生け簀が16台あるから、もし1つ失敗したなと思っても、ほかの生け簀で粘れば名誉挽回できるのが強みです。うちでは万一、例年よりも失敗しているなと思う生け簀があったときは、別の生け簀に倍以上の時間をかけて、1匹あたりのkg数を伸ばします。


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——今日は出荷の様子も見せていただきましたが、11月半ばである今日のオリーブハマチは、どのくらいのサイズでしたか?

嶋野:約4.3kg、尾叉長(びさちょう:吻の先端から尾びれの中央にある凹みまでの長さのこと)で68cmかな。尾叉長が60cmのときに肥満度が18だと、4kgあるということも、データからわかっています。肥満度とは、人間でいう体脂肪率のようなもので、レーダーが出るガンで測定するんです。体長自体はここからほとんど変わらないため、あとは重さが5kgくらいになるまで、さらに大きく育てていきます。

 

船も生け簀も綺麗でなければ、いい魚は作れない

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——嶋野さんは、なぜ漁師の道に進んだのですか?

嶋野:子供のときから海が好きだったからね。旅行先にも海を選ぶ。温泉に行くにも海。海外に行っても海。次に行こうとしているのはパラオで、やっぱり海! あとは、漁師をしている父親の影響もありますね。

——それだけ海がお好きなんですね。辞めたいと思ったことはありませんか?

嶋野:それはないですね。数字のデータを重要視させる養殖の仕事が、自分は楽しいです。データがないと、整理整頓ができない。整理整頓できて組み立てができて、やっと絞り込みができて、行動に移す段階である餌の配合ができるわけで、データがなければ何もできない。でもデータが全てではないというのがまた難しいところで、勘と経験も必要になります。

——オリーブハマチ以外には、どんな事業をされていますか?

嶋野:カンパチと青のりの養殖もやっています。あとは奥さんの喫茶店「珈琲あるぷす」の仕入れかな(笑)。


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——従業員の方々に、日々伝えていることはありますか?

嶋野:こうせえああせえなんて言わないけれど、「操縦室前のガラスだけは綺麗にしておいて」とは言っています。ガラスが綺麗だったら、船も綺麗に見えるからね。

自分が16歳だった平成3年にこの船を進水してから、めっちゃ大事にしてる。船だけじゃなく、養殖場の生け簀も綺麗にしてますよ。餌やりしながら、時々生け簀に水をまいていたでしょ? あれは餌の鱗が付くのを防ぐため。生け簀に鱗や餌の脂が付いていると、出荷作業のときに滑るし、ペンキを塗り直すときに邪魔だからね。


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——船の中も外もすべて綺麗にされていることが伝わってきます。

嶋野:茶色いサビは嫌い! だって、見た目が悪いでしょ(笑)。生け簀がサビている人ってけっこういるけど、そういう人はいい魚を作らないよ。元が悪いと、ダメだからね。

——嶋野さんが抱かれている、今後のビジョンについても教えてください。

嶋野:オリーブハマチの全国展開。ゆくゆくは海外展開もしていきたいですね。ただそういう営業・販売に関しては組合さんの仕事になるから、そこは頑張ってもらって!(笑)

 

では、最後に…。
嶋野さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

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嶋野:好みがあるけど、いいもんはうまいわね。おいしいと思ったら笑顔が出る。それに「健康」というイメージもあるかな。亡くなった親戚のおっちゃんが、「おいしいもん食べとると、死んで棺桶に入ったときの肌ツヤが違う」って、よく言ってたんですよ。そのときはほんまかいな?と思っていたけど、今になってはそのとおりだろうなと思いますね。

※実際、オリーブハマチを週に一度、刺身で300g摂取した場合、日常生活疲労の改善、ストレス軽減、リラックス効果が見られ、加えて2020年10月に発表された研究結果によると、通常の養殖ハマチに比べて、オリーブハマチは筋肉中のコラーゲン量が多いことも明らかになった。筋肉質で弾力ある歯ごたえ、それに脂がしつこくないサッパリとした味わいが、人気の秘訣になっている。

企画・構成/金沢大基 文/木口すず 写真/曽我美芽



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