短期間と手作業で摘みきることで生まれる、辛味と苦味

和食に合う究極のオリーブオイルを目指して。「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん

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和食に合う究極のオリーブオイルを目指して。「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん

おいしんぐ!編集部

高松空港と高松市内を結ぶ大きな幹線道路を、横断するように交わる「さぬき新道」。山間を走るこの道を東へと進んだ先に、車1台通れるほどの小道がある。竹林や畑を両手に見ながら坂道を上っていくと、視界に広がるオリーブ畑。「オキオリーブ」が育てるオリーブたちだ。元々ここは原野だったと語るのは、オキオリーブ代表園主・澳 敬夫さん。長く勤めた証券会社を離れ、2015年にいちからオリーブ栽培を始めた。目指すのはただ1つ、「和食に合うオリーブオイル」を作ること。

口に含むと、青臭さを感じる苦味と、ピリッとした辛味があり、少し料理に加えるだけでガラッと味を変化させるオキオリーブ。そのオリーブを使った料理を自らが振る舞うガーデンカフェやゲストハウスの運営。理想のオリーブオイルを作るためだけでなく、社会全体へと目を向ける澳さんならではの考えを聞かせてもらった。


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降水量が少なく台風も比較的少ない香川の風土は、オリーブ栽培に適しており、6.3ヘクタールある畑の管理は、澳さんとスタッフのふたりだけで行っている。

 

選択肢は1つ。日本料理に合うオリーブオイルを作ること

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——澳さんがオリーブ栽培を始めた経緯を教えてください。

澳:前職で野村証券に勤めていたときに、金融庁がこれからは農業の時代だと、アグリファンドを推進したんです。当時私は高松支店に赴任しており、香川県で農業のファンドビジネスをするなら、オリーブしかないと思いました。ただ地元の有力企業を回っても、なかなかお金も出資者も集まらない。それならもういい、俺がやる!と、最初は会社勤めと並行しながら、自分でオリーブ園を始めることにしました。

——この場所で栽培することに決めた理由は?

澳:土地を選ぶにあたっては、県内すべての市町村を回り、最終的に地権者さんからの理解もあったこの場所で始めることにしました。ここは50年前程の昔、茶畑だったんですよ。でも農家さんがみんな辞めてしまって、原野になっていて。今でこそ眺めがいいですけど、来たばかりの当初は向こうの山も池も何にも見えない、傾斜すら分からないほどでした。それで木こりの方がチェーンソーでガンガン木々を伐採し、高速道路を作るような大きな重機も2〜3台入って、1〜2ヶ月で一気に開墾しました。


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「オキオリーブ」を始める際は、樹齢3年の苗を植え栽培を始めた。そのため、現在の樹齢はおよそ8年。10〜15年で成木になる。木が成長しても特にオイルの味に変化はない。

——澳さんがオリーブを育てるうえで、心がけていることは?

澳:敷地面積でいうと6.3ヘクタールあるのですが、うちでは木と木を植える間隔を広めにとって、6mピッチにしています。大体4mピッチが普通なのですが。これでも5〜10年すれば木が成長して、この間隔も今よりかなり近くなります。木々が近いと風が通らなくなり、病気の元になって、最悪切らなければならなくなってしまうんですよ。

——オリーブ栽培を始めると決めてから、どんなオリーブを作ろうと考えましたか?

澳:それは最初から明確でしたね。日本でオリーブ栽培をやる意味を考えたら、1つしかない。“和食に合うもの”です。それ以外は、本場のイタリアやスペインに質でも物量でも、絶対勝てないですから。ビジネスにもならないし、面白くもない。だからうちでは、日本料理に合う「ミッション種」という品種だけを育てています。


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——そこまではっきり決めていたんですね。

澳:オリーブの品種自体は1,400種類以上ありますから、まあもしかしたら他に何か見つかるかもしれないですけど、それを一から探すわけにもいかないですしね。実際、日本食に合うミッションがこうしてあるわけですから、これしかないと。ミッションは元々、アメリカ・カリフォルニアのもので、日本には明治41年に入ってきた、100年以上の歴史を持つ品種です。ただ日本の高温多湿には弱く、病気にもなりやすいため、実は育てにくい品種でもあります。加えてオイルの含油率も低く、あまり量は採れない。それでもこれが和食に合うので、ミッション以外の選択肢は一切ないです。

 

「オキオリーブ」特有の、辛味と苦味。その秘密は…。

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——オリーブの収穫時期はいつ頃でしょう?

澳:まだオリーブの実が青い、毎年10月頭から2〜3週間で行います。理想としては2週間、もし可能なら本当は1週間と、短期間で一気に摘みきりたいのですが、現実的にはなかなか難しいので…。普通は10月頭から11月の中旬をすぎてもまだ収穫しているものですが、それだと「オキオリーブ」が作りたい味にならないんです。

——「オキオリーブ」ではすべて手摘みであることにもこだわっているんですよね。

澳:オリーブの収穫風景というと、木を揺すって実を落とすシーンを思い浮かべるかもしれませんが、そうして落ちてくるのって腐る寸前のものが多いです。それでも落ちてこなければ、ホルモン剤をかけたりして機械的に落とすんですよね。


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——そうだったんですね。

澳:本当はそう簡単にオリーブの実って、落ちてこないんですよ。熊手でガリガリ採る方法もありますけど、枝や軸も入って雑味の要因になってしまうので、取り除かなければいけなくて。その手間を考えたら、手で摘んだほうが結果的に早いんですよね。イタリアなんかではそのまま一気に加工してしまいますし、その雑味もおいしいでしょということだったら、もちろんそれでもいいと思います。

でも僕が狙っている味とは違う。うちでは一切の雑味を除いて、クリアなものを作りたいんです。収穫を機械化するとか、効率的な方法がないか考えてはみましたが、やっぱり手で摘まないと本当にいいものは採れないし、このやり方は多分一生変わらないと思います。

——収穫後は、4時間以内に搾油されると。とてもスピーディですよね。

澳:やはり鮮度が命ですからね。実をちぎった瞬間から、酸化が始まりますから。IOC(国際オリーブ委員会)のエクストラ・バージンオリーブオイルの基準では、収穫後72時間以内に搾油とされていますが、うちでは4時間以内としています。正直なところ、うちの収穫タイミングと品質であれば、48時間程度ならほとんど酸度は変わりません。でも4時間で絞れるんだから絞っちゃおう、という。収穫したまま置いておくメリットがないですからね。


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——1日にどのくらいの量が採れるのですか?

澳:10リットル程かな。まだ頑張っても20リットルまではいかないですね。でも木が育っていくにつれ、将来的には生産量もちょっとずつ上がっていきます。オリーブを絞る機械はイタリア製で、よく詰まるので自分で分解して直しています。日本でそんなことをしているのは、僕だけだと思いますよ(笑)。修理屋に出したら3〜4日かかってしまうので、その間の収穫が間に合わなくなってしまうんですよね。

——そこまでこだわって作られているのですね。味の面ではどんなところに違いがあるのでしょう?

澳:試してみていただければ、すぐにわかると思いますよ。オイルを飲み込んでから息を吸ってもらうと、ピリッとした辛味がくるでしょう? それから苦味も。これがポリフェノール成分で、エクストラ・バージンオイルには必ず入っていなければいけません。

この辛味・苦味を「ピッカンテ」と言って、10段階評価中3入っていないと、鑑定士に弾かれます。でも僕らのオイルは、これでも最低ラインの3〜4くらい。国際的なコンテストにはストロング部門、ミディアム部門、フルーティ部門があって、僕らのものはフルーティに割り振られます。本場はもっと激辛ですからね。とにかく、このピリッとした辛味とグリーン(青々しさ)を出そうとするならば、実が青い状態で収穫しなければいけないんです。

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「オキオリーブ」のオイルは、色が非常に青いのが特徴。自社サイトと伊勢丹新宿店にあるオリーブオイル専門店「オリオテーカ」で購入可能。100ml入りの「オキオリーブ 100」は7,020円、200ml入りの「オキオリーブ 200」は11,880円。

——このオイルに特に合う料理は?

澳:白身系の淡白なお魚、特にフグですね。フグは本来、ポン酢で食べるのは失礼なんですよ。3日〜1週間熟成をかけたものが、うちのオイルにピッタリ。今のところ「オキオリーブ」を使ってくださっているのは、圧倒的に和食屋さんが多いですね。例えばお寿司屋さんで、「携帯用プッシュボトル」(内容量28g/3,240円)を1プッシュしていただくと、0.15g、コスト換算で約6円。たったこれだけで、劇的に味が変わります。

——和食以外のジャンルでは、使いにくいのでしょうか?

澳:そんなことはないですよ! 先日は、東京・南青山の「アクアパッツァ」などで知られる、日高良実シェフがいらっしゃってね。彼もうちのオイルの味に驚いてくれました。有明産のいい海苔を持ってきてくれて、海苔のパスタを作ってくれて。彼が作ると、和風なのに不思議とイタリアンらしさを感じさせて、ものすごくおいしかったです。和食の料理人には出せない味で、素晴らしかったですね。ほかにも若いシェフの方々は感度が高く好奇心も強くて、瞬間的に反応してくれる方が多いです。ぜひどんどんうちのオイルを使っていただきたいです。

 

オリーブの葉が持つポテンシャルは無限大

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——オリーブオイル以外に作っている製品はありますか?

澳:オリーブの葉を煮出して作る「オリーブ生茶」を開発中です。六本木にあるイタリアンのオーナーさんからオーダーいただいて、おいしいオリーブ茶になるよう試行錯誤して作りました。味はこれで決まったので、あとはポトリングとパッケージ、マーケティングを進めていく段階です。


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——オリーブの葉もやはり体に良いのでしょうか?

澳:ものすごい可能性を秘めていますよ。とんでもなく化ける商材です。例えば、香川県の特産物に「オリーブハマチ」がありますが、あれはスゴい。オリーブの葉を餌に混ぜているのですが、それによってハマチがめちゃくちゃ健康になっているんです。香川に来て初めて食べようと、柳刃包丁を入れたとき、ビックリしました。「ハマチの感触じゃない!」って。オリーブの葉の効能で、体脂肪が通常のハマチよりも3〜4%落ちるため、身が固いんですよね。非常に筋肉質なんですよね。

——オリーブハマチもいただいたのですが、歯応えはとても印象的でした。

澳:オリーブの餌をたった1〜2週間やるだけで、ハマチの身体中がターンオーバーするなんて、本当にスゴいことです。それを人に適用できるなら、これはかなりの可能性があります。実際僕の友人で、普段から暴飲暴食している人が、「人間ドックを受診する2週間前からオリーブオイルを使いまくると、いろんな数値が下がるから悪い結果が出ない」と言っていました(笑)。とにかく、ハマチでここまで効果があるんですから、人間がオリーブ茶を飲むだけでも、何かしら体が変わっていくはず。近いうちにどこか大学の研究室と組んで、実験を行いたいなと思っています。

あとは、宮崎の農家さんと「『オキオリーブ牛』を作ろう」と実験もしていて。真っ赤な赤みが特徴で、オリーブの効能によりしっかり体脂肪率を落としたものになります。「オリーブを食べると太るのでは?」と思っている方がいるかもしれないのですが、それはまったくの間違い。ちゃんと餌にオリーブをやれば、脂は必ず落ちるんです。

自ら料理を振る舞うガーデンカフェとゲストハウス

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——オリーブ畑には、ガーデンカフェも併設されていますね。こちらはいつから始められたのですか?

澳:2019年の5月にオープンしました。最初はこんな大袈裟なものを作るつもりはなかったんですよ(笑)。でも景色が素晴らしいので、これを見てほしくなって。正直儲かってはいないのですが(笑)、うちのオイルを使ったメニューを召し上がっていただくという、宣伝目的も兼ねています。

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——どのメニューにもオリーブオイルがふんだんに使われていますね。

澳:添えてあるラタトゥイユは、オリーブオイルをたっぷり使って作っており、旨味たっぷりです。オイルベースのバーニャカウダのソースには、アンチョビ代わりにお醤油を使っているのがポイント。デザートのパンナコッタにも、オキオリーブをかけます。うちのオイルは、乳製品にもすごく合うんですよ。乳脂肪分が高いアイスクリームなんかにかけても、ピリッとした辛味とマッチして、おいしく召し上がっていただけます。


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オープンテラス式のガーデンカフェは、目の前にオリーブ畑が広がっており、空気が澄んで心地よい。ペット(犬)も一緒に来店できるのは愛犬家にとって嬉しいポイント。

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「ランチセットSシェフ澳のスペシャリテ OKI Oliveでいただく超贅沢オム卵ごはん 」1,180円+税。澳さん自ら調理するスペシャリテの「オム卵ごはん」。オリーブオイルをかけて、味変を楽しめる。なお各ランチのセットには、季節のお野菜のバーニャカウダとデザート、オリーブ生茶が付いている。このほかAセットには「こくまろテリヤキオム卵ごはん」(980円+税)、Bセットには「オリーブたっぷり ヘルシーベジカレー」(980円+税)も。

——カフェのほかに、ゲストハウスも運営されているんですよね。

澳:3年前に古民家をオーナーさんから買い上げてリノベーションし、2019年の収穫シーズン後、オープンしました。1泊9,000円〜で、オプションでフルコースの夕食や、朝食も付けられます。

——その食事も、澳さん自ら振る舞われるのですか?

澳:ええ。でもこれもご相談次第で、ホテルとして至れり尽せりのサービスもできれば、ワーケーション先として利用していただいたり、農作業を手伝ってもらう代わりに宿代はご相談でとか。長くステイするからご飯も一緒に食べましょうというのも楽しいし、10人以上で雑魚寝してパーティ利用もOKです。特にオリーブの収穫期間は、毎年ボランティアの方が約15〜20人来てくださって、ゲストハウスにみんなで合宿するんです。新型コロナウイルスが流行する前は、外国の方もたくさん来てくださっていて、その時期は賑わってとても楽しいですよ。

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古民家をリノベーションしたゲストハウスは、澳さんの自宅兼工場兼本社とも繋がっている。

——それは素敵ですね。ゲストハウスのこだわりもぜひ教えてください。

澳:一番の売りは、世界的アーティスト・ジョージナカシマ作の「コノイドチェア」です。一見座り心地が硬そうですが、2〜3時間のコース料理のあいだ座り続けていても、まったく疲れないんですよ。この椅子を最初に購入して、これにあわせて床も変えました。その上に付いた照明は、彫刻家・イサムノグチ作の「AKARI」です。和風庭園も全部手作りで、苔は山から剥がして持ってきました。お風呂から眺めることもできます。

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ゲストハウスの予約から掃除、料理を振舞うまですべて担当している澳さん。古民家内は優しい木の香りが漂う。室内が暖かく感じるのは大きなガラス窓から日差しがよく入り込むため。

——カフェでもゲストハウスでも、本格的な食事を提供されていますが、澳さんは昔から料理がお好きだったのですか?

澳:僕はもともと食いしん坊で(笑)。だから食べるのも作るのも好きでしたね。でも懐石料理を作ったりしていた母親の影響が大きいかな。当時の帝国ホテル料理長・村上信夫さんが書いた卵料理の本を僕も読んでいて、アボカドとか、その頃はまだ見たことがないものがそこにたくさん載っていて。それで11歳のときに、初めてオムレツを作ったんですよね。祖母に連れていってもらったお店で、コックさんがオムレツをトントントンと作っているのを見て、「カッコいいな〜!」って(笑)。自分でも作りたいと、家で濡れ布巾を使って練習しました。


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Wi-Fi完備で、小型犬から大型犬までペット同伴の宿泊も可。ベッドルームのほか、布団が敷ける和室もあり、基本的には6人まで宿泊可能。アルコールも提供しているが持ち込みも可能。

 

「囚人のジレンマ」を取り除き、「互恵」を社会に広めていきたい

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——澳さんは今後「オキオリーブ」を、どのようにしていきたいと考えていますか?

澳:いい意味で、僕の手を離れたらいいなと思っています。僕はあくまでオリーブを育て、油や葉っぱを売る人、という立ち位置で、オリーブ畑にはいろんな人がきて、勝手にいろんなことをしてくれて構わないと思っているんです。2020年11月には、オキオリーブ主催で「オリーブガーデンコンサート」を行いましたが、イベントは共催でも、誰かが主宰で僕はご飯を出すだけでも、場所だけお貸しするのでもいいですし。シェフを連れてきてダイニングアウト的なイベントも面白いですよね。昨日は「焚火カフェ」といって、薪拾いから始め火起こしもして、1日かけてコーヒーを作る方が来ていて、そこにテントを張って泊まっていました。

——畑でキャンプもできるんですか?

澳:1区画6mピッチ2,000円で貸し出しています。景色も気候もいいですし、最高だと言っていましたよ(笑)。畑の中に鉄塔建ててもいいですか、温泉掘ってもいいですか、別荘建ててもいいですか…そういった提案は、全部どうぞどうぞ!という感じです(笑)。賃料を取ろうとも、全然思わないですしね。作業小屋にいた鍛冶屋さんも、言うなればその第一号というか。そうやって、どんどんいろんな人がやってきて、ここを使ってくれたらいいなと考えています。


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敷地内の作業小屋では、鍛治屋さんがフライパンを制作。アーティストが使うためのギャラリーも並行して作成中。

——澳さんはどうやってその広い考えを身に付けられたのですか?

澳:大きく2つあります。まず1つ目に、経済学のゲーム理論にある「囚人のジレンマ」。ある選択肢に直面したとき、お互い協力すれば利益を得られるはずなのに、協力しない者がいる場面だと得られる利益に違いが生まれ、ジレンマが起こる…といったものですね。例えば日本でよくある野菜の無人販売なんて、スペインやブラジルだったら信じられないシステムですが、お互い信頼があれば、消費者は安く買えるし、農家は傷物でも売ることがきる。つまり、幸せ効用関数が社会全体で増えるということですね。

僕はできるだけ、世の中からこの「囚人のジレンマ」を取り除いていきたいんです。戦争だってなんだって、そういうところから起こっているんだし。基本的には食べ物の奪い合いなわけで、ちょっと話し合ったらいいものをね。

——なるほど。そして2つ目は?

澳:2つ目に、30年程前、慶應義塾大学時代のゼミの指導教官であった高橋潤二郎教授(故人)が「互恵」という言葉を使っていて。世の中には3つの価値交換があって、貨幣による「市場交換」、そして「公共経済」、最後に物々交換などの「互恵」だと。僕は大学時代がバブルの真っ只中だったのもあって、当時はピンと来ませんでした。でも例えば音楽をやる人って、大抵お金が欲しいんじゃなくて、タダでもいいからとにかく自分の音楽を聴いてほしいんですよね。僕も音楽をやっていたからわかるんです。当時は表現しにくくコストも高かった「互恵」ですが、今ではインターネットやAIの発達のおかげで、互恵型の価値交換がずっと簡単になりました。

僕の前職は証券会社で、互恵の真逆みたいなところにいましたが、最後の10年くらいは資本主義に限界が来るなと感じていたんです。だから担当している地方自治体に、互恵型ファイナンスも提案したり…上層部からはなかなか理解が得られませんでしたけどね(笑)。
例えば、役所を建てるときに新たに税金を集めるのではなく、市民がお金を出したくなるような建て方を探すとか。池袋にある豊島区役所は、区役所の上にレジデンスをのせて分譲販売しました。つまり、区民からお金を徴収せずに役所を建てることができたんですよね。そういう発想をすると、お金とお金じゃなくて、物と物を直接交換し合うことができるはずじゃないかって思うんです。

——「オキオリーブ」の土台には、そんな考えがあったんですね。

澳:そうですね。その延長線上で、ここにいろんな人がやってきています。向こうにメリットがあって、自分にはメリットがなくても、僕はそれでいい。今回こうして取材にお越しいただけたことも、僕らをメディアに載せてもらうだけで、大きく恵んでもらえているわけですから。ただそれだけの話なんです。そういう社会実験的なことを、「オキオリーブ」でやってみたいなと思っています。

 

では、最後に…。
澳さんにとって、「おいしい」とは何でしょうか——?

澳:いや〜、一番難しい質問だなあ!(笑) でも僕にとっておいしいは、人生そのもの、幸せそのものですね。それは生産者としても、レストランオーナーとしても、お客さんの目線でも、そう思います。食べることって、生きることそのものじゃないですか。実は僕、年に一度、山伏修行もしているんですが、その期間は断食に近い状態なんですよ。そうすることで、食べ物のありがたみを改めて知ることに繋がっているんです。食って人生そのもの。そして「おいしい」といったら、そのなかでも最高の局地ですよね。おいしいと感じるその喜びは、人生最高級の感情でしょう。

企画・構成/金沢大基 文/木口すず 写真/曽我美芽



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